667 禁じ手
「しぶとい」
森の精霊王ココリリオンは、エミーの全力の一撃を食らい、かなりのダメージを受けたはずだ。
それなのに、未だにその瞳に燃える戦意は衰えていない。
内心でうんざりしながら、エミーはため息をついてから勧告した。
「お前は弱い......とは言わないけど、私の方が強い。戦うだけ、無駄。降参しろ」
<<<この、我がッ!下等生物如きに膝を折るわけが、なかろうッ!>>>
しかし、エミーの言葉を、ココリリオンは聞き入れない。
顔を真っ赤にして怒りながら、拒絶!
<<<貴様の狙いは、わかっている!このタイミングで仕掛けてきたのだ、我が愛し子、ミシュティレだろう!?我の敗北は即ち、我が愛し子の死......断じて、そのようなことは、認められんッ!!>>>
そして、そう絶叫した!
実に精霊然とした精霊であるココリリオンは、前提として自らの思考に間違いがあるとは、考えない。
だからエミーのことを、ミシュティレを狙う神々からの刺客であると、信じて疑わない。
エミーの異常な強さも、その考えの裏付けとなっている。
でも実際の所、エミーは無茶苦茶に強いけどただの旅人に過ぎないので......ココリリオンのその決めつけに、首を傾げた。
「ミシュティレって、誰?」
<<<我の、ミシュティレへの愛の力をッ!!見るが良いーーーッ!!>>>
次の瞬間!
エミーの疑問の言葉など無視をして、ココリリオンはふわふわと浮かびながら、エミーに向かって殴りかかった!
もし、この物語がココリリオンが読み漁った人間の小説の中の世界なら、きっと奇跡的な“愛の力”が彼の拳に宿り、邪悪な敵たるエミーを一撃で撃ち滅ぼすべき場面である!
が、しかし!
「............」
<<<グハアッ!?>>>
今のココリリオンの体は、胸部から上しか残されていない。
そのような状態であるし、魔力操作でふわふわ浮いているだけのココリリオンの拳には、何の勢いも、乗っていない。
エミーは無言のまま、【黒触手】を操作してココリリオンを雑に払いのけた。
ココリリオンは吹き飛び、再度巨木へとその体を打ちつけた。
「それが、『愛の力』......?他愛ない......ってかミシュティレって、誰?」
エミーは無表情のままココリリオンの無様な姿を眺めながら、呆れたようにため息をつき......ぎゅっと拳を握りしめた。
ココリリオンを、殴り潰すために。
降伏を勧告しても、この態度なのだ。
生かしておけば、どれだけの禍根が残るかわからない。
きっちりと、殺しきるべし。
エミーの拳に、彼女のどす黒い魂から魔力が注がれる。
彼女が放とうとしているのは、【魔撃】の一撃。
しかもその威力は、先程ルクトリアがファルウィーゼルに対して偶然放ったそれの、比ではない。
神の使徒たる精霊王にとどめを刺し得る、強力無比なる右ストレートだ。
(まずい......まずい、まずいッ!!)
森の精霊王ココリリオンは、どす黒い靄をまといながらその圧を高め続けるエミーの右拳を睨みつけながら、歯を食いしばり大粒の汗を流した。
いかに精霊王と言えど、あの拳で殴られるのはまずい。
多くの魔力を喪失し、大部分の肉体を失った今のココリリオンでは、跡形もなく消し飛んでしまう!
さりとて、降伏など、精霊としてのプライドが許さない!
ミシュティレを洞の居室に置いたままの状態での逃亡も、できない!
どうすれば良い!?
どうすれば目の前にいる邪悪を、滅することができる!?
エミーの動作が緩慢に思える程、ココリリオンは高速で思考し続けた。
考えに考え、考えて......。
少なくとも、業腹ではあるが、敵は己の力のみでは勝てる相手ではないことを理解し......。
しかし今さら精霊神ピーリースユに助力を希う時間もなく......。
何か。
何か、ないか。
邪悪を滅ぼすための、武器になるものはないかと、考えたところで。
<<<あ>>>
ココリリオンは、思いついた。
<<<ク......ハハハッ!!!>>>
起死回生の、一手を!
その一手とは、いわば禁じ手。
精霊神ピーリースユに見咎められれば、叱責どころでは済まない手段だ!
だがしかし、それでもその一手をとることをためらわない程、ココリリオンは追いつめられていた!
「......!!」
突然笑みを浮かべ、笑い声をあげたココリリオンを見て嫌な予感を覚えたエミーは、すぐさま彼を殴り潰そうと拳を振り抜いた。
しかし、一瞬、遅かった!
ココリリオンの体は無数の落ち葉となってその場から消え去り、エミーの拳は頑丈な巨木の幹を打つことになった。
「............」
エミーはすぐさま巨木から跳ねとんで離れお花畑に立ち、四方に気を配る。
ココリリオンは、あのような転移を用いた奇襲を、先程もしかけてきた。
それを、警戒したのだ。
しかし、一秒、二秒......数秒たっても、奇襲はない。
「............?」
敵の意図が読めず混乱するエミーは、その場から身動きをとることができず、じっと戦闘姿勢をとり続けた。
それは、それほど長い時間ではない。
しかし。
それは、ココリリオンが次の行動に移るためには、十分すぎる時間であったのだ!
それ故に、次の瞬間!
ゴゴゴゴゴゴッ!!
精霊の聖域及びその周辺に......大きな揺れが、発生した!
「!!」
エミーですら思わずよろめき、バランスを崩すほどの揺れである。
その揺れの、発生源は......聖域中央にそびえたつ、巨木。
精霊王の、居所である!
巨木はわさわさと揺れ、色とりどりに輝くその葉をどさどさと落としながら......星々が瞬く夜空に向かって、その樹高を急速に伸ばしていた。
同時に幹も、どんどん太くなっていく......!
つまり大きな揺れは、この巨木の急成長によってもたらされていたのだ!
「らッ......らッ!」
そして頭上から落ちてくるのは、落ち葉だけではない。
巨木全体のサイズからすれば小さな......エミーからしてみれば大きな枝が、バキバキと音を立てては折れ、落下し始めた!
たまらずエミーは精霊の聖域の外......精霊の森の中まで、退避せざるを得なかった。
「......!!」
そして、手ごろな樹木の枝の上に飛び乗り、そこから巨木を振り返ったエミーは、驚き声を失った。
どうやら急成長は終わったらしいが、夜空を背景に未だに少しずつ枝を伸ばし続けるその巨木は......もともとの樹高ですら300メートル近くはあったはずだが......そんな以前とも比べものにならない程、巨大化していた!
距離をとって見あげても、その天辺が見えない程の巨木!
そんな巨木が、ピカピカと魔力で葉を光らせながら......先ほどまで精霊の聖域であったところに、たたずんでいた。
色とりどりに輝いていたお花畑の花々は、太くなり続ける巨木の幹に押しのけられる形で、全滅してしまったようだ。
<<<ハハハ......ハーッハハハハッ!!素晴らしいッ......素晴らしい力だ......!!>>>
さて、呆然と巨木を見あげるエミーのもとに、ココリリオンの哄笑が届く。
それと同時に、巨木の幹の中ほどに、バキバキと音を立てながら瘤が膨らみ始めた。
その瘤には次第に目、鼻、口が浮かびあがり......ココリリオンの顔を形作った。
<<<なんだ、そうか、そうだったのか......ピーリースユ様が......いや、ピーリースユがこれを禁じていたのは、そういう訳か!>>>
巨木の幹の中ほどに浮かびあがったココリリオンの顔はひきつった笑みを浮かべながら、目を大きく見開いて爛々と輝かせた。
その口の部分からはよだれの如く琥珀色の樹液がしたたり落ち......とにかくその表情は悍ましく、明らかに正気ではない!
<<<もはや我は、精霊神に従属する精霊王に非ずッ!!このッ、膨大なッ、力がッ......ハハハッ!!我が力が......もはやそれを認めないのだッ!!もはや我は、精霊ではなくッ、一柱の神であると言っても過言ではないッ!!改めて、古式ゆかしく神代の言葉を使って、名乗るとしようッ!!我は、我はッ......!!>>>
そしてココリリオンは、恍惚の表情を浮かべながら傲慢に......宣言した!
<<<我は、世界を支え、その力を配する......新たなる樹木の神であるッ!!>>
禁じ手を用いて精霊神ピーリースユに与えられた役割を放棄し、何者でもなくなった自らを......ココリリオンは!
<<その名は......世界樹オドオカト・セ・ココリリオンッ!!>>>
そう、定義したのだ!
【世界樹オドオカト・セ・ココリリオン】
ココリリオンが、作中世界における神代の言葉を用いて行った名乗り。
しかし、ココリリオン自身は種族柄長生きではあるけれど、神代からの生き残りではない。
精霊王に必要な教養として知っていただけである。
オドオカト・セ・ココリリオンの“ココリリオン”は、当然彼の名前。
“オドオカト・セ”の意味は......わからないけど、同様の名前を持つキャラクターが、既に登場済み。




