623 【冒険者ミトラン】茶番の、終わり
「ひっ......」
そう言って、息をのんだのは、一体誰だったんだろう。
......誰であっても、おかしくはないよ。
それほどまでに、あの触手の集合体のバケモノは、ただ“そこにいる”というだけで。
恐ろしかった。
ザザザザザザッ!!
時折錆びたような赤色が浮かぶ、どす黒い触手。
その何本かを蜘蛛の脚のように動かしながら、そのバケモノはボクたちに向かってきて、そして。
ビュンッ!!
と。
目にも止まらぬ速さで、まるで槍のように、触手を一本突き出した。
ぐんぐん伸びる、その触手の狙う先は、ひっくり返った黄金の四角錐!
ズガンッ!!
槍のような触手は、黄金の四角錐......巨大ヤドカリが殻としてかぶっていた、古代遺跡の一部をまるで紙のように容易く突き破り、そしておそらく......ヤドカリ本体の肉体に、突き刺さったんだろう。
ジュルジュルジュル......。
ヤドカリの殻の中から、不快な......何かを啜るような音が聞こえてくる。
そしてその音と連動して、殻の外にぶらりと投げ出されていたヤドカリの巨大なハサミが......見る見るうちに干からび、縮んでいく!
「た、食べてるの......?」
震えながらそうつぶやいたボクの横で、レーセイダさんは何かに気づき、叫んだ!
「まさか......黄金の四角錐は、あの触手のバケモノから逃げていたのか......?あれが、スタンピードの原因だったんだ!!」
ビュンッ、ビュルビュルビュルッ!
そのレーセイダさんの叫び声と、時をほぼ同じくして。
バケモノの“食事”は終わったらしく、黄金の四角錐に突き刺さっていた触手は、いつの間にかボクたちのかなり近くまで近寄っていたバケモノ本体へと、引き戻された。
もはや、ヤドカリのハサミはひび割れ、縮んで......原型を留めていない。
殻で隠され見えない本体も、何かを啜り尽くされ、かなり悲惨な有様になっているんだと思うよ。
さて、でも、そんなことは今のボクたちにとっては、どうでも良いよ。
だって。
だって。
あの触手のバケモノの注意が。
......食欲が。
今や、ボクたち人間に向けられている。
それが、わかるんだもん!
わかっちゃうんだもん!
吐きたくなる程の、濃厚な殺気を向けられているせいで!
「ええいッ、恐れるでないッ!今こそ我らが信仰を見せよッ!我らは、三角錐神の加護により護られているッ!全員、戦闘態勢をとれいッ!」
「「「「「「スイーーーッ!!ホッホホーーーッ!!」」」」」」
そんな中でいち早く動いたのは、胸部と股間部の三角錐を揺らしながら叫ぶ変態に指揮された、暁の三角錐だ。
彼らはボクたちを拘束することをやめ、すぐさま三角錐を模した四人一組の騎馬を作る。
すると......赤色の光が三角錐を形作り、彼らを覆う結界となった!
あれが、三角錐神の加護!?
「突撃せよーーーッ!!」
「「「「「「スイーーーッ!!ホッホホーーーッ!!」」」」」」
そして赤色三角錐たちは変態の指揮のもと、猛烈な勢いで触手のバケモノへと向かって行った!
加護の力なのか......その速度は到底人の脚の出せるものじゃない!
先程の槍のような触手攻撃を避けるつもりか、右へ左へ進路を蛇行させながら......まるで風のように、赤色三角錐が砂漠を滑る!
でも!
ビュンッ!!
触手のバケモノは無造作に、触手の内の一本を横薙ぎに振り回した。
それだけで。
「「「「「「スイーーーッ!?ホッホホーーーッ!?」」」」」」
一斉に触手に殴られる形になった赤色の三角錐結界は、ガラスが割れるような音を鳴らしながら容易く砕け散り、暁の三角錐構成員たちはなすすべなく吹き飛ばされ、砂の上に転がった。
結界の効果か、三角錐たちに目立った外傷はない。
出血も見られない。
しかし、彼らはピクリとも動かない。
生死は不明だ。
でも、たった一撃で......少なくとも、意識は失ってしまったようだ。
「よくも......よくもよくもよくもおおーーーーーーッ!!!」
その様を見て、変態は激昂した!
体中から視認できるほどに濃度が高い、真っ赤な魔力を噴出させ......筋肉が膨張して、一回り体が大きくなったよ!?
そして全身から噴出された赤い魔力が......胸部に集まっていく!?
「くらえいッ!!【射貫の三角錐】いいいーーーーーーッ!!」
そして、変態のその叫び声と共に......変態が両胸に装着していた二つの三角錐が、もの凄い速度で発射された!
当然、変態の両胸は露わになるけど、変態はおじさんだから安心!
ミチッ、ブチブチッ!!
二つの三角錐は、それを止めようと伸びる触手を引きちぎりながら、まっすぐ触手のバケモノ本体へと飛んでいく。
でも......だめだ!
触手は、引きちぎられても、すぐに新しいものが伸びてくる!
全然減らない!
結局、胸から発射された二つの三角錐はバケモノ本体へとたどり着く前に勢いをなくし、触手に絡めとられ、その恐るべき力によってバキバキと音を鳴らしながら原型を留めない程にひしゃげてしまった......!
「ちッ......ならばッ!!」
それを見た変態は、全身をまとう魔力を、今度は股間部に移動させ始めた!
そう......あの変態はもう一つ、股間部にも三角錐を装着している。
まさか、その三角錐を!?
今やあの変態がその身にまとう最後の“服”である、それを!?
射出......しようとでも、言うの!?
やばい!!!
「ぐぎゃああああーーーーーーッ!?」
だけど、変態の股間部の三角錐が発射されることは、なかった。
その前に、目にも止まらぬ速さで触手が飛んできて......変態を殴り飛ばしたからだ。
「ぐ、が、げえッ......!?」
変態はゴロゴロと砂の上を転がり、その勢いが止まった後は何度か痙攣した後に......白目をむいて、動かなくなった。
ぞぞぞ、ぞぞぞ、ぞぞぞ......。
暁の三角錐をあっという間に壊滅させた触手のバケモノは、もぞもぞと触手を動かし、今度はボクたちに向き直った。
その辺で転がっている暁の三角錐に、ヤドカリにしたように触手を突き立てる様子は、今のところ見られない。
でも、その食欲は......殺気は、一向に衰えない。
まずは、全員動けなくして。
その後、食べるつもりなんだろう。
「ううっ......」
恐怖で体が震える。
でも、怖いからって、体を縮こませてばかりでは、いられない。
横を見ると、ボクと同じように震えながら、青い顔をしているレーセイダさん。
その奥ではハリシュアラップさんが、口からこぼれた血を拳でぬぐいながら、何とか立ちあがろうとしている。
レディは、そんなハリシュアラップさんを守るように寄り添っているけど、彼女自身も黄金の四角錐との戦闘によりダメージを負っているようだ。
皆、戦えるような状況じゃない。
「......だから」
ボクは何とか立ちあがり、震える手を無理やり動かして、腰の剣の柄を握る。
「ボクが、戦うんだ......」
そして、その剣を抜き放つ!
何のいわれもない......だけど、これまで長い間旅を共にしてきた相棒が、その刃に西日を浴びてギラリと光る!
「だからっ!」
そしてボクはその剣の柄を両手で握り、構え、願った!
「応えてよっ!【超戦闘勘】っ!!」
冒険神のおっさんがボクに授けてくれたチート、【超戦闘勘】に!
このチート、普段は発動にむらがあるけど、こういう大ピンチの状況では、発動率が100パーセントだ!
今回も、お願いしますっ!
すると今回は、すぐさま脳内に、ボクと触手のバケモノの戦闘シミュレーションがビジョンとしていくつも浮かびあがった。
これほどレスポンスが早いケースは、なかなか珍しいよ!
そのビジョンの中で、ボクは!
触手の、本気の横薙ぎをくらって、体が上下に分かれて、死んだ。
触手の、槍のような一突きで胸部に大きな風穴を開けられて、死んだ。
何本もの触手に、巻きつかれて引きちぎられて、死んだ。
「ひっ、ひええっ!?」
な、なんで!?
【超戦闘勘】は、絶対にボクを勝たせてくれる、無敵のチートでしょ!?
なのに、何なの、このビジョンは!?
「み、ミトラン君!?」
思わず後ずさったボクに、レーセイダさんが声をかけてくれる。
でも、返事をする余裕もない!
どうしたら、良いの!?
ボクは、どうしたら良いの!?
誰か教えて!
教えてよ、【超ひらめき力】!!
ボクはとっさに、ボクを支えてくれるもう一つのチートに縋った。
【超ひらめき力】。
ここぞという時に注意力を高め、直感的に答えを見つけ出してくれる、都合の良いチート能力。
このチート能力はボクの要請に応えて、今この状況における最適解をすぐさまはじき出してくれた。
【超ひらめき力】は、教えてくれた。
ボクが今、すべきことを。
【超ひらめき力】が出した、答え。
それは。
『仲間を見捨て、今すぐこの場から、全力で逃げろ』




