660 【神々のお話33】精霊神ピーリースユと森の精霊王ココリリオン
森の精霊王ココリリオンは、他の精霊王達ど同様に、精霊神ピーリースユの使徒である。
精霊王は精霊神の手足となり、この世界アーディストの管理運営の一助となる。
ココリリオンの場合、精霊神に課せられた使命は時に地脈とも龍脈とも呼ばれるこの星の血管たる“大地の魔力流”が地表に近づきすぎている特異点“精霊の森”の管理だ。
特異な進化を遂げた魔力吸収効率の高い植物たちを適切に繁茂させ、あるいはそれを糧に増える同族......精霊たちを増やし、大地に魔力が溜まりすぎないように......土壌に含まれたその魔力を適度に空気中に発散させ、正しく世界に循環させる......それが彼の仕事だ。
ココリリオンはその仕事を、永い間行っている。
気が遠くなるほど、永い間だ。
......そしてそれ故の、不満があった。
◇ ◇ ◇
ある日......今から十数年前のことだ。
精霊神ピーリースユが写し身を使い下界へと降りたち、ココリリオンの仕事の様子を監査するため、彼の住処である巨木の洞へとやって来た。
ピーリースユは起伏の大きな体つきの、絶世の美女といった風貌をしている。
風にたなびく絹のような緑髪、日の光を浴びて煌めく真っ白な肌。
その姿は妖艶にして神聖......そしてその強い意思の込められた瞳の輝きには迫力があり、その輝きの奥深くには彼女の秘められた気性の激しさが隠されていた。
そしてこれは余談ではあるが、性別はあえて変えているものの、ココリリオンの風貌は非常に良くピーリースユに似ていた。
それはココリリオンの、己の信奉する神に少しでも近づきたいという心持の表れである。
......さて、そう。
ココリリオンは、ピーリースユを信奉している。
しているが故に、先述した通り、“とあること”に対して彼は不満も抱いていたのだ。
だから彼は、彼が滞りなく仕事を進めていることに満足したピーリースユが、今度は森の精霊たちの状況を確認するため大精霊統括のアカシタルに会いに行こうと浮き上がったその時に、何の脈略もなく、思わず問いかけてしまったのだ。
<<<我は......我はいつ、昇神できるのでしょうか?>>>
と。
だって。
だってかつて水の精霊王だったウィーローも、土の精霊王だったネコンドネルンも、他の精霊王たちも。
とっくに、昇神しているのだ。
神になって......己の敬愛する精霊神ピーリースユと同じステージに立ち、世界の管理運営に携わっているのだ。
それなのに、自分だけは。
いつまでもこの土地に縛られ、精霊王をしている。
ウィーローよりも、ネコンドネルンよりも先に、精霊王であったはずの自分が!
こんなのは......おかしい!
長年ためこんできたそんな思いが。
ついに、口をついて出たのだ。
精霊神ピーリースユはその言葉を聞いて、まずはポカンと呆けたような顔をして......すぐに露骨に面倒くさそうな表情を作った。
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている。
文字にするとただそれだけだが、神の美貌でその表情を作る物だから、もの凄く迫力がある。
ピーリースユは怒ると怖い神なので、それを知るココリリオンにとって、その迫力は実に恐ろしいものだったが......それでもココリリオンがピーリースユの瞳から目を離さなかった。
未熟さを叱責されるのを覚悟で、それでも引けないくらいには......ココリリオンは思いつめていた。
しかし。
<<<......まだ、貴様には早いのう。それよか、ほれ、アカシタルはどこじゃ?疾く案内せい>>>
ピーリースユは、叱責をしなかった。
そう言ってココリリオンの質問に回答せず、話をはぐらかそうとした。
しかしそんな態度に、ココリリオンは到底納得できない。
<<<は、早いとは何ですか!我は、もはや現在の精霊王の中では一番の古株!能力だって、他の王と比べても......王であった時のウィーローやネコンドネルンと比べたって、控えめに言ったとしても劣ってはいないはずだ!>>>
ココリリオンは不敬を承知でピーリースユの方に掴みかかり、大声で喚き散らした!
<<<ええいッ!!離さんか痴れ者めッ!!>>>
次の瞬間!
気づけばココリリオンは吹き飛ばされ、洞の壁面に強く後頭部を打ちつけていた。
何をされたか、ココリリオンにはまったく理解が及ばなかった。
これが、王と神の間に横たわる、厳然たる力の差。
ピーリースユは現在力を抑えた写し身で活動しているにも関わらず、これである。
しかし、そんな力の差を見せつけられてなお、ココリリオンは引かなかった。
<<<お願いです、ピーリースユ様!教えてください......我には、何が足りないのでしょうか?>>>
ココリリオンはもぞもぞと這い進み、ピーリースユの足元で這いつくばって、教えを乞うた。
<<<........................はあーーー>>>
ピーリースユはそんなココリリオンを見下ろしながら、脚を組んで座るような姿勢を空中でとり、ため息をついた。
<<<貴様はのう......なんかズレとるんじゃ>>>
そして、酷く曖昧なことを言った。
<<<ズレているとは、何ですか!?>>>
<<<考え方とか、在り方とか......はっきり言うと、今のままの貴様では神に向いておらん>>>
<<<ならば、変わります!どうすれば良いですか!?>>>
<<<........................はあーーー>>>
精霊神ピーリースユの足にすがりつき、必死で教えを求める精霊王ココリリオン。
その様を見てピーリースユは心底面倒くさそうに、再度ため息をつき。
<<<......ならば、そうじゃのう>>>
そしてココリリオンを睨みつけながら。
<<<例えば、貴様は人間蔑視と精霊贔屓が過ぎる。それを、直すのじゃ>>>
と、言った。
<<<......?何故ですか?>>>
予想だにしない言葉をかけられ、ココリリオンは目を丸く見開き、呆けた顔をした。
<<<ニンゲンなど、ろくに魔力操作もできぬ下等種族です。それに、すぐに死ぬ。蔑まない理由が、どこにありますか?>>>
そして少し困った顔で笑いながら、自らの信条をするりと吐露した。
精霊神ピーリースユは眉間に皺寄せ、三度ため息をついた。
<<<良いか、ココリリオンよ>>>
<<<はい>>>
<<<神になるとは即ち、大なり小なり、この世界の運営に携わるということじゃ>>>
<<<はい>>>
<<<“世界を大きくする”ために、働くということじゃ>>>
<<<はい>>>
<<<どうすれば、世界は大きくなる?>>>
<<<世界の膜に遮られず、本来であれば世界を素通りして虚無空間へと流れゆく“魔素”を、取りこむことで大きくなります>>>
ココリリオンは、精霊神の使徒だ。
世界の秘密......世界の成長の秘密について、多少なりとも知る立場にある。
上記の知識は、既にピーリースユより教授されている。
復習でしかないため、スラスラと回答することができた。
<<<ではどうすれば、世界は魔素を取りこむことができる?>>>
<<<効率が良いのは、魂に吸着させることです。生物が試練に打ち勝ち成長すると、魂も大きくなる......その際に魔素は魂に吸着され、その生物の......つまりその世界の魔力へと変じます>>>
<<<......そう。つまり神としては、魂が成長しやすく、なおかつそれなりに増えやすい生物を世界に満たしたい>>>
<<<道理ですね>>>
<<<その生物こそが、人間じゃ>>>
<<<............>>>
<<<故にこそ神は、人間を無下にはできん。世界にとって、大切な機構の一部じゃからな。翻って、貴様はどうじゃ?>>>
<<<............>>>
<<<その非力を蔑み、その短命を蔑む。精霊としてその感覚はわからなくもないが、神としては失格じゃの。少なくとも、人間を、部品として有用であると認めよ>>>
<<<............>>>
<<<精霊は人間よりも強くなる個体が多いが、その強さのもとになるのはこの世界にある魔力である。精霊の魂がこの世界に吸着する魔素の量は、人間と比べればごくわずかじゃ。精霊の成長とは、この世界の別の場所にあった魔力を、精霊という器に注いでいるだけなのじゃ。これでは、世界は成長できぬ。精霊は世界管理の歯車としては有用ではあるが、動力源にはなりにくいわけじゃな。故に......>>>
<<<我はッ!!>>>
ここで。
森の精霊王ココリリオンは大きな声をあげ、精霊神ピーリースユの言葉を遮った。
そして必死に、自己アピールを始めた!
<<<我はそんなこと、とっくに理解しております!ヒュプエト精霊国をご覧ください!あれは、我が作ったニンゲンの国です!あの国でニンゲンは精霊の支配の下適切に管理運営され、繁栄しております!我はこのように、昇神にふさわしい実績を残しておりますれば......>>>
<<<たわけがッ!!>>>
しかしピーリースユは、そんなココリリオンの自己アピールを、一喝して切って捨てた!
<<<あの国の人間共は、何をするにしても精霊頼りで、ほとんど魂を成長させないではないか!ワシが知らぬとでも思ったかこの愚か者めッ!あそこは真実、貴様の配下が食するための嗜好品たる魂を育てるためだけの、養殖場だろうがッ!決して、世界の為にはなっておらぬのじゃッ!!>>>
ここにきて精霊神ピーリースユは、本気で怒りを露わにした!
彼女の怒気はそのまま灼熱の炎へと変わり、周囲を瞬く間に煉獄の世界へと変えていく......。
このまま炎が広がれば、ココリリオンの城、精霊の森が燃え尽きてしまう!
しかしココリリオンはすっかりピーリースユの怒気に飲まれ、腰を抜かしてガタガタと震えるばかりである。
<<<........................はあーーー>>>
そんなココリリオンを見ていると......『それなりに目をかけて、育ててきた使徒がこの様か』と、ピーリースユはなんだか情けなくなってきた。
またしてもため息をつけば、周囲の炎は瞬く間に消えた。
それどころか、意気消沈した彼女の心情が反映されてか、霜までおりている。
(......そろそろ“代替わり”、させるかのう......多少歪みは出ておるが、こいつよかまだアカシタルの方が......)
脚を組んで座るような姿勢で宙に浮き、ココリリオンにとっては......致命的な事態を招きかねないことを考えながら、ピーリースユはふわふわと漂った。
すると、その時だ。
精霊神ピーリースユのポケットから、ポロリと......銀色の何かが転げ落ちた。
それは......何者かの、魂だった。
<<<あッ......!?>>>
森の精霊王ココリリオンはその魂を見て、息をのんだ。
その魂から、目が離せなくなったのだ。
ただの、魂なのに!
どうにも愛おしく、ずっと眺めていたい!
優しく抱きかかえて、ほおずりしたい!
ずっと一緒にいたい!
だけど、あまりにもおいしそうで......一つになりたい!
そんな、永く生きてきてなお感じたことのない激しい執着が、ココリリオンの中でいきなり発生したのだ!
<<<む、これは......>>>
そんなココリリオンの異常を、ピーリースユはもちろん素早く感知した。
<<<まさか、まさか......つきあいで競り落としたこの異世界の魂が、貴様の愛し子じゃったか!>>>
そしてその異常の原因も、一瞬で看破した!
<<<愛し子......?これが、愛し子......!>>>
<<<ふむ、ふむ、ふむ......ふふ、どれココリリオン、お主この魂が、欲しいか?>>>
ココリリオンは四つん這いになって、ブルブルと体を震わせながら熱心になめるように魂を眺めていたが、ピーリースユはそんなココリリオンに向かってそう問いかけた。
<<<欲しいッ!!欲しいですッ!!>>>
その必死な様をみて、ピーリースユはココリリオンを嘲るようにニヤリと笑った。
<<<そうか、そうか......いやな、こいつは“佐伯真佳美”というジョシコーセーなる者の魂でな。競り落としはしたものの使い道もないので、そこそこ力ある精霊にでもしてやろうかと持ってきたわけじゃが......気が変わった>>>
そしてもったいぶって、そんなことを言うのだ。
ココリリオンはもう、気が気ではなかった!
この素晴らしく狂おしい程に愛おしい魂を、ピーリースユは一体どうしようというのか!?
その答えによっては、相手がいかに信奉していた神であっても容赦はしない!
殺してやる!!
そんな風に、ココリリオンは殺気すら放ち始めたがピーリースユはどこ吹く風。
おかしな様子になっているココリリオンを嘲笑いながら、ピーリースユは言葉を続けた。
<<<ワシはこの魂を......ヒュプエト精霊国の人間に、転生させる>>>
......と!
<<<に、ニンゲンにッ!?一体どうしてッ!?>>>
<<<貴様のためじゃ、ココリリオン>>>
ここでニヤニヤ笑いをやめて、ピーリースユは至極真面目な顔を作った。
そして、厳格な声色で超然と言葉を紡ぐ。
<<<貴様はこの魂宿りし人間との交流を介して、人間を学べ。そして人間を、愛せ。彼らはただの家畜ではないと心得よ>>>
<<<ニンゲンを......愛する......?この、我が......?>>>
<<<そうじゃ。それを通して貴様の凝り固まった精霊至上主義が多少は解ければ、昇神の芽も出てくるじゃろうて>>>
<<<は......ははッ!!そのお心遣い、か、感謝申し上げますッ!!>>>
<<<うむうむ、良い良い>>>
感極まった様子のココリリオンを満足げに眺めると、ピーリースユはふわりと立ちあがった。
<<<この世界に馴染みやすいよう、この魂の前世の記憶は封じておくでな......良いかココリリオン。くれぐれもこの娘を、幸せにしてやるのじゃよ......?>>>
<<<ははーーーッ!!!>>>
そして平伏するココリリオンを尻目に、ピーリースユは巨木の洞から飛び立った。
向かう先は神界......転生神リの神域である。
精霊にするのならばともかく、人間への転生ともなれば、精霊神ピーリースユの権能だけでは不足である。
よってピーリースユは、佐伯真佳美の魂を、転生神リに引き渡した。
ヒュプエト精霊国の人間に転生できるように、注文をつけた上で......それなりのマナも支払って。
精霊神ピーリースユの関与は、これで終わりである。
あとのことは......生まれ変わった佐伯真佳美を幸せにするのは、森の精霊王ココリリオンの仕事である。
何故ならそれが、かの者への試練でもあるが故に。
(試練......試練か、これが?存外......ワシも甘くなったものじゃ)
そうやって内心で苦笑しながら、自らの神域に戻った精霊神ピーリースユは、書類を広げて仕事を始めた。
彼女は高位の上級神である。
さばくべき仕事は山程あり、いつまでも一柱の部下の指導に時間を費やしてはいられないのだ。
そして日々の仕事に没入していったピーリースユは......ココリリオンのことや転生した魂のこと等すっかり忘れ......十年以上の月日が経った。
もしその間、ピーリースユが一度でも、精霊の森やヒュプエト精霊国の様子を覗いていれば......諸々の問題は、起きなかったのかもしれないが。
それは今さら言ってもしょうがないことである。
ちなみに、わかりやすく事実を明記しておくならば。
佐伯真佳美......地球の女子高生であった彼女が記憶を封じられ、転生した存在......それこそが。
ミシュティレ、という名の少女であった。




