642 神々のパッチワーク
パチリと目を覚ますと、目の前の焚火はすっかり消えかかり、白い灰と黒焦げの枝、いくつか残る赤い光点だけが残っていた。
焚火の前で、座ったまま寝ていたみたい。
ちょっと、失態。
油断しすぎた。
素早く【魔力察糸】を周囲に展開......するも、動く生き物の気配なし。
ほっと、息を吐く。
<ふわあ、あ、あ......あれ、もう夜ですか>
私の中で、オマケ様も目を覚ます。
その声に釣られて、頭上を見あげる。
夕日で真っ赤だったはずのそこは、今や満点の星空。
ドサリと仰向けに倒れ、しばらく星の瞬きを眺める。
そよそよと風が吹いて、私の頬をくすぐる。
気持ち良い......。
<暑すぎず寒すぎないっていうのは、良いことですねぇ......>
オマケ様が、しみじみとそんなことを言った。
私も同感。
なんてったって、今までいた場所が、酷すぎた。
ゴロリと転がりうつ伏せになってから立ちあがると、崖の上からどこまでも広がるラサナスキロス大砂漠を眺める。
崖の上......つまり私は今、ラサナスキロス大砂漠の西端、隣のエリアとの境目にある大岩壁の上にいる。
眼下には、星々の光を受けて、仄かに輝く白い砂。
強制的に大監獄に転移させられて、災厄に襲われて......倒したは良いけど、魔力不足で暴走して。
思えばよくもまあ長いこと、あんな過酷な場所にいたもんだ。
そこに住んでる人たちには、ちょっと失礼な言い方になるけど。
<自由に動けるようになってからも、しばらく大型魔物狙いで大砂漠をうろちょろしてましたからねぇ>
まあね。
自分のお腹を眺めながら、撫でる。
あれだけ食い散らかしても余分なお肉が少しもつかない、美少女のお腹だ。
そのお腹が大きく、ぐううと鳴った。
<......まだ、お腹空いてます?>
オマケ様が心配そうに、問いかける。
うん、まあ、空いてる。
まだまだお腹空いてる。
でも大丈夫。
昼間、私、崖の下であの少年に、理性的な対応できていたでしょ?
もう、暴走することはないと思う。
<本当に、気をつけましょうねエミー。暴走の果てに神に目をつけられ討伐対象にでもされたら、たまりませんからね>
そうだねぇ......。
しばらく大砂漠の風景を眺めていると、再び風が吹いた。
砂漠は昼は暑く夜は寒い。
だから大砂漠では、この時間に吹く風は大分寒かったけど......ここではそうではない。
<一般的には、この風も結構冷たいはずです。季節的には、今は真冬ですから。あなたが丈夫なだけですよ、エミー>
それでも大砂漠に比べたらマシだ。
なんで崖を登っただけで、こんな風に気候が一変するの?
年中暑い砂漠の真横の崖の上なのに、ここには季節があるの?
<よく、幻想大陸ニージアルは、“神々のパッチワーク”であると言われます。様々な気候、地形、政治形態が、時に脈略なく隣り合わせに配置されています。なんでとか、考えない方が良いです>
適当な大陸だなぁ......。
<幻想的な大陸なんですよ>
そんなことを言いながら、私は大砂漠とは反対側に振り向く。
そこにあるのは美しい......それこそ幻想的な森だ。
その森に生える木々はどれも宝石のような樹皮と葉を持っていて、夜でも光り輝いている。
地面に生える草や苔も明るく発光していて......その中を、草木に照らされながら、いくつも小川が流れているわけだ。
うん。
前世では絶対に見ることができなかったであろう、実にファンタジーな森だ。
美しい。
<さすがは、精霊の森。観光神が『一度は訪れたいアーディストの名所百選』に選んだだけは、ありますね>
......それも、映像が配信されていたりするの?
<はい。異世界転生配信ではなく、アーディストの美しさをピーアールする公的な配信に近い物ですが>
ふーん。
......そんなに有名な場所なんだ。
<はい>
だから、オマケ様は。
<なんでしょう>
探検したくて......ウズウズしてるんだ?
<ば、ばれてましたか?>
ははは、何年一緒にいると思ってるの。
オマケ様、配信で視た有名な場所に、行きたがるじゃない。
ここもそうなのかなって、思ったんだ!
どうせ変な時間に寝ちゃったせいで、目がさえているんだ。
夜のお散歩に行こうじゃない。
<でも、夜の森歩きは危険ですよ>
私に向かって、それは今さらじゃない?
それに見てよ、オマケ様、この森を。
木々や草が光っているから明かりには困らないし......下草も、草刈りしているかのように全然伸びてない。
<そういう種類らしいですね>
つまりは、滅茶苦茶歩きやすいよ。
獣の声もしないし。
実のところ、かなり安全な森なのでは?
<........................うーん>
と、ここで。
オマケ様は何か考えているのか、しばらく沈黙していたけど。
<......うん、大丈夫!多分、大丈夫です!行きましょう!行ってみましょう!>
そう言って、精霊の森ナイトツアーにゴーサインを出した!
よっしゃ、そうこなくっちゃ!
だから私は、焚火痕をぐりぐり踏みつけて完全に火を消すと、元気よく森に向かって歩き出したんだ!




