658 光の大精霊アカシタル
光の大精霊。
大きな光の球......ともすれば、小精霊がそのまま大きくなっただけと見えなくもない彼女の姿のモデルは、太陽である。
日中、地上を生きる全ての者を遍く照らすその姿こそ、光の精霊たる己の体に相応しい。
まだ姿の定まらぬ、幼き小精霊であったあの時......彼女は心底、そう信じていた。
その考えに潜む傲慢など、微塵も思い至らぬまま。
◇ ◇ ◇
彼女の第一の挫折の契機......それは皮肉にも、精霊の森における大精霊たちの統括として立つことになったことだ。
当初、彼女は己の統括就任に対して、喜びも悲しみもしなかった。
何故ならそれは、当然のことだと思ったからだ。
全てを照らす、太陽の化身。
それが、己であると思っていた。
尊き神の僕としてお勤めを果たす森の精霊王様の右腕となり、精霊たちを管理統括する。
その程度、訳もないと考えていた。
己は歳若いながらも大精霊にまで上りつめることができたのだから。
それだけの才能があり、魂の器があり、さらには努力も積み重ねてきた。
全てを、己の思い通りに差配する。
......できないわけが、ないと思ったのに。
◇ ◇ ◇
<<<雑草抜き?ピーがどうしてそんなこと、しなくてはならいのですかピピーーーーーーッ!?>>>
例えばとある精霊は、精霊の森に侵入し増えつつあった外来植物駆除という仕事の、手を抜いた。
魔力を吸いあげ空気中に放出する精霊の森固有の植物たちは、森の精霊王が行うこの土地の管理には必須の存在。
それを守るために必要な、重要な仕事なのだと。
光の大精霊は理路整然と説明をしたのに。
<<<森の外縁部の見回りとか、オイラのするべき仕事じゃないと思うんだよね。大精霊様、良い機会だから聞いて欲しいんだ!オイラ、頭のできには自信があるんだ!オイラを取り立ててはくれないかな?計画、そして立案!何をするにしても、ブレーンが必要でしょ?大精霊様のブレーンに、オイラがなれば良いんだよ!そうすれば、この森はもっと良くなる!見回りなんてのは、他の連中にやらせとけば良いんだ!この仕事は、オイラのするべき仕事じゃない!>>>
例えばとある精霊は、かつて危険な魔物が森の近くをうろついていた時、見回りの仕事を拒否した。
その魔物は普段“巨獣の台地”と呼ばれる精霊の森の近接エリアに住んでいる四つ脚を持つ巨大な陸生のクジラであり、ガウーガブですら対処の難しい......恐ろしい相手だった。
つまり、戦うことなく精霊の森に侵入される前に何とかしてもといた住処に帰さなくてはならない相手であり、事前に発見し、対処することが肝要な相手だった。
しかしその巨体故に発見は容易であり、だからこそ、見回りは重要な仕事なのだと。
光の大精霊は理路整然と説明したのに。
どちらも、自分勝手な判断で仕事をさぼった。
そのせいで、森は危機的な状況に陥る一歩手前だった。
それなのに元凶の二柱には、反省の色もなかった。
光の大精霊は、衝撃を受けた。
己の配下が、己の差配に従わないことに。
十分に能力のある自分が正しい指示を出しているはずなのに、うまくいかない。
その経験は、それまで失敗らしい失敗をしたことのなかった光の大精霊にとっては、大きな挫折であった。
その挫折は、彼女の心に小さな傷を作った。
◇ ◇ ◇
さらに大きな挫折もあった。
それは、彼女の愛し子の出奔だ。
光の大精霊の愛し子は、彼女とほぼ同時期に生まれた闇精霊だった。
自分とは違って、能天気で騒がしい闇精霊のことを、彼女は愛していた。
間違いなく、闇精霊は光の大精霊の愛し子であった。
これは、珍しいことだ。
精霊の愛し子が、同じ精霊であるなんて。
そして、きっと幸運なことでもあると、光の大精霊は考えた。
何せ、同じ精霊である。
同じ価値観を持っていて、そして共に、永い時を生きることができる。
そう、永い時、だ。
精霊の、寿命は長い。
だから......。
光の大精霊は、自らの心を闇精霊に打ち明けることを、ついつい先延ばしにしていた。
明日、打ち明けようと思って。
だけどその日がくれば、やっぱりまた明日、と。
ぐずぐずと告白を、できないでいた。
だって精霊の寿命は長いんだから。
まだまだ、時間は有り余っているんだから......。
そう思っていたら。
闇精霊が精霊の森から、出奔した。
なんと闇精霊は、自らの愛し子を見つけたのだ。
そしてその愛し子は、精霊の森を訪れていた、ニンゲンの男であった。
大精霊統括である光の大精霊は、後日その男の姿絵を事後報告で受け取っていた。
その姿絵を見て彼女はその男のことを、なんだか笑顔の胡散臭い、その実執着心が強くて粘着質で......腹黒そうな男だなと感じたのを、憶えている。
反面、その男の名前はよく覚えていない。
どうにも、長すぎる名前だったからだ。
何も考えず、『かっこう良いから』と、適当にペットにつけたような名前だった。
しかしとにかく。
光の大精霊にとって大事であったのは、闇精霊が自分に一言の断りもなく、ニンゲンにくっついて精霊の森を出て行ってしまったことだ。
闇精霊が、その有象無象の一人、ニンゲンの男を選んでしまったことだ。
自分では......なくて......。
光の大精霊は、大きく傷ついた。
そして闇精霊に心の内を明かさなかったことを、後悔した。
自分の愛し子の愛し子が自分であるなんて保証はないのに、何もしなかった自分を責めた。
ぐずぐずしている内に、自分の大切な相手はどこの誰とも知れぬニンゲンに、かっさらわれてしまったのだ。
傷つかないわけがない。
追いかけたくとも、立場がそれを許さない。
大精霊統括が精霊の森を離れることは、許されない。
彼女は、ニンゲンを恨んだ。
どうでも良いと思っていた下等生物たちのことを、ここで初めて彼女は明確に嫌いになった。
◇ ◇ ◇
様々な、経験を経て。
気づけば光の大精霊は、すっかり太陽ではいられなくなった。
彼女の心は、ただの、大きな光の球に成り果てた。
だけど小精霊や中精霊たちは、それを無邪気に許さなかった。
光の大精霊は、もはやこの精霊の森の大精霊統括である。
森の精霊王の、右腕である。
ただの光の球であることなど、許されなかった。
だからこそ、彼女は。
超然と、森の太陽として振る舞い続けた。
心の中では自らの矮小さを責めなじりながら、それでも超然と、冷徹に。
そんな、心の中でため息をつき続けた毎日が。
今、終わろうとしている。
◇ ◇ ◇
<<<<<<<<<ウギョボーーーーーーッ!?>>>>>>>>>
そう言って光の大精霊の目の前で爆散したのは、鎧の中精霊たちだ。
彼らは灰、黒、白の三柱がおり、合体して三面六腕六脚の、戦闘フォームに変身することができる。
変身さえしてしまえば、実は彼らは大精霊にも匹敵する程の強者だ。
しかし、彼らは負けた。
どす黒い瘴気を身にまとったニンゲンの少女の、凄まじい殴打を受けて、一撃で弾け飛んだ。
「......脚が六本になって、何の意味があるの......?」
飛び散らばった鎧の中精霊の破片を触手の先でついばみながら、悍ましい少女は無表情で首を傾げる。
異常者だな、と。
光の大精霊は、思った。
平時であれば、その疑問は至極もっとも。
腕が増えれば......攻撃の手数が増えたりするかもしれないけど、脚が増えたからって、なんか意味あるの......?
踏ん張りが、きくとか......?
これは常々、精霊の森の精霊たち皆が思っていたし、実際口に出して指摘もしていた。
いちいち突っこまれるのが面倒だから、普段鎧の中精霊たちは合体した姿を人前に晒すことはなかったくらいだ。
だけど。
それって、殺した直後に言うべきことかな?
しかも、平然とした様子で。
つまりきっとこの少女にとって死は日常であり、そのくらい彼女は殺しにためらいがない。
恐るべき、ニンゲンである。
「......で」
そんなことをつらつらと考えながら。
精霊の森の聖域......花畑の中心......精霊王の住まう巨木の根元にたたずんでいた光の大精霊に、邪悪なニンゲンは声をかけた。
「お前は、偉い精霊?」
<<<ふむ......実に無礼な態度ではありますが、答えましょう。ニンゲンの社会形態について私は詳しくありませんので、あなたの言わんとしていることと若干の乖離があるかもしれませんが......私はこの森の大精霊統括。確かに、偉いと言えるでしょう>>>
光の大精霊はいつもどおり、超然と答えた。
感情の読み取れぬ起伏の少ない声色で、言葉がつらつらと紡がれる。
「なら、お願いがある」
<<<......?>>>
「私を、もう襲わないで。放っておいて」
<<<......?>>>
「約束してくれたら、私は大人しく森から出ていく。どう?」
<<<........................>>>
光の大精霊は押し黙り、しばらく沈黙が続いた。
精霊の聖域は今、風すら吹かず無音。
満点の星空と足元の花々の輝きに包まれ、ただただ静寂のみが、満ちている。
光の大精霊は、何故黙ってしまったのか?
それは目の前の、瘴気に包まれた明らかに邪悪なニンゲンの要求が、実に滑稽なものであったからだ。
......精霊をほぼ皆殺しにして聖域までたどり着き、願うのが『見逃してください』ときたものだ。
<<<......冗談を、言っている?>>>
「?」
震える声で問いかけても、目の前のニンゲンは首を傾げるばかり。
......本気なのだ。
光の大精霊は、再び絶句した。
それは、それは。
なんとも、なめられた話だ。
<<<そのような願いを......叶える訳が、ないでしょう?>>>
光の大精霊は、唸るように言葉を絞り出した。
<<<これだけ同胞を殺した、あなたが許されるとでも?>>>
彼女は......光の大精霊は、森の精霊王の右腕。
森の精霊たちの、統括責任者。
好き放題暴れたニンゲンを、無罪放免にする?
そのようなことは......彼女の立場が、許さなかった。
「先に手を出して来たのは、そっち」
<<<あなたが我らの森に侵入したからです>>>
「まずは襲いかかるでなく、『出てけ』って言えば良かった。そしたら私は、すぐに出て行った」
<<<何故?>>>
「『何故』とは?」
<<<......どうして我ら精霊がッ!!下等種族であるニンゲンにッ!!配慮する必要があるッ!!>>>
「!!」
ここで光の大精霊は......激昂した!
立場が、そうせよと彼女に強いるからだ!
激しい怒りに同調するかの如く、彼女の発する光が爆発的にその強さを増し、エミーは思わず目を細めた!
<<<ニンゲンなど......ニンゲンなどッ!!言葉を話すだけの、猿に過ぎないッ!!いや、それどころか......奸計をもって神聖を汚し、大切なものを奪い去る......本来滅ぼすべき害悪なのだッ!!>>>
光の大精霊は、続けて叫んだ!
心の傷を自らほじくり返し、怒声をあげ、とにかく......怒りを高める!
すると、不意に......目の前の少女が、かつて最愛を奪い去ったニンゲンの男の姿絵と、重なった!
何故なら、どちらも二本の腕があって、二本の脚があり、首の上に頭がついているからだ!
似ている、どころの話ではない!
全く同じじゃないか!
ピカーーーーーーッ!!
さらに強まった光の大精霊の放つ光によって、精霊の聖域はまるで昼間のように照らされている。
そして、それだけではない。
周囲の花々からは煙があがり始めた。
焦げ臭い匂いも漂っている。
熱によって、燃えあがろうとしているのだ!
<<<私は......我が名は、光の大精霊アカシタルッ!!......この精霊の森の......太陽ッ!!>>>
そんな中で、光の大精霊は名乗りをあげた。
その間も光は強くなり続け、周囲の温度は高まり続けている。
エミーはどす黒い靄を意識的に体外へと噴出しまとうことで、体温の上昇を防ぎ......腰を少し落として拳を構えた。
高まり続けているのは、光の強さと温度だけではない。
アカシタルから発せられる敵意は、もはや爆発寸前だ。
彼女に交渉の意図がないことは、明白なのだ。
<<<さあ、ニンゲンよ!下等生物の分際で我ら精霊に歯向かったその愚かさを悔やみながら......光に呑まれ滅びるが良いッ!!>>>
そして、次の瞬間だ!
アカシタルは四方八方に致死性の光線を放出して辺りを燃やしながら......エミーに襲いかかった!
◇ ◇ ◇
己が光線を放ち、ニンゲンが超常の速度でそれを避ける。
時に大地を蹴り、時に宙を舞い、目まぐるしくその位置を変える超高速戦闘。
怒りに突き動かされるが如く、激しい戦闘を続けながら......しかしその実その最中、アカシタルは暴れ狂う己とこの戦闘の様子を、どこか俯瞰して眺めていた。
(......これは、負けますね)
そして己の敗北という未来を、冷静に確信していた。
何せ相手のニンゲンは、持ち前の戦闘勘で容易くアカシタルの光線を避け......例え当たったとしても、その傷は高速で治癒されてしまう。
さらにはニンゲンが時折体から噴出するどす黒い瘴気は周囲に広がって、アカシタルの光が進むことを阻害する。
戦闘が進めば進む程瘴気による汚染は広がり......アカシタルにとって不利なフィールドが形成されていくのだ。
(......まあ、それも良いでしょう。どのみちここまで森をボロボロにされては、大精霊統括として、私に立つ瀬はない)
そう考えてアカシタルは、心の中でふうと、息を吐いた。
しかしその息は、長年吐き続けた、ため息ではなかった。
安堵の息だった。
(そうか......もう、終わりなんですね)
そう思うと、心が軽くなったのだから、皮肉なものだ。
結局のところ、アカシタルに今の立場は、重荷でしかなかった。
アカシタルは、太陽なんかではなかった。
ただの、光の球だった。
(ちゃんと傲慢に......最後も太陽らしく、振舞えたでしょうか?)
ふと、そんな不安も生まれて、戦闘相手のニンゲンをまじまじと見つめる。
激しい戦闘の最中であるのに、彼女は無表情。
涼しい顔をしている。
しかし、そのどす黒い瞳には殺意の炎が燃え盛り、小さな体を動かす原動力となっているようだ。
アカシタルは、ニンゲンが嫌いだ。
だから目の前の少女にも、好感は持てそうにない。
だけど、彼女は。
きっと、鬱々としたアカシタルの毎日を、終わらせてくれる相手なのだ。
そう思うと、ニンゲンではあるけれど......アカシタルはエミーに対して、少しは感謝の念を抱かないこともなかった。
(生まれ変わったら......ヒメタル。私は、今度こそ、あなたに......)
長く長く続いた戦いの最後。
吸われ、削られ、消耗し、すっかり小さくなった己の体に、どす黒い何かで覆われたニンゲンの拳が迫る中。
アカシタルが思い浮かべたのは、やはり......愛し子の姿だった。
【何も考えず、『かっこう良いから』と、適当にペットにつけたような名前】
“ガイストフェナンジェシリアード”。
第13章等に登場。
(令和7年6月8日)クジラに関連した描写を変更しています。




