65 え?マジ?なにそれ第二形態的なあれですか?
いつしか雨はやんでいた。
雲の合間から差し込む暖かな光が、草原を照らす。
この間までサラの魔法練習場として使っていたこの草原、今となっては血と泥、死骸にまみれた酷い有様だ。
まさしく戦場である。
そんな中、雨音がなくなった周囲に響くのは、エミーがクイーンの死骸を貪り食らう音。
肉を引きちぎり、血をすすり、骨をかみ砕く音である。
今回の戦い、エミーにとってはほぼ全ての力を出し尽くした戦いだった。
体力、魔力ともにもはや限界ぎりぎりにまですり減らし、薄氷の上に掴んだ勝利であった。
エミーの肉体は、失ったエネルギーを取り戻すため、無意識のうちにクイーンの死骸を腹におさめ始めた。
クイーンの肉体は、多量の魔力を含んだ食材でもある。
これによりまたしてもエミーの肉体の変質が進み、空腹感に苛まれることになるのだろうが、まぁこれは仕方ないだろう。
◇ ◇ ◇
......はっ!?
私、エミーちゃんもうすぐ7歳!
気が付いたら手だの口周りだの真っ赤にしながら、クイーンの死骸を貪り食っていたの!
あ、あれ?
確かクイーンをトゲを使った攻撃で倒して、そのあと【魔撃】で殴りまくっていたところまでは覚えているんだけど......?
<限界ぎりぎりでしたもの、意識も朦朧とし、記憶がとんでいてもおかしくありません。クイーンを倒した後、あなたはその死骸をずっと食べ続けていましたよ。肉体がエネルギーを欲し、本能的に捕食行動を開始したのでしょう>
そ、そっかー。
ってか、そっか。
ぐるりと、今回戦場となった草原を見渡す。
そこには数えきれないほどのトポポロックたちの死骸が転がっている。
雲の合間から零れ落ちる穏やかで暖かなお日様の光が、なんとも不釣り合いな光景だ。
......私、勝ったんだ。
<......はい>
思わず力が抜け、へたり込む。
さすがに今回は、きつかった。
いや、今回も、きつかった、かな?
クイーンの死骸を背もたれにして、空を仰ぎ見ながら呆ける。
......オマケ様、私、サラちゃんを、お友達を、守れたよ。
<......はい。凄いです、エミー。よく......よく頑張りましたね>
えへへ。
<私は......正直に言います。何度も、思いました。無理だ、勝てない、と>
あぁ......そうだったかもね。
もう!オマケ様ったら、弱気なんだから!
<......普通は、心が折れていますよ。それだけの戦いでした。しかし、あなたは諦めなかった>
えへへ!
オマケ様ったら、ほめても何も、出ないよ~?
<やはり、やはりあなたは素晴らしい、です。エミー。やはり、あなたは......>
......?
<......いえ、なんでもありません。とにかく、お疲れさまでした。......途中、いくつかきつい言葉を使ってしまったかもしれません。謝罪します、エミー>
あ、いえいえ。
私だって、オマケ様に向かって『黙れ』とか言っちゃって、ごめんなさい......。
<............>
............。
<......とりあえず、エミー。お屋敷に、戻りましょうか>
うん......。そうだね、オマケ様。
男爵様に報告しよう。
トポポロックの群れは、みーんな私が倒しちゃったよって!
<あはは......そうですね。結局マーツ男爵の増援を待たずして、事態は解決してしまいましたね>
お屋敷を【魔力視】で確認すると、どうやらまだ結界は復旧していないみたいだ。
ひとまず、スタンピードはしのぎきった。
それを伝えれば、男爵様たちも安心して作業を続けることができるだろう。
そして、サラちゃんにも会いに行かなきゃ。
大丈夫だったよって伝えるんだ。
......心配してくれて、ありがとう、とも。
そう考えるだけで、嬉しくなる。
心が温かくなる。
友達を、私は守れたんだ。
すごく、誇らしい。
幸せな気分だ。
私は立ち上がり、お屋敷に向けて歩き出した。
まだ少し、フラフラしている。
ふわふわして、ぼーっとして、心地よい疲労感だ。
たまによろけながらも、一歩一歩、泥に滑らないよう気をつけて歩く。
この後は、さすがに今日1日は、寝て過ごしたいな。
それくらいは、許されるでしょ?
さすがに疲れすぎたよ。
もの凄く眠い。
......油断、していたよ。
この時、私は。
疲労感、倦怠感に包まれて、しょうがなかった。
それは、その通りかもしれないけど。
とにかく、対応できなかった。
突然起こった、想定外の事態に。
ピカァァッ!!
お屋敷に向かい歩いている、私の背中。
後ろのほうに。
突然、強烈な光が降り注いだ。
音はない。雷ではない。
言ってみれば、私が背中に感じたその光は、力そのもの。
とてつもなく凝縮された、魔力。
それが突然。
何の予兆もなく、降り注いだ。
......クイーンの、死骸に。
「!?」
思わず驚き、振り返る。
そしてその光景に、またしても驚愕する。
立ち上がっていたのだ。
死骸が。
私が倒したはずの、クイーンの死骸が。
トゲを突き立てられ、ボロボロになり、右腕から肩にかけては私が貪ったので、骨まで見えている。
そんな状態であるにも関わらず。
それは立ち上がった。
「ギ......ギ、ギ......」
さび付いた機械のようなうめき声を発しながら、それは二度、三度痙攣し。
両足に力を込め。そして。
全速力で走り始めた!
<な!?バカな!?まさか、これはッ!?>
何!?なになに!?何が起こっているのさ!?
咄嗟に身構える。
なけなしの魔力を体に漲らせ、【身体強化】!
しかし、クイーンは私のことなど目にもとめず。
そのまま、私の横を素通りしていく。
は?
唖然とし、思わず呆ける。
そして、冷や汗をかく。
クイーンが全速力で走り、目指しているその先にあるのは。
サラちゃんたちがいる、男爵様たちがいる、お屋敷だ。
まずい!
まずいまずいまずいッ!!
なんとかして、止めなくては!
そう思った時には、既に遅かった。
ズガァァァァァン!!
そんな、轟音をたてながら、クイーンはお屋敷に体当たりをかましていた。
その巨体故、クイーンの首から上は、ちょうど2階の窓を突き破り、部屋にめり込んでいる。
あの部屋は確か、男爵様たちが結界の修復作業を行っているはずの、執務室だ。
私はふらつきながら、お屋敷に向けて駆けだした。




