650 力ある精霊たちの宴
ここで、視点を切り替える。
エミーは笛の中精霊を打ち倒し、さらにお掃除精霊三兄弟と戦い始め。
ルクトリアは鼬の中精霊に囚われ、痛めつけられている。
その最中。
他の、力ある精霊たちは何をしていたのか?
それは既に言及のあった通り、“宴”である。
◇ ◇ ◇
ヒュプエト精霊国の人間にすら知られていないことだが、精霊の森の中心部......最奥には、樹高300メートルを優に超える巨木がそびえたっている。
この精霊の森にて育つ様々な樹木が融合し、混然一体となって大きくなったこの巨木こそが森の精霊王の住処であり、彼はこの巨木の中ほどに発生した大きな洞を部屋として整え、普段はそこにいながら精霊の森の“管理”を行っているのだ。
そしてその巨木の周囲に広がるのは、色とりどりに光り輝く魔力豊かな花畑である。
さて、現在その花畑には、様々な姿をした力ある精霊たちが集まり、宴を催していた。
彼らの敬愛する森の精霊王が、ついに“愛し子”を手元に置いたことを祝うための、催し物である。
精霊にとって、愛し子は重要な存在だ。
愛し子とは精霊にとって、理屈では語れない......どうしようもなく惹かれてしまう存在。
自らの愛し子が見つかれば、精霊はそれに狂う程に執着し、何よりも優先する。
例えそれが、普段は蔑んでいる人間であったとしても、だ。
とにかくそれが精霊の習性であり、さらに愛し子を見つけそれと共に在ることは善きことであるというのが、精霊の文化である。
だからこそ精霊たちは、森の精霊王が愛し子を連れ帰って来たことを、大いに喜び、宴を開いた。
当の精霊王は、体調不良のため寝こんでいる愛し子の看病のため住処から一度も出てきていないが、そんなことは精霊たちには関係なかった。
めでたいことは、とにかく盛大に、長いこと祝わなければならない。
......現在この宴は、開催されてから三日目。
寿命の長い精霊は宴も長く、中だるみすることもない。
力ある精霊たちは満点の星空のもと、光り輝く花畑の上で、踊り、歌い、酒を飲み、思い思いにこの祝いの席を楽しんでいたのだ。
しかし......突然!
<<<ヒュピピピピーーーーーーッ!!!>>>
精霊の森全域に、甲高い警戒音が響きわたった!
<<<これは......笛の中精霊の【精霊大警笛】>>>
<<<つまり......危険な敵が、現れた?>>>
宴の席は、しんと静まりかえる。
菫の中精霊は顔を青くし、兎の中精霊は眉間に皺寄せて震えた。
しかし。
<<<はっは!そんな馬鹿な!>>>
<<<我ら精霊に、敵う者などいるものか!>>>
警戒を強め不安がる精霊は、ごく一部の臆病者だけだ。
何しろ、自在に魔力を操ることのできる精霊は、種として強い。
どの精霊も、自らの強さには自信を持っている。
だからほとんどの精霊たちはすぐに不穏な空気を打ち消すように大声を出して笑い、酒を飲み始めた。
<<<そう言えば精霊王様は下っ端共に、森の警戒を頼んでおったのう......>>>
<<<愛し子を取り返しに来るニンゲンがいるかもしれないってね>>>
<<<ああ、つまり、さっきの警笛は......我らが麗しの王への、『仕事してます』アピール?>>>
<<<ははっ、力なき者の、精一杯の王へのアピールか!全くいじらしいじゃないか!>>>
笛の中精霊の警笛は......さらりと流された。
そして再び、どんちゃん騒ぎが始まった。
<<<ってか、本当あの警笛、うるさいよね>>>
<<<笛の中精霊自体が、うるさい>>>
<<<あいつ、ピーピーうるさい>>>
<<<存在がうるさい>>>
<<<キャラづけがうざい>>>
<<<性格もやばい>>>
<<<あいつ嫌い。唾飛ばして喋るし>>>
さらに、笛の中精霊の、悪口大会も始まった。
笛の中精霊は、嫌われていた......。
しかし、だ。
そんな弛緩した空気も、この警笛の後に続く一報によって......ようやく凍りつくこととなるのだ!
◇ ◇ ◇
<<<申し上げますッ!!!申し上げますゥーーーッ!!!>>>
それをもたらしたのは、この精霊の森で伝令役を務めている、鎧の中精霊だ。
中身のない全身鎧という姿を持つ彼は、無粋にもガチャガチャとその鎧を鳴らしながら宴会会場である花畑に飛びこんできて、片膝をつき。
<<<笛の中精霊殿ッ、お討ち死にィーーーッ!!!>>>
......と、叫んだ!
<<<何ッ!?>>>
<<<そんな!>>>
<<<馬鹿な!>>>
お花畑に、緊張が走る!
<<<奴は、見た目はホイッスルでも、中精霊だぞ?>>>
<<<そう......性格はうざいけど、中精霊なんだよ?>>>
<<<ピーピーうるさくても、中精霊なんだから!>>>
<<<そう簡単に、やられるわけがないでしょ!?>>>
<<<事実でございますッ!!!>>>
続報を信じられず口々に喚く精霊たちに、鎧の中精霊は大声で、端的に反論した。
そして。
<<<現在、【精霊大警笛】を受け現場に駆けつけたモップの中精霊殿、雑巾の中精霊殿、タワシの中精霊殿が、正体不明のニンゲン......“敵”と交戦中ですッ!!!>>>
そう、現状を報告した。
それを聞いたお花畑の面々は互いに顔を見合わせ......ほっとした表情を浮かべた。
<<<なんと、あの“お掃除精霊三兄弟”が!>>>
<<<奴らは中精霊なれど、力をあわせ連携すれば、大精霊にも匹敵する猛者共よ!>>>
<<<そう、奴らは、誰が呼んだか『精霊の森の掃除屋』だ......これでその『敵』とやらも、“キレイにお掃除”されるであろうよ!くっくっく......>>>
お掃除三兄弟......人間の生活に身近な道具を模した少し頼りないその姿とは裏腹に、強大な力を持つ中精霊たちは......森の精霊王への忠義に篤く、誠実で、“汚れ仕事”も進んで引き受ける。
彼らに任せておけば、問題はなかろう。
お花畑の精霊たちは、すぐに安堵した。
それ程までに、お掃除三兄弟には、信頼があったのだ。
しかし......!
<<<申し上げますッ!!!申し上げますゥーーーッ!!!>>>
それから程なくして、ガチャガチャと大きな音を立てながら、またしても鎧の中精霊がお花畑に飛びこんできた!
先ほどやってきた鎧の中精霊は灰色をしていたが、こちらの鎧の中精霊は別個体であり黒色をしている。
まあ、カラーリングはともかく......この鎧の中精霊は片膝をつき。
<<<お掃除三兄弟ッ、お討ち死にィーーーッ!!!>>>
......と、叫んだ!
<<<何ッ!?>>>
<<<そんな!>>>
<<<馬鹿な!>>>
再度お花畑に、緊張が走る!
<<<あの子たち......きれい好きの、良い子たちだったのに......!>>>
そう言って、泡の中精霊は、震えた。
<<<くそッ!オレがあいつらについてさえ、いればよ......!>>>
そしてそう言って、バケツの中精霊は頭を抱えた。
お掃除精霊三兄弟は、好かれていた......。
<<<......お掃除精霊三兄弟が負けたのは、わかった。奴らは敵に......一矢報いることは、できたのかのう?>>>
と、ここで。
巨大な昆虫のような姿をした大精霊が切り株から二足で立ちあがり、声を震わせながら......黒い鎧の中精霊に、そう問いかけた。
<<<......はッ!!!>>>
黒い鎧の中精霊は、涙をぬぐうような動作をしてから......。
<<<お掃除三兄弟の、奮戦によりッ!!!敵は......敵はッ!!!>>>
声を振り絞り......叫んだ!
<<<ピッカピカに......なっていました!!!>>>
<<<<<<<<<いや、まじでお掃除して、どうすんだよッ!!!>>>>>>>>>
まるで子どもが考えた笑い話のオチの如き結末を聞き、ほぼ全ての精霊たちが、同時にそうつっこんだ!
<<<そうかい、あいつら......本懐は遂げたって、わけかい......>>>
しかしバケツの中精霊だけは、そう言って一筋、涙を流した......。




