649 邪悪な精霊鼬
<<<ギ!?ギ!?ギーーーーーーッ!?痛い痛い痛いーーーーーーッ!?>>>
ルクトリアに殴り飛ばされた鼬の中精霊ファルウィーゼルは、じたばたと暴れながら無様に泣き叫んだ。
周囲には無茶苦茶に風が吹き荒れ、あまりの強風のため周囲の樹木の枝が数本折れ、地面へと落ちる。
「ちィ......」
追撃をしかけようにも、無秩序に吹き荒れる局所的な嵐をかいくぐる術がない!
ルクトリアは小さく舌打ちをした。
<<<おいニンゲンッ!!お前、オイラをッ!!お前ッ!!オイラをお前お前お前お前お前ーーーーーーッ!!>>>
そうこうしている内に強風は止んだが、ファルウィーゼルの激昂は治まっていない。
緑色の体毛は逆立ち、顔は真っ赤。
さらには、怒りのあまり言語能力が著しく低下している!
危険だ!
<<<ギーーーーーーッ!!!>>>
そして、次の瞬間!
ファルウィーゼルは、風の刃を......【風刃】を、放った!
「!!!」
その不可視の刃は、瞬きする間にルクトリアへと届いた。
【風弾】など、比べるまでもない速度。
避けようがない。
ルクトリアが身動きをとれないうちに、【風刃】は。
ルクトリアの、金色の前髪を一直線に斬り裂き。
彼女の額に、横一文字、傷をつけ。
......しかし彼女の頭を刎ね飛ばすことなく、そこで止まった。
「......ハッ、ハッ......ハッ」
ダラリと、額から流れ出た血がルクトリアの顔を染め。
全身から一斉に、冷や汗が流れ出る。
そうしてから、ようやく、ルクトリアは荒い息を吐いた。
彼女は死んでいたのだ。
ファルウィーゼルが......“手加減していなければ”。
<<<キキキキキキッ!キキキキキキッ!びびってやんの、びびってやんの!狂犬姫様が、びびってやんの!キキキーーーッ!!>>>
ルクトリアの真っ青な顔を見て、ファルウィーゼルは大喜びしながら笑った。
しかし、その表情は鬼の形相だ。
未だ、怒り狂っている。
<<<決まったぞ、お前の味付けが!それは......“恐怖”だ!>>>
そう叫びながら、ファルウィーゼルは何度も【風刃】を放つ。
首の薄皮一枚と、後ろ髪がばっさり斬られた。
まずは、右側。
そして、左側も。
<<<怯えろ!恐れおののけ!魂を、縮こませろ!コリコリになー!!>>>
次いで、ルクトリアの右頬目がけて飛び来る、二閃の【風刃】。
彼女の頬に、十字傷ができる。
<<<さあ、これで“調理”も、しあげといこうか!>>>
そしてファルウィーゼルは最後に、己の頭上に巨大な【風刃】を作り出した。
三日月めいた形状のそれには、これまでの【風刃】とは異なり、どうやってか......あえて緑色に、着色がなされている。
視認可能にすることで、恐怖を高めようとしている!
<<<魂震わせ、無様に死ねよニンゲンーーーーーーッ!!!>>>
ファルウィーゼルは喜色満面の笑みで、涎をたらしながら......巨大な【風刃】を撃ちだそうとした。
ルクトリアは思わず、本能に抗えず目をつぶる。
ああ、哀れ、ルクトリアは!
このまま首を刎ねられ、下劣な精霊に、その魂を貪り食われるのだ!
......ただし、それは。
本来の、運命。
神々の、筋書きを。
打ち壊す程の存在が、いなければの話である!!
<<<ヒュピピピピーーーーーーッ!!!>>>
ちょうど、その時だったのだ!
笛の中精霊の......【精霊大警笛】が、鳴り響いたのは!
<<<あーーー!?>>>
その大きな音に驚き、ファルウィーゼルは【風刃】を霧散させた。
<<<なんだ、あのクズ笛野郎!今、良い所だったのにー!>>>
そして笛の中精霊に対して、悪態をついた!
笛の中精霊は、嫌われていた......。
「すーーーっ、ふーーーっ......」
一方のルクトリアは、その隙に血と汗をぬぐい、深呼吸を繰り返した。
意識的に精神を安定させ、体内に魔力を巡らせ、事態を打開すべく頭脳を回転した。
<<<ギーーー......なんだ、ニンゲン。もう平常心に戻りやがった。これだから、英雄の器は嫌だ!扱いにくい!>>>
そんなルクトリアに対し、ファルウィーゼルは唸りながら無造作に【風弾】を放つ。
ドン!
ダン、ドン、ドン!
「あ、ぐゥッ......!?」
体のあちこちを不可視の砲弾で撃たれ、ルクトリアは立っていられない。
無様に、地面に転がった。
その様を見て多少は気持ちも落ち着いたのか、ファルウィーゼルは静かにつぶやいた。
<<<本当は、オイラも救援に向かうべきだが......それは無しだ。笛野郎なんぞ、どうなっても構わない>>>
笛の中精霊は、嫌われていた......。
<<<それよりも、お前だルクトリアだ!オイラはお前を、担当する!オイラたちは、森の精霊王様から侵入者の排除を命じられている!つまりはお前を相手取っていたから救援に向かえないのは、仕方がないことなんだ。キキキキキキッ!>>>
さて、そしてファルウィーゼルはそう言って厭らしく笑うと、ルクトリアの全身を“薄緑色の球体”で包みこみ......ふわりと宙に、持ちあげた!
その球体はしゃぼん玉のような儚げな薄さでありながら、ルクトリアが中でどれだけ暴れようと、決して破れることはなかった。
<<<驚きも恐怖も、“一度目”が最上だ!というわけでお前には、この【風膜】を味わってもらおうかな!キキキッ!>>>
ふわふわ浮かぶ“ルクトリア入りのしゃぼん玉”の周りを楽しそうに飛び回りながら、ファルウィーゼルは楽しそうに笑った。
<<<良いか!この膜は、外界との物の出入りの一切を遮断する!当然食べ物も水も、もはやお前には届かないが......それ以前に、もーーーっと大事な物を、お前は手に入れることはできない!それが何か......頭のよろしい狂犬姫様には、わかるでしょうかーーー?>>>
ニヤニヤ笑うファルウィーゼルとは対照的に、ルクトリアの顔は真っ青だ。
ルクトリアに届かない物。
それは、“空気”だ。
狭いしゃぼん玉の中に閉じ込められていれば......さほど時間が経たないうちに、ルクトリアは呼吸困難に陥り、死へと至るだろう!
その様を、この下種鼬は外から眺めながら、楽しむつもりなのだ!
なんという邪悪!
<<<暴れんなよーーー?暴れたら余計に、空気もなくなるからな!......それじゃ、せいぜいその素晴らしい頭脳を働かせて、この問題を解いてみると良い!もちろん答えなんて、用意してないけどな!キキキーーーッ!>>>




