62 雨天決行!エミー対トポポロック・スタンピード!
「「「ミギャーーーーッ!ミギャーーーーッ!」」」
しとしと降り続ける雨の中。
魔法練習場として使用している草原を挟んで、森の縁から私を睨みつけるは、三つ目の魔物、トポポロックたち。
好戦的で、人も襲う、危険な生物。
その数、今見えているだけでも、多分100匹は下らない。
森の奥には、もっともっといるのだろう。
鳴き声が、雨音をかき消すほどに、騒々しい。
灰色の雲越しとはいえ、のぼる太陽によって徐々に周囲が明るくなるにつれわかってくる、この絶望的なほどの勢力差。
対する私は、たった一人。
お屋敷を背にしてたたずむ。
浴びた泥と血、そのままにして。
もうそろそろ寿命を迎えるであろう、師匠譲りの死神狼装束をまとい。
......負けじと三つ目どもを睨み返す。
ここは一歩も通さない。
ここには、こんな私のこと、お友達として認めてくれた子がいるんだ。
こんな薄汚い浮浪児にも、守りたいものができたんだ。
巣穴が潰れたんだか何だか知らないが。
私の大事なもの、傷つけようというのなら。
......覚悟しろよ。
「ミギャーーーーッ!!!」
リーダー格なのだろうか、他のものに比べると少し体が大きく角の長い個体が一声、鳴く。
「「「ミギャーーーーッ!!!」」」
すると一瞬の静寂の後、他のトポポロックも声を合わせて大絶叫。
こちらに向かって、走り出す。
轟音を響かせながら迫るその群れは、まるで津波のようだ。
だけど、怯んではいられない。
まずは、出鼻をくじく!
全力で【身体強化】。
地面から土を握り取り、【凝固】。
そして、【投石】。
......ギュンッ!!
「ミギャッ......!?」
音を置き去りにして私から放たれた礫は、先ほどの角の長いトポポロックと、その射線上にいた数匹を貫き、殺す。
すかさずその周囲に向けて、【威圧】を放つ。
「ミッミギャ!?」
「ミギャギャギャッ!?」
「ミーミッギャ!ミギャーーーッ!!」
私の【威圧】に耐えられなかった個体が混乱し、足を止める。
しかし、この程度ではスタンピードレベルの群れの勢いは止まらない。
足を止めた個体を飛び越え、踏み殺しながら、後続の連中が押し寄せてくる。
さぁ、ここからが本番だ!
【無限礫】による掃射を開始する。
こちらに向かってくるトポポロックたちを、左右に薙ぎ払うように殺し続ける。
礫は貫通して、射線上の数匹をまとめて殺せるので、それなりに効率も良い。
今の私は、言ってみれば地に足ついていれば弾切れの心配のないマシンガンだ。
鍛えれば、その身一つでマシンガンになれる!
剣と魔法の世界、万歳!
<しかし、エミー!雨でぬかるんでいるせいで、【凝固】に余計な魔力を消費しています!いつまでもこの状況は続きませんよ!>
おっと、ここに来て思わぬ【無限礫】の弱点が露呈!
それは、雨に弱いこと!!
ってか早速訂正!弾切れあったわ!魔力が切れたら弾切れだわ!
<どうにかして魔力を補給し続けないと、あの群れを止めることはできません!>
魔力を補給し続けろと言われて、も......!?
「ミギャーッ!!」
突如として、死角から一匹のトポポロックが飛びかかってきた!
こいつは......トポポロックアサシン!
気配を消して群れから先行してきてたのか!
だけど、相変わらずおバカさんね!
襲いかかる前に叫んだら、気配を消していた意味、ないでしょうが!
前回と同じく、私に向かって飛びかかるトポポロックアサシンの首を掴み、握りつぶし、仕留める。
今のわずかな隙に、トポポロックたちの波が少し前進してしまった。
【無限礫】で掃射を再開。
がんがん魔力が減っていく!
なんだかお腹も減ってきた!
<そりゃ、これだけ急激に魔力消費してますもの!お腹がすくのも当然です!>
......ん?
と、いうことはさ、オマケ様。
お腹がいっぱいになれば、魔力は回復するの?
<はい!多少、時間はかかるかもしれませんが!エミーなら魔力の消化吸収は、常人に比べるとかなり早いほうかと!>
なるほど?
なるほどなるほど。
ちらりと足元に横たわる、トポポロックアサシンの死骸を見遣る。
できるじゃない、魔力補給。
それこそ、そこら中で。
じゅるり。
あぁ、よだれ出てきた。
◇ ◇ ◇
エミーとトポポロック・スタンピードの決戦が始まって、数分後。
既にこの段階で、末端のトポポロックたちは彼らと敵対する黒い毛並みの小さなニンゲンに、恐怖を感じていた。
あれほどいたはずの同胞たちがそのニンゲンが放つ礫によってあっけなく殺され、地面はその死骸で埋め尽くされている。
怖い。逃げたい。
それが彼らの正直な気持ちである。
しかし、群れの後ろのほうにいる彼らの大きなボスは、そんな弱気を許してくれない。
トポポロックは人間のような言葉こそ発しないものの、知能が高く社会性を持つ生物だ。
上位者の命令は聞かなくてはいけない。それを裏切ってはいけない。
今も「進め、殺せ」というボスの鳴き声が、戦場に響いている。
引くことはできない。
覚悟を決めて、黒い人間を睨みつける。
すると、ここでその人間は、これまでとは違った動きを見せ始めた。
目にもとまらぬほどの速さで両腕を動かし、礫を放ち続けていたその人間は、片腕で礫を放ち続けながらも、もう片方の手で何かをおもむろに拾い上げた。
「「「!!!!!!」」」
それを視認した時、トポポロックたちに動揺が走った。
それは、あの黒い人間を仕留めるため、群れから先行して奇襲に挑んだ、勇者の亡骸であった。
思わず進軍が止まる。
......そして、戦慄する。
バキッ、バリバリ、ムシャムシャ......ゴクン。
一時静かになった戦場に、雨の音と一緒に咀嚼音が響く。
鋭敏なトポポロックの聴覚は、聞きたくもないその音を拾ってしまう。
黒い人間が、勇者の亡骸を骨ごと噛み千切り食らっている、その音を。
人間は、知恵があり、魔法も使える警戒すべき種族。
しかし、その肉を食べれば強くなれる。その肉はおいしい。
かつて群れの古老が彼ら若いトポポロックたちに教えてくれた人間という種族に関する知識。
その知識の中には、人間がこれほど恐ろしいバケモノであるということは、含まれていなかった。
人間がこれほど悍ましい行いをするとは、教えられていなかった。
我らの里は、土に埋もれ水に侵され、もはや滅んだ。
これより、人間の世界に向かう。そこを新たな我らの里とする。
見つけた人間は、数で押し殺せ。人間が食べ放題だぞ!!
進軍前に、大きなボスからそう聞いたトポポロックたちは、飛び跳ねて喜んだものだ。
彼らの中で人間とはただの獲物であるという認識でしかなかった。
よもや、自分たちが狩られる側になるなど、想像だにしていなかったのだ。
時間にして、10秒ほどか。
黒い人間は、あっという間に勇者を食らいつくし、その残骸を無造作に放り投げた。
そして。
「......タリナイ!!!」
そんな鳴き声を発し、一瞬で姿を消した。
いや、目にもとまらぬ速さで、移動したのだ。
いつの間にか、黒い人間は、彼らの目の前に立っていた。
......新たな悪夢の始まりだった。
黒い人間が右腕を振る、左腕を振る。
ただそれだけで、同胞たちの首がはね飛ばされていく。
泥水がはね、血が舞い、首が飛ぶ。
あっという間に黒い人間の周囲の命は刈り取られ、既に物言わぬ躯だ。
黒い人間は殺した同胞を右腕に2体、左腕に2体、そして口に1体くわえ、再び一瞬で移動する。
再出現したのは、先ほどと同じ位置。
あの黒い人間が守っていると思しき、人間の巣の手前。
そこで黒い人間は口にくわえた同胞を手を使わずにモゴモゴと器用に咀嚼しながら、再び両腕で礫による掃射を再開した。
またしても凄まじい勢いで、最前線にいる同胞たちが殺され始める。
もういやだ。
もういやだ!
もういやだッ!!
トポポロックたちの思考を、恐怖が支配する。
大きなボスの命令?知ったことか!!
あの人間は、バケモノだ!
あんなバケモノに、敵うはずがない!!
トポポロックたちは次々に、森に向かって逆走を始める。
勇気を振り絞り人間に向かっていく者たちは、あっという間に礫に穿たれ、狩り殺される。
たった一人の黒く小さな人間と、それに対する数えきれないほど無数のトポポロックの群れ。
誰がどう見ても、トポポロックの勝利を疑わないであろう、この戦闘。
勝利したのは小さな人間であり、負けたのはトポポロックの群れであった。
そう、トポポロックたちの群れは、負けた。
負けたのだ。
トポポロックたちの......“群れ”は。
......しかし、“彼女”は、まだ勝利を諦めていない。
森へ逃げ帰ろうと逆走するふがいない同胞を、その巨大な足で踏みつぶしながら、“彼女”はゆっくりと前に進む。
“彼女”には、夢がある。豊かな過ごしやすい楽園を、新たな里を作るという、夢が。
“彼女”には、意地がある。群れ一番の強き者として長年君臨してきた、意地が。
“彼女”には、責任がある。群れのボスとして同胞たちをこの戦場に連れてきた、責任が。
そして。
そして、何より。
“彼女”には............。
ズシン!!
すっかり雑兵どもはいなくなってしまった戦場。
手元の死骸を貪り、魔力回復に努めるエミーの前に現れたのは。
小屋ほどの大きさを誇る、巨大な、あまりにも巨大な、まだら模様のトポポロックであった。
ちょっぴり補足。
たしかに今回のスタンピード、その物量は脅威ですが、中堅魔法使いが数人いれば広範囲魔法で焼き尽くすことでなんなく対処可能だったりします。
ただ、それなしで、ほぼ【投石】のみでもうすぐ7歳になる女児がスタンピードを退けたのは、やはり偉業。
頑張ったね、エミー。
次はボス戦だよ。
もうひと踏ん張り!




