64 倒せクイーン!
とにかく、魔力を回復しなくてはいけない。
息切れし始めている私とは違い、対するクイーンはスタミナお化け。
まだまだ余裕が見られる。
その辺に転がっている泥まみれになったトポポロックの死骸を拾い、口に運ぶも......。
「ミギャーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
クイーンはすぐさまツメで私を攻撃してくる。
食べている暇がない!
ズドン、ズドンと轟音を立てながら地面を抉る鋭いツメ。
私は回避し続けるほかなく、徐々に疲労が積み重なっていく。
<一旦、クイーンから逃げましょう!>
それはダメ、オマケ様。
あのクイーンがまだお屋敷に向かっていないのは、注意が私に向いているから。
私が逃げたらあいつ、お屋敷に攻撃を始めるかもしれない。
そしたら、サラちゃんが危ない。
<......ですが、このままでは、エミーが危険です。気づいていますか?あなたの【身体強化】、魔力の減少に伴って、精度が落ちています。動きが精彩を欠いています>
疲れもたまっているしね。
少しでも気を抜いたら、目をまわして倒れちゃいそうだよ。
......おっと、今度はかみつき攻撃か。
避けて、ついでに顔を一発殴って、距離をとる。
やっぱりこの程度では、あまり効いていないなぁ。
<エミー、もうダメです。もう無理です。このままでは......先にばてて、倒れるのはあなたです。あなたが、殺されて、しまいます。......これ以上、戦わないでください>
......オマケ様が、弱音を吐き始めた。
<逃げることは恥ではありません。もちろん、お友達になったあの男爵令嬢が大切な気持ちも、私にだってわかります。ですが......>
嫌だ。
<決定打がないのです!あのクイーンを倒しうる、決定打が!このまま今までのようにクイーンを殴り続けたとしても、あれは倒せません!>
嫌だ。嫌だ!私は絶対に逃げない!!
<あなたはこれまで、あれに大きな傷を負わせることができましたか!?できていないでしょう!?>
黙って!!黙れよッ!!!
<いいえ、黙りませんッ!!あなたにはもう打つ手がない!!武器もない!!あなたでは、あれには、勝てないッ!!!>
........................。
<あっ......その、エミー、ごめんなさい。傷つけちゃったかも、しれないですけど、でも、私は......>
......武器、か。
<?......?......エミー?>
私は再び、クイーンに向けて駆けだしていた。
◇ ◇ ◇
クイーンは、怒っていた。怒り狂っていた。
人間の世界への侵攻。
住みよい新しい里の構築。
一族の繁栄。
思い描いていた輝かしい未来を、目の前をうろちょろする黒くて小さい人間が、すべてぶち壊したのだ。
怒りに任せてツメをふるうも、あたらない。
【ポイズンブレス】も、避けられた。
一撃でも当たれば、おそらくこの黒いのは即死する。
クイーンにとっては、その程度の弱敵。
で、あるはずなのに、倒れない。殺せない。
そして、逃げ出さない。
小賢しくちょこまかと動き回り、クイーンにまとわりついて離れない。
これほどまでに自分をいらいらさせる生物に、彼女は出会ったことがなかった。
ギュンッ!
黒いのがまた突然急加速し、クイーンとの間合いをつめた。
そしてそのまま素早く背中によじ登る。
「ミギャーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
自分の体を這いまわられる感覚が、酷く不快である。
そしてこれを放っておくと、この黒いのは自分の背中を殴り始める。
さっきやられたことだ。
それなりに痛いので、阻止しなくてはならない。
「カカカッ!」
すぐさま【ポイズンブレス】を生成する。
首を動かし、背中にとりつく黒いのを睨む。
「!?」
そして、クイーンは驚き三つの目を全て見開いた。
自分の背中に何本も生える太く剣のようなトゲが、自慢のトゲが、いくつも折られている!
折ったのは、当然、黒いのだ。
今も高速でトゲの根本を何度も殴りつけている。
あっという間にトゲの根元にはひびが入り、そして。
キィィン!
硬質な音を響かせながら、折れた。
「ブシュアァァッ!!」
クイーンは【ポイズンブレス】を放ち、黒いのを背中から引きはがす。
そして呆然と、トゲがなくなってしまった背中を眺める。
トポポロックたちのトゲは、生え変わることはない。
折れたら、折れっぱなしである。
トゲは幼少期において大きな獣から身を守るための武装であり、クイーンほど成長してしまうと、もはやあまり役には立たない。
しかし、かといって無用の長物というわけはない。
再度言うが、トポポロックたちのトゲは、生え変わることはないのだ。
それゆえに、彼らはトゲを大事にする。
トゲは彼らの宝物であり、誇りであり、性的魅力の象徴でもある。
美しく立派なトゲを持つトポポロックは、異性にもてるのだ。
剣のように鋭く太いトゲを持つクイーンは当然群れで一番の雌であった。
他の雌の追随を許さないほどモテモテだった。
逆ハーレムだって、形成していた。
強くて、群れのボスで、しかもモテモテ。
まさしく人生(トポポロック生)の勝者といっても過言ではなかった。
しかし、その自慢のトゲが、へし折られた。
もはや彼女の背中にかつての面影を見ることはできない。
数本のトゲが、まるではげ山にたたずむ枯れ木のように、寂しく立っているだけ。
「ミッ、ミッ、ミギャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
クイーンは怒りのあまり、絶叫した!
あの黒いのは!
ついに己の誇りまでへし折った!
己の尊厳すらも、踏みにじったのだ!
どこまでも、どこまでも、どこまでも私をコケにするッ!!
許さない!許さない!絶対に、許さないッ!!!
叫びながら地団駄を踏み、怒りに任せて滅茶苦茶にツメを振り回す。
......これこそが、長く続いたエミーとクイーンの戦いにおける、最大の悪手。
黒いのは、エミーは。
その隙を決して見逃さなかった。
エミーは両足を重点的に【身体強化】。
同時にぬかるむ足場を【凝固】で無理やりに固め、魔力により発生させた斥力の力も借り、高く高く飛び跳ねた。【飛蝗】本来の使い方である。
その手には、雨に濡れ鈍く光る剣、否、折れたクイーンのトゲ。
クイーンの巨体が彼女の小さな握りこぶしと同じくらいの大きさになったころ、エミーは落下を始める。
手に持つ剣のようなトゲに【凝固】をかけ。
【蟷螂】の応用で、トゲに“斬るための”魔力をまとわせ。
その切っ先を真下に向けながら、まっすぐまっすぐ落ちていく。
クイーンの、背中をめがけて。
マグマのように煮えたぎる怒りをなんとか制御し、一旦見失った黒いのを探し、クイーンが首を左右に振った、その時。
「ミッギャァァァーーーーーーッ!!?」
ぐさり、という音と共に凄まじい痛みがクイーンの全身を駆け巡る。
慌てて痛みのもと、背中を覗き見ると、そこには新たなトゲが生えていた。
ただし、上下逆さまに。
トポポロックのトゲは、硬く鋭い。
外敵に刺さった後、トゲを残して自分は逃げられるよう、根元だけは脆くなっているが、先端部分はとてつもなく硬い。
それこそ、頑丈なクイーンの皮膚を破り、肉を貫き、血を流させるほどに!
クイーンはあまりの痛みに、のたうち回る。
なんで!?どうして!?
怒りに我を忘れていたせいで、完全に意識の外から攻撃を受ける形になったクイーンは、混乱しつつもあたりを見回す。
そして、見つける。
この攻撃を行った人物。
当然、それは黒いのだ。
エミーは落下の勢いそのままにトゲをクイーンに突き刺し、己は魔力を使った受け身をとり、無事に地面に着地していた。
そして、その手には。
新たなトゲをもう一本、握っていた。
クイーンが見たのは、そんな黒いのが。
そのトゲを、今度は己の横腹に突き刺す瞬間だった。
「ミッギャギャッギャァァァーーーーーーッ!!!」
痛い!痛い!やめて、もうやめて!!
クイーンは、頑丈な生物だった。
その皮膚は、これまでどんな攻撃も跳ね返してきた。
それ故に、痛みには慣れていなかった。
必死で。
必死で命乞いをする。
先程までの怒りなど、すぐに忘れて。
ぐさり。
「ミギャギャッギャギャーーーーーーーーッ!!!!!」
しかしながら、黒いのは攻撃の手を緩めない!
次々に、次々に落ちている太いトゲを拾っては、痛みにのたうち回るクイーンの体に突き刺していく!
残念ながら黒いのには、トポポロックの鳴き声の意味はわからないのだ!!命乞いの言葉は届かないのだ!!
全てのトゲを突き刺し終えた黒いのは、今度は横たわるクイーンの背中に飛び乗り、だめ押しとばかりに殴り始めた。
「ミ、ミギャ、ミギャァ......」
一撃、一撃が、本来は岩をも砕く威力の【魔撃】である。
殴られるたび、トゲが刺さった傷跡から血が噴き出す。
徐々に、徐々にクイーンの意識が朦朧としていく。
最後に彼女が見た光景、それは。
黒い小さな人間が、もはや動けない己の体にしがみつき、そして【身体強化】の切れた己の体にかぶりつき。
己の血肉を啜る、悍ましい姿であった。
......勝った!
そして勝ったら、食います。
自然の摂理です。




