655 三柱目の最後
<<<ぐぬあーーーーーーッ!!!>>>
腐れ果て輝きを失った精霊の森の一角に、絶叫が響きわたった。
ミョゴミョゴシュゴの大精霊ミョゴシュゴの絶叫である。
彼は今しがた加えられた一閃により胴体を真っ二つに斬り分けられ、ドサリと地面に転がった。
二対四本の腕は既に引きちぎられ【黒伸顎】によって捕らわれており、もはや身動き一つとれない。
いや......ミョゴシュゴは精霊であるので、本来は魔力操作により自在に宙を泳ぐことも可能であるはずだが。
......余力が、無いのだ。
身じろぎ一つ、とれない程に。
ミョゴシュゴは、全ての魔力を絞り出し、それを使い果たした上で、敗北したのだ。
顔を隠していた頭巾も解け、ミョゴミョゴシュゴ本来の素顔をさらけ出した現在の彼は、まさしく小鳥にでも襲われて傷つき地面に転がり、蟻によって運ばれようとしているミョゴミョゴシュゴの姿そのものであった。
「............」
一方。
一足でミョゴシュゴの脇を駆け抜け、その手に持つ巨大でどす黒く不穏な【黒大剣】によって彼に致命の一撃を加えたエミーはと言うと。
彼女自身も、一見すると満身創痍という有様である。
全身は傷だらけで、所によっては骨すら見えるほど深く斬り裂かれている。
右目に至っては、斬撃によって潰されているのだ。
しかしながらこの程度、彼女にとっては致命傷とはなり得ない。
ジュウジュウと音を立て、白い煙をあげながら......彼女の傷は急速に塞がれていく。
右目が再生しきったところで彼女は残心を解き、地面に横たわるミョゴシュゴを振り返った。
文字通り虫の息となったミョゴシュゴの目に映るは、もはや傷一つ残らない、女神もかくやという美貌である。
瘴気をまとい、血に濡れたその姿は......それでも美しく、崇高であるように、ミョゴシュゴは感じた。
<<<完敗じゃのう......>>>
ミョゴシュゴはぼうっとエミーを見つめながら、つぶやいた。
<<<奇襲をかけ、不利をついても、勝てなんだか......>>>
エミーの『不利』......それは実は【黒伸顎】である。
その命尽きるまで精霊たちを捕らえなければならない【黒伸顎】を維持しながら、手練れのミョゴシュゴと戦う。
それはエミーをもってしても、非常に困難であった。
何しろ【黒伸顎】は物理的に邪魔だし、未だ自在には行えぬ魔力吸収を維持しつつ同時に戦闘行為を続けなければならないのだから。
実際、ミョゴシュゴによっていくつかの【黒伸顎】は斬り裂かれ、何体かの精霊は解放されてしまった。
解放された精霊は、弱ってはいたものの、確実にミョゴシュゴの援軍として機能していた。
「......お前は、強かったよ。戦った精霊の中では、一番強かった」
気づけばエミーは、そんな言葉を口にしていた。
自身との戦闘でその身に着けた傲慢を削ぎ落されたミョゴシュゴは、武人然とした好々爺であった。
敵、ではあったが。
エミーは彼のことを、他の精霊と同様に、無遠慮に引き裂き殺して食らう気には、なれなかった。
エミーは......お爺ちゃんとかお婆ちゃんに、弱い。
<<<は、は......それは、それは......その言葉は、誇るべき、じゃな>>>
ミョゴシュゴは、精霊からしてみれば生まれたての赤子と言っても過言ではない程歳若いエミーからの高い評価に思わず心躍ってしまった己の滑稽さに苦笑を浮かべてから......ゲホゲホと、咳きこんだ。
むせる度に、彼の体を構成する魔力が白い光となって飛び散り、宙へと霧散していく。
気づけば、彼の体は大分透き通り、薄くなっていた。
ミョゴシュゴは、己の全てを振り絞り戦った。
魔力が......生命が、尽きようとしているのだ。
<<<エミーよ>>>
最後に。
最後に言葉を贈るために、ミョゴシュゴは気力を振り絞り、エミーを睨みつけた。
そう、睨みつけたのだ。
ミョゴシュゴは、最後の瞬間は敗北者ではなく年長者としてあろうとした。
彼なりの、矜持の発露であった。
<<<......見事な、戦いぶりじゃった!!>>>
長く、長く、長く生きてきた己の全てを!
この、年端もいかぬ少女は、打ち破ったのだ!
例え敵であろうとも、称えねばなるまいよ!
そんな最後の思いを果たしたミョゴシュゴの体は、解けるように無数の白い光の粒となって、星空に向かって昇っていき......。
その途中で霧散して、夜の暗闇に吸いこまれて、消えた。
その様を、エミーは。
瘴気にまみれ、血にまみれ。
腐れ果てた森の上に立ち、じっと見つめていた。
◇ ◇ ◇
(や......やべーーーッ!?あのニンゲン、これで大精霊三柱をぶっ殺しやがった!?やべーーーッ!?)
そんなエミーを......折れた大樹の洞に隠れ、じっと見つめる精霊が一柱。
......それは鼬の中精霊ファルウィーゼルであった!




