628 ミトランと、エミー
目を、覚ますと。
「......あれ?」
ミトランは、薄い布団の上で寝転がっていた。
ゴワゴワの触感で体を包み込んでくれる、明らかに安物そうな布団だ。
裾はほつれ、なんだかかび臭く、もう間違いなく絶対に安物そうな布団だ。
「............」
ミトランは力を抜いて布団の上に仰向けに寝転がったまま、じっと天井を見つめた。
......円形の天井だ。
中心に向かって放射線状の骨組みが走り、要所は柱で支えられている。
その骨組みの上にかぶさっているのは、布。
それらが、小さめの魔灯によって仄かに照らされている。
現在ミトランが寝転がっているのは、かなり立派なテント、といった所だろう。
つまりミトランは、エミーと戦い意識を失った後......ここに運ばれたのだ。
ここがどこなのか、正確なことはわからないが......おそらく西砂漠に点在している集落の内のどこかなのだろう。
ミトランが寝ていたこのテントは立派で、明らかにハリシュアラップの携帯用テントではないのだ。
それは、床に敷かれた絨毯からもわかる。
明らかに、見たことのない柄の絨毯だ。
「あ......」
起床後のぼんやりとした頭で絨毯の柄を眺めていたミトランは、次に自分のすぐ横でレーセイダが寝ていることに気づいた。
眉間に皺を寄せ、ミトランの布団を握りしめて眠っている。
心配させて、しまったのだろう。
ミトランは、申し訳なく思った。
その横では、ハリシュアラップが胡坐をかいた状態で、うつらうつらと船をこいでいた。
ミトランからはその背中しか見えず、表情はわからないが......彼の右肩の辺りからは、槍の穂先が飛び出している。
槍を抱いた状態で、警戒を続けていたのだと思われる。
その、警戒対象とは。
ミトランたちから、かなり離れた位置に敷かれた布団。
そこに......寝かされていた、人物なのだろう。
しかし。
「いない......?」
その布団には、誰も寝転がっては、いなかった。
ミトランはモゾモゾと起きあがり、誰もいない布団に手のひらを押し当てた。
......まだ、暖かい。
「エミーちゃん......?」
ミトランは、その布団の主がエミーであることを確信し。
しかしその姿が見えないことを不安に思い。
柱にかけられていた外套を掴んで羽織ると、生温かな空気で満たされたテントを抜け出した。
◇ ◇ ◇
「ふぃぃ......」
テントの外に出たミトランは、その寒さに一度ぶるりと震え、白い息を吐きだした。
ぐるりと周囲を見回すと、近くにあるのはいくつかのテントと、大きな湖。
未だに天上で瞬く星々を映し、キラキラと輝いている。
一方で、その湖の反対側を見れば、そこにあるのは見慣れた砂漠だ。
日中は白く輝く砂々も、日の昇りきらぬ現在は真っ黒だ。
そんな真っ黒な砂漠が、地平線まで延々と続いている。
そして地平線に見えるのは、真っ赤な直線。
太陽が、顔を出そうとしている。
「あ......」
その光景に圧倒され、思わず足を止めたミトランだったが......その砂漠に向かって進む小さな影を見つけて、思わず声を漏らした。
そして、慌ててその影に向かって駆け寄り。
「エミーちゃんっ!」
その人物の、名前を呼んだ。
「............」
名前を呼ばれたエミーは......しぶしぶ、といった様子でゆっくりと振り返った。
その表情は、以前ミトランが遺跡で出会った時と同じく、感情の読み取れぬ無表情。
少なくとも、ミトランの声がけを歓迎しているようではない。
「エミーちゃん、どこ行くつもりなのっ!?体は大丈夫っ!?痛いところはないのっ!?」
しかしミトランは、そんなことは気にしなかった。
ミトランは、不安だった。
そして少しだけ、怒っていた。
エミーは、意識を失い暴走していたのだ。
その直後なのに、黙って勝手に出て行こうとするだなんて!
「それ以上、近寄るな」
しかし、エミーを心配するミトランに対し、エミーから発せられたのはそんな拒絶の言葉。
そして、【威圧】。
強烈な殺気が、ミトランの足をその場に縫いつける。
「不義理は......理解している。ごめんね」
そんな【威圧】を発しながらも......エミーはミトランに対し、謝罪の言葉を口にした。
それと同時に、グギュウルルルと、エミーの腹が鳴る。
「だけど、私は行く。私はお腹が空いている」
「......ご飯ならっ!皆と一緒に、朝ご飯を食べれば良いでしょっ!?」
再度ミトランに背を向け、砂漠に進もうとするエミーに対し、ミトランは必死に声を振り絞って、叫んだ。
「............」
エミーはその言葉にピクリと反応し、足を止め......ミトランのことを振り返った。
その、次の瞬間!
「!?」
ミトランは自らの首筋に何やらザラザラとして冷たい感触の物が巻きついていることに気づき、驚き息をのんだ。
それは、触手だった。
暴走していたエミーが体中から生やしていた触手が、いつの間にやらミトランの足元の砂から伸びて、首に巻きついている。
「......私は、お腹が空いている」
声が出せないミトランに対し、エミーはゆっくりと、先程と同じ言葉を繰り返した。
「お前たちが、お肉にしか、見えない」
そしてじっと、ミトランの瞳を、冷たい眼差しで見つめる。
「あ、う」
ミトランの首に巻きつく触手が、徐々に締め付けを強めていく......。
ミトランは声にならない声を漏らしながら、じたばたともがくも、抵抗はできず。
そして......。
突然、開放された。
触手は突然靄となって消え去り、ミトランはその場にドサリと尻もちをついた。
「私のことは、嫌えば良い」
青い顔で荒く息を吐くミトランに、エミーは淡々と語った。
「だけど、私を......“人間”で、いさせて......」
無表情で、声の抑揚もなく、ボソボソと。
「............!!」
ミトランは。
ミトランは、悲しかった。
無表情の、まるで作り物のような美貌のその奥に隠された、エミーの心。
その一端に、触れてしまったから。
ミトランには、わかった。
エミーだって、嫌われたいわけじゃない。
一人でいたい、わけじゃない。
それでも、未だに彼女の本能は、肉を求める。
今の彼女は、人と共には......生きられないのだろう。
それを、わかってしまった。
ミトランの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれた。
だけど。
ミトランはその涙をぬぐい、勢いよく立ちあがった!
「エミーちゃんっ!!」
そして、砂漠に向かって歩みを進めるエミーに対し、叫んだ!
「今は、さようならっ!!だけどっ!!」
エミーからは、見えてなくとも!
無理やり笑顔を作りあげて、叫んだ!
「......またねっ!!!」
「............!!」
エミーはミトランの言葉に、返事をしなかった。
しかし、一旦足を止め......少しだけ体を震わせた。
そうしてから。
エミーは逃げるように駆けだした。
タ、タ、タ、タ、タ、タ、と。
そして高く、跳ね跳び。
その背からどす黒い翼を生やし、風に乗り、空を飛び始めた。
まっすぐ、まっすぐに砂漠の空を飛んでいったエミーは。
あっという間に、ミトランの目からは、見えなくなった。
紺色だった砂漠の空は、地平線のあたりからぼんやりと、いつしか黄色く染まり始めた。
新しい一日が、また始まろうとしている。
お礼、言えなかったね、エミーちゃん。
そしてミトラン君は、底抜けに良いやつ。
とりあえず、残り数話のエピローグを描けば、第26章はおしまいです。
もう少々おつきあいください。




