663 身の程を知れ
<<<どこだッ!?どこだどこだどこだ狂犬姫ーーーーーーッ!?>>>
一方その頃。
鼬の中精霊ファルウィーゼルは、大声で怒鳴り散らしながらルクトリアの足跡を追い、精霊の森を猛スピードで進んでいた。
邪魔な枝葉を風の力で斬り飛ばし、地面で揺れる草花を風圧でへし折りながら、とにかく進む、進む、進む!
本来であれば、必要もないのに精霊の森の植物を傷つける行為は、森の精霊王によって固く禁じられている。
ファルウィーゼルの乱暴な探索は、厳罰ものの違反行為だ。
しかし、今は緊急事態。
聖域に近づく愚かなニンゲンを駆除することがファルウィーゼルが果たすべき役割であり、その役割を果たすことこそが、現在ファルウィーゼルが背負っている種々の問題を解決する手段なのだ。
細かいことを、言っている場合ではない!
狂犬姫ルクトリアさえ、駆除すれば!
もう一人の......訳の分からぬニンゲンの討伐に加わらなかった言い訳が立つし!
言い訳さえ立てば、中精霊や大精霊連中が軒並み皆殺しにされた現在、自動的に自らの昇進が間違いない!
ファルウィーゼルを待つは、薔薇色の未来!
まったく、そうして考えれば、他の連中がニンゲンにすら劣る口だけ精霊ばかりだったことは、僥倖とさえ言える!
ちなみに話を戻すと、ファルウィーゼルは精霊王が定めた『森の植物を極力傷つけるべからず』というその掟を、常々馬鹿らしいと思っていた。
草如きに、どうして自分が気を使わなければならない!
そう、不満を感じていた。
だから......あえて乱暴に飛ぶことで、そんな日ごろの鬱憤を晴らしながら。
造形自体はつぶらで可愛らしいその瞳を剣呑に爛々と光らせながら、ファルウィーゼルは夜の精霊の森を突き進んでいたのだ!
<<<あッ!?>>>
と、ここで。
お花畑......精霊の聖域まで、あとわずかという距離で。
ファルウィーゼルは......ボロボロの囚人服をまとった金色の髪の少女の背中を見つけた!
その足取りはふらふらとしており、決して本調子ではないのは明らかだ。
注意力も散漫であるらしく、かなり風の音を立てて近づいてくるファルウィーゼルにも、気づくそぶりを見せない。
<<<キキキッ!ガキのくせに政治にまで首を突っこんでいたあの英才の末路が、これッ!!キキキキキキッ!>>>
その惨めさに、ファルウィーゼルは笑いが止まらなかった!
思い返せば、ルクトリアにはかつて......何度も何度も、契約者であるブルートム伯爵をそそのかし行おうとした“お楽しみ”を潰されてきたものだ。
ニンゲンのくせに!
倫理だの論理だのふりかざして、精霊様の邪魔を、しやがって!
本当に、本当に......あのガキは、本当に邪魔な存在だった!
だけど!
<<<いかに小賢しかろうが、結局のところ所詮はお前も下等生物のニンゲンに過ぎないということだ狂犬姫ルクトリアーーーッ!超絶にかわいらしくスマートで賢くクレバーでジーニアスな天才最強賢獣の中精霊賢者ファルウィーゼル様からーーーッ!逃れきれると思ったかーーーッ!身の程を知れーーーッ!!>>>
狩りの成功......その瞬間を確信し、ファルウィーゼルは興奮し涎をまき散らしながら、叫んだ!
そして、それと同時に......ひらめく!
<<<そうだッ!!>>>
小憎たらしいガキが、せっかく惨めに落ちぶれてくれたのだ。
楽に殺しちゃ、つまらない!
徹底的に、徹底的にその尊厳を貶めて!
もっともっと惨めな姿にして!
必死に命乞いをさせてから、殺そう!
だって自分は、あのガキには大変な迷惑をかけられてきた!
今も現在進行形で、迷惑をかけられている!
だからルクトリアには、ファルウィーゼルに迷惑料を支払わなくてはならない!
あれには、ファルウィーゼルの玩具になる責務があるのだ!
<<<まずは、勝手にうろちょろ歩くその脚ーーーッ!いらねぇよなぁーーーーーーッ!!>>>
一、二、三......四!
ファルウィーゼルの周囲に、風で作られた刃が出現!
それは一撃で大木すら斬り倒す恐るべき刃であり、風のように速く飛んでいく。
弱った人間に、回避できる攻撃ではない!
<<<さあ......食らいやがれ、バカがよーーーーーーッ!!!>>>
ファルウィーゼルは、その風の刃を......無防備に背中を晒すルクトリアに向かって放とうと......全身に魔力を漲らせた!
が、しかし!
ここで!
ファルウィーゼルの、予想していなかったことが起きた!
狂犬姫ルクトリアが、突然くるりと後ろをふりかえったのだ!
その顔に浮かぶのは、己を猛追するファルウィーゼルへの驚愕でも、恐怖でもなく......。
右の口角のみをつりあげた......まるで嘲笑うかのごとき、ふてぶてしい笑み!
<<<は!?>>>
何か、おかしい。
何だその、小馬鹿にしたような顔は。
ニンゲンのくせに!
上位存在たる精霊に向かって、何だよその顔は!
もっと畏れ敬い媚びへつらえよ!
しかし、違和感に気づいたファルウィーゼルは、すぐに行動を起こすことができなかった。
ついいつものように、上述したような文句を、内心でつぶやき続けていたからだ。
そして、だからこそ。
ファルウィーゼルが、とるべき対応を、とる前に。
「【ファイアチェーン】」
ルクトリアが、先に動いた。
彼女は詠唱の“仕上げ”を、つぶやいたのだ。
すると、次の瞬間!
ファルウィーゼルの眼前に、無数の炎の鎖が出現した!
それはまるで網のように交差しており......猛烈な勢いでまっすぐに飛んでいたファルウィーゼルは、その網を回避することなどできようはずもなく!
刺し網にかかった魚のように......炎の網に、からめとられた!
<<<ギキェーーーーーーッ!?>>>
身を焼き焦がす炎の責め苦に耐えきれず、ファルウィーゼルは情けなく悲鳴をあげる!
彼が周囲に展開していた風の刃は、彼の集中力がきれたことで維持ができず、瞬く間に霧散した!
......さて今、一体何が、起きたのか?
そんなことを、改めて言及する必要はないかもしれないが......あえて記述しよう。
つまり。
......ファルウィーゼルは、罠にかかったのだ!
ルクトリアが、ただ森を徘徊していると見せかけて仕込んでおいた、魔法の罠に!




