656 かわいらしくスマートで賢くクレバーでジーニアスな天才最強賢獣の中精霊ファルウィーゼル
少しばかり、時を遡ろう。
ルクトリアを【風膜】に閉じこめ嬲り遊んでいたファルウィーゼルであったが、彼の下にも、数多いた中精霊たちを狂乱させたミョゴシュゴの【衆号】の効果は届いていた。
【衆号】とは将たる存在が操る異能であり、『群れとなり、同胞の仇をとれ』というミョゴシュゴの命令に、単なる中精霊であるファルウィーゼルは抗うことができなかった。
しかしお花畑にいた連中とは異なり、彼にはいささかの自由意思が残されていた。
それは、【衆号】の発動者であるミョゴシュゴと彼の所在が離れていたからであり......彼が、褒められた個性ではないかもしれないが、強い自我を持ちあわせた個体であったからだ。
だから彼はエミーの下に向かう前に、何度も舌打ちをした。
何しろ、ルクトリアいじめというお楽しみを中断して、戦いに赴かなければならなかったから。
しかし再度言うが、単なる中精霊であるファルウィーゼルには、【衆号】に抗う術がない。
しかたない。
そう思い、チラリとルクトリアの方を見やると。
ルクトリアは【風膜】の中で横になり......もはや身動き一つしていなかった。
<<<あ!ジジイの号令に気を取られている内に、死んじゃった!>>>
そう思ったファルウィーゼルは顔を真っ赤にして怒り、ミョゴシュゴがいるであろうお花畑の方向に向かって大声で何度も聞くに堪えない罵詈雑言を並び立てたものだった。
ここまでじっくり鑑賞していたのに、肝心の死ぬ瞬間を見逃すなんて!
せっかくの苦労を、台無しにされた気分だったのだ。
<<<......こうなれば手早くその、同胞の仇とやらをぶっ殺して、肉体から魂が抜ける前に戻るしかない!>>>
英雄の器が相手ともなると、魂をいただくにも時間がかかるものなのだ。
ちゅるんと、一飲みできるようなものではない。
十分に手間をかけて魂を取り出して、さらにそれをおいしくいただけるよう、切り分けたり魔力で飾りつけしたりと、色々やることはあるのだ。
つまり、ルクトリアの魂を食べてから同胞の仇の下に向かう......それは、だめだ。
時間がかかりすぎる。
到着した頃には敵は倒されていて、自分は仕事をしない役立たず扱いを受ける......。
ファルウィーゼルは自分のことを、賢くてかなり優秀な中精霊であると認識していた。
他の連中とは、頭のできが違うのだと。
なのに、一つの瑕疵で不当な低評価に晒される。
そんなのは、ごめんだった。
<<<ま、おいしい魂は我慢した後の方が、ずっとおいしいはずさ!>>>
己は長期的な利益を得るために我慢のできるスマートで賢くクレバーな精霊なのだと自分を納得させながら、ファルウィーゼルはルクトリアを捕らえていた【風膜】を解除した。
距離が離れるとこの技は、維持できないからだ。
<<<さ、覚悟しろよ同胞の仇ー!このオイラ、最強賢獣の中精霊ファルウィーゼル様が、血祭にあげてやるぞー!キキキキキキッ!>>>
そう言って楽しそうに笑ってから、ファルウィーゼルは鼻をクンクンと動かした。
そして笛の中精霊の魔力の残滓を嗅ぎとり、敵の居場所を特定し。
ファルウィーゼルはその場所に向かって......ゆっくりのんびり、鼻歌を歌いながら飛び始めた。
何も、いの一番に駆けだして、先陣をきる必要はない。
頃合いを見計らって他の連中にこっそり合流し、おいしい所だけをいただけば良い。
何せファルウィーゼルはスマートで賢くてクレバーなものだから、こういう生き方ができてしまうわけだー!
......なんてことを考えていたファルウィーゼルの頭の中からは、既にこの時点で、ルクトリアのことはすっかり抜け落ちていた。
◇ ◇ ◇
......で。
ファルウィーゼルが現場に到着した時には......既に中精霊の軍団と同胞の仇との決戦が、始まっていた。
というか。
中精霊軍団は、圧倒的に、蹂躙されていた。
中精霊たちは至近距離で発動された【衆号】の力で理性を吹き飛ばされ、果敢に敵へと攻めこむも。
敵は彼らの攻撃を、何ら意に介さないのだ。
そして敵は無造作に拳を放ち、足で蹴り、よくわからない......どす黒い触手みたいなものを振り回して。
次々に中精霊たちを、バラバラの破片にして。
その破片を、よくわからない触手の先端の器官を使って......食べていた。
そう、食べていた!
捕食していたのだ!!
精霊を!!!
その様を見て、ファルウィーゼルは!
......すぐさま手ごろな木の洞へと、飛びこんだ。
彼の明晰な頭脳は、即座に彼がとるべき戦略をはじき出したのだ。
今は、あれに挑むべき時ではない、と!
プランだ。
プランが必要なのだ。
敵を倒すには。
それができないからこそ馬鹿共は、無策に突っこみ、死んでいる。
スマートで賢くてクレバーなファルウィーゼルは、そうではない!
では、そのプランがあるのかと問われれば、今はないけど。
待てば、きっとそれは浮かびあがる。
何故ならファルウィーゼルは、スマートで賢くてクレバーだから。
決して、怖いから隠れたわけではないぞ。
この震えは、武者震いというやつだ。
ああ、それにしても、【衆号】の効果が恨めしい。
この場から、離れられない!
己のような存在は、後方で戦略を練ることでこそ、その力を発揮できるというのに......!
つまり、己があの敵を打ち倒すことができないのは、あのジジイが悪いのだ!
◇ ◇ ◇
そうやって無能な上役に内心で毒づいているうちに、中精霊たちは彼以外の全てが討ち取られた。
そうしたら、獣の大精霊ガウーガブがやってきた。
ガウーガブは、強い。
だけど、馬鹿だ。
故にこそ、ここで助力をすべし。
己の賢さで、あの馬鹿をサポートするのだ!
そう、思いはしたけれど。
結局、ファルウィーゼルは動かなかった。
それは、その、なんだ。
ガウーガブが、ファルウィーゼルよりも、格上の大精霊であったからだ。
格上の大精霊であるガウーガブが、いかにスマートで賢くクレバーであるとは言え、一介の中精霊であるファルウィーゼルのアドバイスを聞いて戦ってくれるわけが、ないのだ!
やるだけ無駄だ!
様子見をするしかない!
ファルウィーゼルは適切な行動を妨げる精霊社会における上下関係の厳しさというしがらみに、歯噛みをして震えた!
で、震えているうちに、ファルウィーゼルが潜伏していた大樹が戦闘の余波で吹き飛ばされ、彼は戦闘の中心からかなり距離をとることができた。
そして苦労して倒れた大樹を風の力で転がし、洞の外に顔を出すと、既にガウーガブは八つ裂きにされていた。
(あああッ!!なんで勝手に死んでるんだよ、あの馬鹿ッ!!)
きっとあのガウーガブも、少し戦って形勢が不利とわかれば、賢者ファルウィーゼルの忠告を聞いただろうに!
その時こそ、ファルウィーゼルが活躍するべき時だったというのに!
そうすればあのガウーガブは、敵に勝てたに違いないのに!
それなのにガウーガブは、粘る事なく死んでしまった。
せっかく今この場には、ファルウィーゼルが控えているというのに!
なんて、根性なしなんだ!!
ファルウィーゼルは相変わらず横たわった大樹の洞の中に身を隠しながら、図体ばかりでかい役立たずを心中で罵り続けた。
◇ ◇ ◇
すると今度は、鼻につくクスクスという笑い声と共に、花の大精霊アトリコナブトが現れた。
風に乗ってどこからか飛んできた花びらがふわりと集まって人形をなし、気づけば彼女は、敵の眼前に立っていた。
......そんな妙な優美さが、ファルウィーゼルは常々気に食わなかった。
そもそもこのアトリコナブトは、普段ろくに働こうとしないのだ。
クスクス笑うばかりで、他の精霊の影に隠れ、外敵と戦おうとしない。
少なくともファルウィーゼルは、アトリコナブトが戦っている場面を見たことがない。
正直に言うと、ファルウィーゼルはアトリコナブトのことを役立たずだと思っていた。
たまたま長く生きて力がたまり、大精霊になっただけの奴だと思っていた。
それなのに、それでもアトリコナブトは大精霊だから自分よりも上位の存在であるため傅かなくてはならず......つまりファルウィーゼルはアトリコナブトのことが嫌いだった。
木の洞からこっそりと顔を出し、そんなことを思いながらアトリコナブトをじっと睨みつけていたファルウィーゼルであったが。
その時、ふと......アトリコナブトと目があった。
アトリコナブトは一瞬驚いたように目を見開き、しかしすぐにまた微笑みを浮かべ......突然、自身を中心として、渦巻くように花吹雪を発生させた。
とてつもない強風だ!
ファルウィーゼルの潜伏していた倒木など、簡単に転がしてしまう程の!
ファルウィーゼルは自分の不遜な考えが見抜かれ大精霊の勘気を蒙ったのだと思いこみ、転がる大樹の洞の中で小さくなって震えた。
しばらくして、風が止み。
外の様子を伺うため、ファルウィーゼルが洞から顔を出すと。
眼前の景色が、一変していた。
ファルウィーゼルの潜む木は、風で転がされたためその範囲から外れていたが。
敵とアトリコナブトが対峙していた、その周囲一帯には......青い花畑が生まれていたのだ。
その光景を見て、ファルウィーゼルは思った!
(いやいやいや!お花畑を作って、どうすんのさ!戦えよ!!)
そう憤慨しながらよくよく目を凝らすと、既にアトリコナブトはガウーガブ同様八つ裂きにされており、ちょうどその最後の破片が黒い触手に食べられているところだった。
彼女の全てが敵に捕食されると、見事に咲き誇っていた花畑は急速に萎れ、腐れ果てていく。
(しかも、負けてるし!?)
あいつは、やっぱり役立たずだった。
ファルウィーゼルは長年の疑念を、確信に変えた。
◇ ◇ ◇
そしてさらに、ファルウィーゼルが倒れた大樹の洞で潜伏を継続していると、最後にミョゴミョゴシュゴの大精霊ミョゴシュゴが現れた、というわけだ。
ファルウィーゼルが見る限り、ミョゴシュゴはかなり善戦していた。
奇襲をかけ、四本の刀を自在に操り、さらには触手に囚われていた死にぞこないの中精霊を一部開放し、戦力を増やしていた。
でも、負けた。
負けたのだ。
(何が、『見事な戦いぶりじゃった』だよ!敵を褒めるんじゃないよ!)
あのジジイは、自分に酔っているのだ。
だから、そういうセリフが吐ける。
普段からそういう所はあったけど、死ぬ時までそうなのだから、救えない!
(ウザジジイ!とっとと死ね!!)
光の粒となって闇夜に消えていくミョゴシュゴを睨みつけながら、ファルウィーゼルは思いつく限りの悪態を心の中でつき続けた。
そして。
気づけばこの場には、敵である同胞の仇たるニンゲンと。
......隠れている自分が、一柱のみ。
(や......やべーーーッ!?あのニンゲン、これで大精霊三柱をぶっ殺しやがった!?やべーーーッ!?)
ここにきて、ようやく自身の身の危うさに、ファルウィーゼルは気づいた!
何しろ敵のニンゲンは、この精霊の森の上澄みたる大精霊たちをくだした超危険生物!
もし、そんな相手に、自分の存在が露呈すれば......!?
(一口で、パクリだ!ち、ちくしょう!こんな危険な場所に、これ以上長居は無用だよ!)
と、そこまで考えて。
ファルウィーゼルは、ふと、自身の思考にまとわりついていた靄のようなものが、消えていることに気づいた。
ミョゴシュゴが倒されたので、ファルウィーゼルにかかっていた【衆号】の効果が、切れたのだ。
つまり、『同胞の仇をとれ』という命令がキャンセルされ......今この時、ファルウィーゼルは自由になったのだ!
(ひ、ひ、ひゃーーーーーーッ!!!)
次の瞬間、ファルウィーゼルは大樹の洞から飛び出し、一心不乱に駆けだした!
気づかれぬよう声を抑え、目立たぬよう飛ぶことなく、地面を滑るように!
......同胞の仇たるニンゲンには、すっかり背を向けて!
(オイラは、かわいらしくスマートで賢くクレバーでジーニアスな天才最強賢獣の中精霊ファルウィーゼル様だぞ!つまり担当は頭脳労働!槍働き、鉄砲玉扱いなんてもってのほか!オイラのような貴重なジンザイを失うことは、精霊の森の損失に他ならない!だから......ここは一旦、退く!戦略的に撤退だーーーーーーッ!!!)
己の行いを全面的に肯定し続けながら、ファルウィーゼルは走った。
幸い、気づかれなかったのか、あるいは興味を持たれなかったのか......。
ニンゲンが彼を追撃することは、なかった。




