647 お掃除精霊三兄弟
第643話序盤に、エミーが「らああ」と吠えるシーンを追加しています。
第641話でルクトリアが聞いた「らああ」の正体は、それです。
......精霊は、長く生きある程度の魔力を蓄えると、“光の球”であることをやめ、己の望む形へと姿を変える。
長い長い生涯で一度きりの、変身だ。
正確に言えば、変身後も衣装や模様に細かな変化をつけること等はできるし、いつでも光の球の姿に戻ることもできるが......とにかく変身後の大まかな容姿は、一度決めると変更は不可能だ。
この変身のことを精霊たちは『自己実現』と呼び、小精霊たちはいつか己が理想の自分になれる日のことを、楽しみに待っているのだ。
さて、その、“理想の自分”。
それは、雄々しい獣の姿であったり、麗しい女性の姿であったりと、様々だ。
本当に、様々。
何でもあり、と言っても良い。
そして何せ、精霊の感性は人間と異なるので。
人間からすれば、『どうしてわざわざ、その姿に?』と言いたくなるような精霊も、大勢いるわけだ。
◇ ◇ ◇
<<<はーーー......>>>
光り輝く精霊の森をふわふわと移動しながらため息をついたこの精霊も......そんな精霊たちの内の一柱だ。
何せ彼、木の棒の先に紐がたくさんついた......つまり、水拭き用のモップの姿をしている。
どうして彼は、どんな姿にでもなれるにも関わらず、わざわざモップになりたいと願ったのだろうか?
その理由は彼ら精霊が持つ独特の感性に由来するので、仮に説明されたとしても人間には理解できないだろう。
と、それはともかく。
<<<おいおい、モップの。ため息なんか、つくなって>>>
ため息をつくモップの中精霊の横に並んで浮かぶ精霊が、苦笑しながら彼のことをたしなめた。
その精霊は......雑巾の姿をしていた。
雑巾の中精霊だ。
<<<そーだよっ、元気にいこっ!あははっ!>>>
さらにそう言って笑ったのは、雑巾の横に浮かぶタワシ......タワシの中精霊。
モップ、雑巾、タワシ。
彼らは日頃より仲の良い中精霊の三柱組であり、森の精霊王から命じられた森の警戒任務を、一緒に行っている最中なのだ。
<<<でもさー、ため息だって、つきたくならないか?>>>
モップの中精霊は仲間たちにたしなめられ......しかしながら納得せず、不平に顔を歪め口をとがらせながら、そう訴えた。
ちなみに彼の顔は、持ち手の棒の上部が膨らんでおり、そこに浮かびあがっている。
<<<オレたち下っ端は、こうしてずっと森を見回りしてるっていうのに、力ある皆様は、“お花畑”で宴会しているんだからさー!オレだって、お酒飲みたい!>>>
......モップの中精霊が言った通り、現在大精霊や上位の中精霊は、この精霊の森の最深部にある花畑にて、祝宴を催している。
彼らの敬愛する森の精霊王が、ついに愛し子を手元に置いたことを、お祝いするための宴だ。
精霊は総じて酒好きであり、当然モップの中精霊も、祝宴に混じって酒を飲みたかったのだ。
<<<おいおい、それ以上言うなモップの。我らは森の精霊王様直々に、この森の警戒を頼まれたのだ......不平など言うな。不敬だぞ?>>>
雑巾の中精霊はそう言って、辺りをキョロキョロと見回し、今の言葉を聞いていた精霊がいないことを確認し、ほっと安堵の息を吐いた。
<<<もし笛の中精霊にでも聞かれたら、大変だよっ?あいつ、話を盛って盛って、騒ぎ立てるに違いないよっ!あははっ!>>>
タワシの中精霊も、そう言って笑った。
<<<そうだな。笛の中精霊は、性格が悪いし>>>
モップの中精霊はそう言って、仲間たちの忠告を素直に受け入れた。
<<<笛の、ニンゲンと契約でもして、森の中から消えてくんねぇかな......>>>
雑巾の中精霊は、割と露骨に嫌悪感を表した。
笛の中精霊は、嫌われていた......。
<<<それにしても、契約かーっ!ボクちょっと、興味あるんだよねーっ!>>>
と、ここで。
嫌いな同僚の話題のせいで重くなった空気を変えるためか、タワシの中精霊が“精霊契約”について触れた。
<<<えっ、タワシの、マジかお前>>>
<<<大変じゃね?ニンゲンごときにはりついて、ご機嫌取ってよ。ストレスたまりそー>>>
モップの中精霊と雑巾の中精霊は、そう言って驚いた。
精霊は基本的に、人間を見下している。
そんな人間に、契約に従ってのこととはいえ、疑似的に仕えるのが精霊契約だ。
森の精霊王が“古の盟約”に従い斡旋している事業なので、契約対象に選ばれてしまえば彼らは断れないが......正直言って、やりたくない。
そう思っている精霊が多いことも、事実だった。
<<<でもさっ、契約対象の魂をゆっくりゆっくり、自分好みに作り替えていってさっ......契約終了と共に、パクリといただくっ!その味は、格別だって聞いたよっ?>>>
......今のタワシの中精霊の発言には、ヒュプエト精霊国の人間たちには、知らされていない事実が含まれている。
即ち、魂の捕食についてである。
精霊たちが、見下している人間に力を貸す......そのメリットは、何か?
その一つが、契約者の魂である。
精霊は、魔力や魂を、食らう。
人間にとっては長く、精霊にとっては短い......精霊契約者の生涯をかけて、精霊たちはその魂を、自分好みに“味付け”する。
そして契約者が亡くなった、その時こそ!
......“食事”の時間なのだ。
<<<それに、あれは精霊王様の、斡旋じゃなかったけどさっ......60年......いや、70年?80年前だっけ?とにかく最近、勝手に外部のニンゲンと契約してさっ、森を出奔したの、いたじゃないっ?>>>
<<<ああ、闇の>>>
<<<あの方も、結構上位の方だったからなー。愛し子を、見つけたんだっけ?あの時は、驚いたなー>>>
<<<森から出る直前のあの方のことっ、ボク、たまたま見かけたんだけどさっ......すごーく、幸せそうだったよっ?良いなーって、思ったんだっ!>>>
<<<いや、でもさー、それは愛し子が相手であったからさー......>>>
そんなこんなと。
彼らはわいわいと雑談をしながら、精霊の森の中を巡回していた。
......警戒感は、ない。
そもそも精霊の森に、こんな夜中に侵入する人間など、ほぼいないし。
いたとしても、精霊である自分たちが、負けるはずがない。
そう、信じているからだ。
すると、その時だ!
<<<ヒュピピピピーーーーーーッ!!!>>>
甲高い音が、周囲に響きわたった!
<<<【精霊大警笛】!?>>>
<<<笛の、か!>>>
<<<結構近くで、鳴ったねっ?>>>
三柱にはそれが、笛の中精霊が危機を発見した際に鳴らす警笛であることを、良く知っていた。
そしてそれが鳴ったということは......少なくとも事実として、笛の中精霊は危機に陥っているのだということも、理解していた。
その上で!
<<<......どうする?>>>
<<<笛のを......助けに行かなきゃ......ならんか?>>>
<<<えーっ、やだーっ!>>>
そう言ってごにょごにょ相談して......すぐさま行動に移ることを、ためらった。
笛の中精霊は、嫌われていた......。
<<<いや、しかし、そうだな......オレたちは精霊王様から、この森の警戒任務を命じられている!正直笛の中精霊のことはどうでも良いが......ここであいつが認識した危機を放置し、万が一にもこの森が危険に晒されたら、ことだ!>>>
しかしモップの中精霊は咳払いし、そう言って気を取り直した。
その言葉に、雑巾とタワシの中精霊も真剣な顔で頷く。
彼らは他の精霊たちと同様に森の精霊王を敬愛しており、その命令に忠実なのだ。
<<<<<<<<<オレたち、『お掃除精霊三兄弟』!麗しの王がため......どんなヨゴレも、“お掃除”だ!!>>>>>>>>>
最後にそう、声を揃えて叫ぶと......彼らは魔力を嗅ぎ、それをたどりながら......【精霊大警笛】の発信源に向けて、移動を開始した。
その表情に、先ほどまでの油断は微塵も存在しない。
鋭く険しい、冷酷な“掃除人”の顔つきで......お掃除精霊三兄弟は、現場へと急行した!
【闇の】
冒険者ギルド副総帥ガイストフェナンジェシリアードの契約精霊である、闇精霊ヒメタルのこと。
第13章等に登場。




