635 木の実拾いの村の少年の分岐点
「......はーーー」
混乱し、ガタガタと震えるばかりのピクルーツに対し、美少女魔物は再度呆れるようにため息をついて頬をかいた。
「ちょっと、ややこしいこと、言ったけど」
そして腕を組んで何やら考えながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「つまり、お前は、何を差し出すの?相手の人生を縛りつける、その対価として」
「対価......」
ピクルーツは少しだけ冷静になってきた頭を、必死になって働かせた。
そして彼のバイブルの入った肩掛けカバンを、ギュッと抱きしめた。
『“全ての従魔師の祖”サクラ』においては、どうであったろうか。
主人公サクラは......餌付けしたり、友情を育んだり、命を助けたり、戦って力を示したりして、従魔を増やしていた。
少なくとも、従魔と労使交渉などを行っている場面の描写は、なかった。
しかし......ピクルーツは、思った。
きっとそれは、冒険譚には必要がないから、物語上の都合で描写を省かれただけなのだろうと。
きっとサクラも、華々しい冒険譚の裏側で、地道な労使交渉を行っていたのだろうと。
そう考えると......ピクルーツには圧倒的に、経営者としての視点が足りていなかった。
物語で従魔師という職業の表層だけを見て全てを知った気になって、その本質を知ろうとはしていなかった。
ピクルーツは己の不明を恥じ、頭を抱えた。
いや、その反省は多分、結構見当違いのような気も、するんですけど。
「で、ほら。例えばお前、今、木の実以外に、何差し出せる?」
「んえッ!?そ、それは、えっと......」
さて、ここで美少女魔物は、そんなことを言った。
これは......なんやかんや言って、まだ脈があるのか......?
しかしそうは言っても、今のピクルーツが持っている物と言えば......。
「............」
ピクルーツは恐る恐る、肩掛けカバンから彼のバイブルである『“全ての従魔師の祖”サクラ』を取り出して......そっとそれを、美少女魔物に手渡した。
震えながら。
だって『“全ての従魔師の祖”サクラ』は、ピクルーツの宝物。
ままならない現実からの、逃避先。
失いたくない物。
それを差し出そうと言うのだから、手が震えもするだろう。
「......これ、くれるの?」
何度も読みこんだため、既に表紙が擦り切れてボロボロになってしまっているその本を、美少女魔物は触手から受け取ってじっと眺めた。
さらに彼女はそれを裏返したり、中身をパラパラと無造作にめくったりしてから。
ピクルーツが止める間もなく。
......バリバリと食べてしまった!
「んあーーーッ!?何すんだよッ!?」
「まずい」
「『まずい』じゃないよッ!?当たり前だよ食べ物じゃないんだよッ!?」
「お腹も満たされない」
「心が満たされるんだよッ!!あああ......」
せっかく宝物を差し出したと言うのに、交渉は失敗!
ただただバイブルを失うだけという最悪の結果に、ピクルーツは気力を失ってその場に膝をつき、うなだれた......!
と、その時だ。
「ん?」
美少女魔物の視線が、ピクルーツの腰で輝く瓶を捉えた。
その瓶の中で揺れる、昇りつつある太陽の光を浴びて赤紫色に輝くその液体は、ピクルーツの家が製薬している魔力回復ポーションである。
「それ、何?」
「んえ?」
ピクルーツは突然腰元を指さされたことで、自分がベルトに魔力回復ポーションを挟んでいたことを思い出した。
何しろ、実はそれなりに高価なものである魔力回復ポーションだが、ピクルーツにとっては幼少期から見慣れた身近な薬だ。
故にその存在を、すっかり忘れていたのである。
「......うちで作ってる、魔力回復ポーションだよ。いくらでもあるから、欲しいなら、はい」
「............」
無言のまま魔力回復ポーションを受け取った美少女魔物は、それを光に透かして美しい色を確かめた。
そしてキュポンと蓋を外し、匂いを確かめ......一拍おいて、それを一気にあおった。
「!!」
そして、一瞬ピクリと震え!
「おいしい......!!」
小声では、あったけど!
確かに、嬉しそうに!
そう、一言つぶやいたのだ!
「え?え?」
「これは、とても良いもの」
予期せぬ好感触にピクルーツは目をパチパチとしたが、すぐに慌てて立ちあがって。
「それじゃあ、従魔になってくれるのかッ!?」
喜び勇んで、そう叫んだ!
「ダメ」
「そんなッ!?」
しかし美少女魔物の拒絶は早く。
「お前のうちにいくらでもあるポーション一瓶で、お前に人生預けるわけないでしょ」
「んまあ、そりゃあ、そうですかね......」
ピクルーツはがっくりとうなだれた。
「それにこれ、味は良いけど、魔力も薄いし......」
「んえッ!?」
しかしピクルーツは次に続く美少女魔物の言葉に驚き、顔をあげて反論した!
「馬鹿言うなよ、『魔力が薄い』って......そんな訳ないだろ?うちのポーションの魔力含有量は、一般的な人間の許容量ギリギリで作ってるはずだぞ!これ以上魔力濃度を高めたら、魔力中りを起こしちまう!」
「細かいことは知らない。私にとっては、薄い」
「『私にとっては、薄い』......」
その言葉は、ピクルーツに大きな衝撃を与えた。
何しろピクルーツにとって魔力回復ポーションとは、必ず決められた手順で決められた規格に仕上げなくてはならない、工業製品だ。
安全性や生産効率が故にがんじがらめな製造工程が定められており、彼の父や弟はそのルールにぴったりと従って製薬することができる。
非常に精密な作業をすることができる、極まった職人たちなのだ。
ピクルーツの認識では、彼らこそが正しいポーションの作り手であり、彼らが作るポーションこそが『完璧な』ポーションであった。
......そのポーションが、『薄い』、とは。
「............」
「......それじゃ、もう、行くからね」
いきなり黙り込んでしまったピクルーツに首を傾げる美少女魔物であったが、彼が絡んでこないのであれば、もうここに留まる理由はない。
ポーションの入っていたガラス瓶をまるで飴細工のように噛み砕き飲みこんでから、いよいよ踵を返した彼女は、大岩壁に向かって歩き始めた。
「色々、食べさせてくれて、ありがとう。埋め合わせ、するから、ちょっと待っててね」
そしてそんなことを言いながら、美少女魔物は大岩壁に足をかけた。
すると、どうしたことか!
美少女魔物の足はぴったりと大岩壁の岩肌にはりつき......ほぼ垂直に屹立する大岩壁を、重力などまるで無視して、歩き始めたではないか!
みるみるうちに、美少女魔物は大岩壁を登っていく。
ピクルーツが絶対に登ることなどできないと諦めていた大岩壁を......彼にとっての“人生の壁”の象徴を、あまりにも容易く。
だけど。
だけど今のピクルーツにとって、そんなことはどうでも良いことだった。
「なぁッ!!」
ピクルーツは、大声で叫んだ。
「もし......もしもッ!!オレが、君にとって十分な『濃さ』の、魔力回復ポーションをッ!!作ることが、できたらさぁッ!!」
必死になって、叫んだ。
「その時はッ!!......従魔になって、くれたりするかッ!?」
「......無理ッ!!」
壁を登っていた美少女魔物は、ピクルーツの絶叫を聞いて振り返り、そんな拒絶の言葉を発した。
しかし、ピクルーツは、もはやうずくまらなかった。
大岩壁にはりつく美少女魔物を見あげながら、口を動かした。
「それでも......それでも、だッ!!なぁッ、覚えといて、くれないかッ!?オレは......木の実拾いの村のピクルーツは、いつか必ず、君が満足できる魔力回復ポーションを作るッ!!絶対にだッ!!だから、だからッ......!!」
これまで諦め蓋をして抑えこんでいた......自分でも秘めたることに気づいてすらいなかった熱情に急き立てられるまま......口を動かした!
「いつかッ、オレの作った、それをッ!!飲んでくれないかッ!?」
「............」
大岩壁にはりついていた美少女魔物は、砂漠に突っ立ち絶叫するピクルーツを見下ろしながら、首を傾げた。
少年はもはや、あれ程こだわっていたのに、『従魔になれ』と言わなかった。
『自分の作ったポーションを飲め』と言ったのだ。
その突然の変化の理由に思い至れる程、彼女はピクルーツのことを知らなかった。
しかし。
彼女の優秀なファンタジー視力は、眼下の少年の様子が、先ほどまでと比べれば大分良いものになっていることを捉えていた。
何となく卑屈で猫背気味であったピクルーツは今や、背筋をピンと伸ばし、彼女のことをまっすぐに見つめていた。
で、あるならば、その変化は。
彼にとって、決して悪いものではないのだろうと、思った。
「......わかったッ!!私、エミー・ルーンはッ!!木の実拾いの村のピクルーツの魔力回復ポーションをッ!!」
だから、美少女魔物は。
エミー・ルーンは。
「楽しみに待つッ!!」
そう、約束した!
......そこから先の展開は、あっという間だった。
エミーはもはや振り返らず、猛烈な勢いで大岩壁を駆けあがり......すぐにその姿は見えなくなった。
そしてそれから数秒後、ピクルーツの立っている近くに、大量の精霊の木の実が降ってきた。
中には滅多に採取することのできないとされる、高価な黄金色の木の実も混じっている。
これがエミーの言う、『埋め合わせ』なのだろう。
金銭的な収支だけ見れば、大幅なプラスである。
しかしピクルーツは未だ熱情冷めやらず、そんなことは気にも留めていなかった。
ピクルーツはじっとじっと、エミーの姿が見えなくなった大岩壁の上を、眺め続けていた。
「......んはは」
そして、小さく笑った。
ピクルーツは、考え違いをしていたのだ。
ピクルーツでは、父や弟に勝る『完璧な』ポーションを作ることは、できない。
だから、自分には薬師としての価値などない、と。
だから、自分は薬師になどなりたくもないし、ポーションなど作りたくない、と。
しかし、蓋を開けてみれば。
どうやら自分にも、しっかりと熱情は備わっていたのだ。
どうせ勝てないからと悔しくて、抑えこんでいただけだったのだ。
しかし今のピクルーツには、その熱情に気づかないふりをする必要は、どこにもない。
何故ならピクルーツの目指す先は、父や弟の目指す先とは、明確に異なっているからだ。
「従魔用の、魔力回復ポーション......!」
今、この時こそが。
“薬師”ピクルーツの出発点であり。
彼の人生の、分岐点であった。
◇ ◇ ◇
「......それにしても」
さて、それから数分後。
少しだけ冷静さを取り戻しあたりに散らばる精霊の木の実を拾い終えたピクルーツは、改めて大岩壁を見あげた。
「エミー・ルーン、か......」
そして、つぶやいた。
「......ネームド魔物、だったんだな......」
......エミーが魔物であるというその根本的な考え違いは、訂正されぬまま放置されていた。
以上をもちまして第27章はおしまいです。
いわゆる『人生の壁』があったとして。
世の物語は、それを乗り越えたり打ち壊したりすることこそが、主流派だと思います。
だけど、そんなことが、私たちにできるのでしょうか?
できたら良いな、とは思います。
でも、世の中の人たちは皆、そんなことができる成功者ばかりなのでしょうか?
『人生の壁』を乗り越えない物語があったって、良いのではないでしょうか。
それによって救われる気持ちだって、あるのではないでしょうか。
そんな気持ちを出発点として描き始めた第27章でした。
だけど、最後まで描いてみれば、ちょっと主張がぶれました。
ピクルーツにとっては、本当は、大岩壁は『人生の壁』でもなんでもなかったと、そういう結論に着地しました。
あなたが『人生の壁』だと思っているそれは、本当に『人生の壁』なんでしょうか?
見つめなおしてみることも、また大切なことだと思います。
ということで、物語の主張のぶれは、気にしないことにしました。
私は自分に甘いのだ。
さてこの後ですが、第28章に入る前に、これまでのピクルーツのお話とは関係のない閑話が挿入されます。
まだ準備もしていないので、しばらく後に投稿されます。
お待ちいただけたら幸いです。




