646 精霊を食べよう
パキンッと軽い音を鳴らしながら、笛の中精霊の欠片は四方八方に飛び散った。
随分と偉そうな口をきいていたくせに、あっけない。
ただのザコだった。
「ふーーー......」
昂った殺意や破壊衝動を落ち着かせるため、深く息を吸って、吐く。
体内を暴れまわる魔力も、ちょっと放出する。
全身からにじみ出るように、どす黒い靄が現れ、美しい精霊の森を漂い、汚す。
私は、すっかりこの戦闘を、終わったものだと考えていた。
すっかり、油断していたんだ。
だから......。
<<<ピヒューーーーーーッ!>>>
「!?」
突然動き出し、かすれた音を鳴らしながら私の体にまとわりつきはじめた笛の中精霊の欠片に、対応することができなかった!
<<<ヒュオーーーーーーッ!油断したヒューーーーーーッ!中精霊は、バラバラになったくらいでは死なない!ヒュッヒュッヒュ!>>>
笛の中精霊のいくつもの欠片は、私の体にぴったりとくっつき、不気味に笑い......!
<<<とは言え、ダメージは甚大!ピーの体を癒すため......ゴミクズ!下等生物たるお前の魔力を役立ててやるピヒューーーーーーッ!さあ、魔力を寄こすヒュオーーーーーーッ!>>>
そう言って......勢いよく、私の魔力を吸い始め......!
<<<ウギョボーーーーーーッ!?>>>
小精霊と同じく、私から流れ込む魔力量の多さに耐えきれず、風船のように膨らみ、弾け飛んだ......!
もうね、精霊、どんだけアホなのよ。
<精霊は寿命が長く、魔力操作も巧み。それに胡坐をかいて他種族を見下し、増長した結果がこれですよ>
<<<ヒ、ヒヒュッ......ヒヒュッ......>>>
「!!」
しかし、笛の中精霊は、さすがに中精霊。
小精霊とは違った。
奴は、細切れに弾け飛んだ状態でも、まだ死んでいなかった!
<<<中精霊を、ヒヒュッ、なめるなよぉ、ヒヒュッ......!ピーたちは、馴染んだ魔力が一欠片でも残っていれば、復活が可能、ヒヒュッ......!>>>
そんな声を響かせながら、笛の中精霊の欠片が空中に集まり、融合していく。
そして数秒後、そこにはひとまわり小さくなり、どす黒く染まった......継ぎはぎだらけの笛の中精霊の姿があった!
しぶとい!
<<<ゴミクズニンゲンめぇ!ぜ、絶対にピーは、お前を許さない!覚悟しろ、ヒヒュッ!>>>
そしてこいつ、そのつぶらな瞳で私を睨みつけながら、そんなことを喚くわけだ。
私は思わず、鼻で笑ってしまったよ。
「は。許さない?その体で、何ができる」
......思えばそれは、反省すべき、私の慢心だった。
<<<......【精霊大警笛】ッ!!!ヒュピピピピーーーーーーッ!!!>>>
次の瞬間!
笛の中精霊は、これまでとは比べ物にならない程の大音量で、叫んだ!
「!」
<<<ピヒョーーーーーーッ!これで、この精霊の森に済む精霊たちが、必ず倒すべき敵性存在として、お前のことを認識したヒュオーーーーーーッ!しかもお前のことは、既にピーの魔力で【マーキング】済み......大精霊様を含む全ての精霊たちが、お前の命を、狙い続けるヒュッ!どこへ逃げても......精霊の森から逃げても!世界の果てまで追いかけて、殺すヒュッ!ざまあみろヒュオーーーーーーッ!>>>
狂乱しながら、早口でそうまくしたて......笛の中精霊は私に背を向けた。
......逃げようとしている!
「それは、煩わしい」
<<<ヒヒュッ!?>>>
私は【黒触手】を伸ばして笛の中精霊に巻きつけ、奴を近くに引き寄せた。
「訂正しろ。私は、敵ではないと」
<<<ヒヒュヒュッ!それはもう、無理ヒュッ!そんなことができるのは、もはや森の精霊王様だけ!そしてかのお方が住まうのは、大精霊様たちが守る、この森の最奥!そもそもゴミクズニンゲンでは、たどり着くことも不可能な深部ヒュッ!ヒュッヒュッヒュッ!>>>
笛の中精霊は、私の【黒触手】につかまっているというのに、私を煽るように笑った。
思わず触手に力が入り、笛の中精霊の体が軋み始める。
<<<あ、痛い、いたた......!でも、砕くなら砕けば良いヒュッ!そんなことで、ピーは死なないヒューーーーーーッ!>>>
それでも、笛の中精霊は笑い続けた。
<<<戦闘に負けても、これでピーの勝ちヒューーーーーーッ!ピーは逃げて生き残り、ピーよりも強い上位の精霊の皆様にお前は魔力を食らわれ尽くし、死ぬヒューーーーーーッ!良い気味ヒュオーーーーーーッ!>>>
「............」
私は、無言で【黒触手】による笛の中精霊の拘束を、解いた。
<<<ヒュヒュッ!ようやく、絶望したヒュッ?では、せいぜいあがけ。さよならヒュオーーーーーーッ!>>>
私の心が、折れた。
そう理解した笛の中精霊は、最後まで私を嘲りながら......よろよろと飛び、精霊の森の奥へと、逃げ帰ろうとした。
でも。
そんな訳、ないだろ。
「......食らうのは、私」
<<<ヒュッ!?>>>
私はもはや殺気を隠すこともせず、【威圧】を全開で解き放った!
ブシュウウウウッ!!
ミシミシミシビシィッ!!
全身から噴き出す魔力が光り輝く精霊の森をどす黒く染めあげ、空間が悲鳴をあげるかの如く、軋む!
仄かに光っていた下草は私を中心として次々に枯れたように萎び、宝石のような樹木はその輝きを失いハラハラと葉を落とし始めた!
「そして死ぬのは......お前だッ!!」
さらに私は、展開していた【黒触手】を......再度笛の中精霊に向け、伸ばした!
<<<さすがに下等なゴミクズニンゲンは、学習しないヒヒューーーーーーッ!ピーは砕けても、死なないヒュッ......!?>>>
その様を見て嘲笑っていた笛の中精霊は......しかし、途中でその笑みを凍りつかせた!
何故ならば......!
自らに伸びて来た【黒触手】が......途中でその形態を変え......!
まるで、獰猛な牙を持つ、肉食獣のように!
パカリと、その“口”を開いたからだ!!
<<<ヒュオーーーーーーッ!?>>>
慌てて逃げようとする笛の中精霊だが、もう遅い。
次の瞬間、奴は欠片一つ残すことなく、私の“口”にバクリと“捕食”され......。
グシャリと、潰れた。
そして、死んだ。
その証拠に触手を経由して、私の魂に、奴の魔力が吸収されていく......。
<新技ですね。【黒伸顎】と名づけましょう>
伸びる、顎?
牙とか、口じゃなくて?
<ある種のサメが、顎を伸ばして獲物を捕食すると配信で視ました。そこからの連想です。もちろん、サメの顎は、あなたの触手程伸びませんが>
ふーん。
そんな会話をしながら、私は笛の中精霊を捕食した【黒伸顎】を目の前に移動させて、その“口”を開いた。
“口”の外側は、ゴツゴツ、ギザギザとした痛そうな牙が並んでいて、その中身は真っ黒。
......既に、やかましかった笛の中精霊は影も形もなく消滅している。
私が、食らい尽くしたんだ。
<......えっと、ここからどうしましょう、エミー>
さてここで、【黒伸顎】を体の中に引っこめた私に、オマケ様が今度は心配そうに声をかけた。
どうするって?
精霊が襲いかかってくるって話について?
<そうです。精霊は、彼ら独自の方法で、容易く転移を行います。彼らに狙われれば、文字通り逃げ場がありません。本当に、世界の果てであっても、追いかけてくるでしょう>
それは、鬱陶しいよね。
困る。
だから。
......やめてくれって、言いに行くしか、ないよね。
奴らのボス......森の精霊王を、探し出して。
<しかし森の精霊王は、人間蔑視の強いこの森の精霊たちの、親玉ですよ?エミーの話を、聞くでしょうか?>
......聞かないならば、仕方ない。
怒りが。
戦闘が終わり、一旦収まっていた怒りが、再度沸き立つ。
私が、何をした?
散歩をしていただけだ。
それなのに、死ね?
全ての精霊が、襲いかかってくる?
なんでだよ!!
「あああッ!!!」
私は苛立ちに任せて、無造作かつ乱暴に右腕を振るった。
ゴオッ!!
するとその腕に雑にまとった、しかし確かに破壊の意志が込められた魔力は、腕の動きに合わせて暴風のように放出され、辺り一面の樹木をなぎ倒していく。
木々は折れ、枯れ果て、小川や泉の水は泥で濁った。
もはや私の周囲は、すっかり荒れ地だ。
そこには光り輝く幻想的な森はなく、頭上で輝く星々だけが、ただ冷たく美しい。
「ふーーーッ......」
<落ち着きましたか?>
少しね。
とにかく。
私は、森の精霊王に、話をつけに行く。
その過程で、精霊が襲ってくるのなら。
それは、私の敵。
「......皆殺しだッ!!!」
私は、大声でそう宣言し、荒れ果てた地面を踏みしめ、森の奥......笛の中精霊が飛んできた方向へと進み始めた。
目指すは、精霊の森の最奥。
......森の精霊王の、巣!




