643 精霊の森ナイトツアー
サクッ、サクッ、サクッ......。
森の地面で光る草を踏みしめると、そんな軽快な音が鳴る。
そして踏みつけられた草は折れ、光るのをやめる。
少し歩いてから振り返ると、私が歩いたあとだけが暗くなり、わかりやすく道となっている。
おもしろい!
<これなら、道に迷う心配もありませんね!>
私とオマケ様はなんだか楽しい気分になりながら、草を踏みしめ小川を跳び越え......精霊の森を奥に向かって、進んでいた。
すると突然眼前が開け、現れたのは大きな泉だ。
満点の星空を映しながら、静かな水面がきらきら輝いている。
<迂回しますか>
いや......ちょっとまって。
「うー......らああッ!!」
私は少しだけ助走をつけてから一声吠えて、泉に向かって跳躍した!
これぞ、私が小さい頃、師匠から教わった技術......【飛蝗】だ!
ぐんぐんと、私の体が高く高く、舞い上がる。
眼窩に広がる、美しく光り輝く精霊の森は、見事の一言。
<キレイですねー......>
オマケ様とその光景をうっとりと眺めながら、重力に従って地面へと落ちる。
「らっ......」
危なげなく着地したその場所は、ちょうど泉の反対側。
わざわざ迂回しなくても、跳び越えた方が早い。
なら、誰だってそうするよね。
<あなた以外、できる人は少ないですけどね。一跳びで、50メートルは移動しましたけど>
師匠の教育の賜物だね。
ありがたいことだね。
◇ ◇ ◇
<見てください、エミー!あれは、コハクカエデです!>
さて、泉を跳び越えてからしばらく歩いた後、オマケ様がそう言って私に注意を向けさせたのは、樹皮が黄色い宝石のように輝いている樹木だ。
コハクカエデというからには、楓の仲間なんだろう。
ギザギザしたあの葉っぱの形状には、なんだか見覚えがあるぞ!
<コハクカエデの樹液は非常に糖度が高く、その味はまるで極上のジュースである......と、言われています>
ヘー、そう言われると試さずにはいられない!
大きなコハクカエデの幹に手刀を振るい、小さな切りこみを入れると......おっと、凄い勢いで、樹液が飛び出して来た!
慌ててその傷口に口を当てる。
......甘い!
だけど、サラリとしていて飲みやすく......おいしい!
しかも......炭酸入りだと!?
ゴクゴク飲める!
ゴクゴク、ゴクゴク、ゴクゴク、ゴクゴク!
私は夢中になって、コハクカエデの樹液を飲み続けた!
時間にして、1分程!
気づけばいつの間にかコハクカエデの樹皮の黄色い輝きは黒ずみ、葉っぱは全て落ちて丸裸になっていた。
え......枯れた......?
<ちなみに樹液の魔力濃度が高すぎるため、そのまま飲むと常人はしばらく後に酩酊状態になってから、死にます>
「ゲホッ!?」
思わずむせた。
飲み始める前に言ってよ!?
<エミーなら大丈夫です!>
いや、そうかもしれないけどさぁ......。
<なおコハクカエデに限らず、精霊の森の樹木はどれも魔力を多量に含んでいます。夜に光るのは、その魔力の効果という訳ですね。天然の、魔灯なのです!>
はー、なるほど。
私はおもむろに【黒触手】を数本肩から伸ばすと、それらを周囲の木々の幹に突き刺した。
そしてチューチュー、魔力を吸い取る。
大監獄で先生に教えてもらった、魔力吸収だ。
<大量の魔力を保有する土地、そしてそれを吸収する植物、さらにはその植物から魔力を摂取する精霊......それがこの森で形成されてきた、特異な生態系、というわけですね>
オマケ様が森についての解説を続けてくれているけど、私はそれを話半分で聞いていた。
魔力吸収は、難しいんだ。
勢いよく吸ってしまうと、文字通り血反吐を吐くことになる。
だんだん上手になってきているし、吸収スピードも上がりつつあるけど......まだまだ魔力吸収をするには、集中が必要だ。
片手間にできることでは、ない。
宝石のように輝いていた木々が見る見るうちに干からびねじくれ、黒ずんでいく......。
私に魔力を、吸われているからだ。
だけどその代わり、私の魂は少し、満たされる。
<おいしいですか?エミー>
オマケ様は、なんだか嬉しそう。
おいしいかと言われると、食べているわけではないから、おいしくはない。
味がしないのは、善し悪しだよね。
この方法だと、まずいもの食べなくても、魔力は吸収できる。
だけどおいしいものを相手にしても、味がしない......。
<いえ、この場合の『おいしい』は、比喩的な表現と言いますか>
うん、言いたいことはわかる。
味はしなくても、魔力吸収には快楽が伴うからね。
つまり、『満足しましたか』とか、『気持ち良いですか』とか、そういう意味だよね。
でもその快楽に、溺れてしまえば......その後に肉体的な苦痛やら、暴走状態が待っている。
自制の心が、大事なんだ。
魔力吸収って、難しいよね。
そんなことをつらつら考えながら、私は無意識の内に、次々精霊の森の木々や草花から魔力を吸っていた。
気づけば私の周囲の木々は枯れ果て、真っ暗闇だ。
「ふーーー......」
私は大きく、息を吐いた。
そしてお腹をなでる。
......まだまだ、満たされはしない。
<もっと吸いますか?>
いや、やめとく。
だって、この森の木々は、精霊たちのご飯なんでしょ?
<あ、聞いてましたか>
積極的に、現地の住民と揉め事を起こしたいわけではないからね。
このくらいで、我慢しておこうかと。
<精霊の森は、広大です。もっともっと木々が枯れても、精霊には影響ありませんよ>
だとしてもさ。
わたしはここでオマケ様との会話を打ち切って、改めて周囲を見回した。
この世の物とは思えない程美しく、宝石のようにきらめいていた精霊の森の一角が。
今ではすっかり枯れ果てて、真っ暗闇の死の世界だ。
私が、ここに来たせいで。
「はーーー......」
なんかもう、悲しくなってくるよね。
<生きることは、奪うことです。誰しもが>
「............戻るかな」
さっきまで感じていた探検気分は、すっかり萎えてしまっていた。
やる気のなくなった私は踵を返し、元来た道を戻り始めた。
焚火したあの崖際で、今晩はもう寝てしまおう。
そんなことを考えながら。
だけど、その時だ。
<<<キャハハッ!>>>
<<<ビューン!ビューン!>>>
<<<待て待てーーーッ!>>>
そんな。
無邪気に遊ぶ子どもの声のような音が、私の背中の方から聞こえて来たんだ。
何かと思って、森の奥を振り向いた私が見たもの。
それは。
光る木々の間をすり抜けてこちらへ向かって飛んでくる、色とりどりの光の球だった。
<......小精霊ですね>
それを見たオマケ様が、ポツリとそう、つぶやいた。
(令和6年9月27日追記)
序盤にエミーが「らああ」と吠える描写を追加しました。




