617 王と、二本足共
悍ましき触手玉から逃走するため大砂漠を駆ける、砂漠の王。
彼は触手玉に恐怖し、怯えていたし。
それと同時に、同じくらい怒ってもいた。
自分は王だ、それなのに。
逃げるしかなかった。
王としてのプライドを、傷つけられたのだ。
当然怒るし、苛立つ。
彼は恐怖と怒りで心の中をぐちゃぐちゃにかき乱されながら、大砂漠を疾走していた。
しかしそんな最中......とある事情から、彼の心の中の恐怖と怒りの比重が......怒りに傾き始めた。
何が起きたのかと言えば、どこから湧いて出てきたのかは知らないが......突然現れたワラジムシのひくソリに乗った二本足共が、己の眼前を先行するように走りながら......チクチクと、不敬にも王たる己に対して、攻撃を開始したのだ。
「『砂よ、集まり礫となり、敵を穿て!【サンドバレッツ】!』」
「『風よ、刃となりて、敵を切り刻め!【ウィンドカッター】!』」
次々に彼目がけて飛び来る魔法は、しかしながら大砂漠の灼熱と悠久の時によって鍛えあげられた彼の甲殻には、何ら痛みを与え得なかった。
砂の礫も風の刃も。
彼を傷つけることなど、できやしない。
......しかし、鬱陶しい!
逃げなくては、ならないのに!
何なんだ、この二本足共は!
王の心の中にどんどんと苛立ちがたまり、ついには!
「ギジャアアアアーーーーーーッ!!」
王は怒りの咆哮をあげながら......己の近くを走っていたトカゲをハサミで掴み、苛立ちにまかせて二本足共に向かって、思いきり放り投げた!
「ハッハーーーッ!!」
しかし二本足共が乗るソリは、容易くそれを回避!
そしてまた、魔法攻撃が再開される!
「ギジャアアアアーーーーーーッ!!」
その様が、とにかく鬱陶しくて鬱陶しくて......!
トカゲ、デザートトポポロックに、走りイソギンチャク!
王は、彼の近くを走る魔物たちを、次々に掴んでは投げ、掴んでは投げた!
「ハッハーーーッ!!」
しかし二本足共が乗るソリは、やはり容易くそれを回避!
右へ左へスイスイと動きながら、投げつけられた魔物を避け続ける。
あれは、ワラジムシを操る、御者の力量なのだろう。
まさに、人ワラジ一体!
「ギジャアアアアーーーーーーッ!!!」
そんなことが、続いたものだから。
ついに王の苛立ちは頂点に達した。
そしてその苛立ちは......彼に、“後先を考えぬ、全力攻撃”という一手を、とらせてしまった!
それは、【ブレス】だ。
竜などが多用する......高密度の魔力を叩きつけることで相手を破壊する、奥義だ!
黄金の四角錐は、ヤドカリである。
そしてこれは一般的には知られていないことではあるが......ヤドカリであっても、長く長く生きた個体は【ブレス】を撃てるのだ!
数百年以上生きるタイプのヤドカリを飼育する際は、十分に気をつけよう!
さて、とにかく、射線から外すために両ハサミを天高く掲げた王は、【ブレス】を撃った。
彼の口元に集まった魔力は黄金の光線として大砂漠に放たれ、その輝きによって辺りを黄金色に染めあげた。
王の【ブレス】はその速度と激しい輝きのため、彼にすら“過程”を認識させない。
いつだって【ブレス】を撃った後には......消し飛ばされた敵対者という“結果”しか残らないのだ。
今回だって、そうだ。
激しい【ブレス】の輝きが消え去り、視界が正常に戻った時......そこに二本足共は、いなかった。
その奥にいた魔物共も含め、彼の【ブレス】が放たれた範囲に生きている者はおらず、全てが消し飛ばされていた。
これで、良い。
王は己の強大な力を再認識し、触手玉によって傷つけられた自尊心を幾分か回復し、少しだけ良い気分になった。
多少、油断をした。
......その隙を狙って!
「とりゃーーーーーーっ!」
少し情けない叫び声をあげながら、体の小さな二本足が......王の背中へと飛び乗ったのだ!
二本足共は、【ブレス】によって消し飛ばされたわけでは、なかった!
危険を察知し、間一髪それを回避し......王の視界に入らぬ真横のすぐそばへと、忍び寄っていたのだ!
「ギジャアアアアーーーーーーッ!?」
王は突然の展開に混乱し、そして激怒した!
何故なら、その小さな二本足が足蹴にした......己の背に負う“黄金の四角錐”は、王の住まいであり鎧であり、何よりも大切な宝物であるからだ!
「ギジャッ、ギジャアッ!」
「うわっ、ととと!」
乗るな、乗るな!
我が宝物に、乗るな!
その1対しかない、薄汚い脚をどけろ!
王は体を左右に激しく揺することで小さな二本足を振り落とそうとするが、全くうまくいかない。
小さな二本足は少しバランスを崩しこそすれ、王の宝物から転げ落ちることなく......外部へと露出する、王の2対4本の脚の付け根へと到達し、そして!
「やーーーーーーっ!」
ガン、ガン、ガンと!
そこを、王にとっては小さな剣を使って、執拗に叩き始めたのだ!
「ギジャアアアアーーーーーーッ!!」
足の付け根は、他の部位に比べると甲殻が薄い!
いかに非力な二本足の攻撃とは言えダメージがないとは言えず......王はチクチクと針でつつかれるような痛みに苛立ち、さらに体を揺すった。
しかし二本足は、振り落とされない!
苛立ちが、ますます高まる!
視野が狭まる!
故に!
「今だ!離れろミトラン君!」
そんな二本足の声が、聞こえるまで。
王は......自らの眼前に、二本足共の乗る、ワラジムシがひくソリが走っていることに、気づかなかった。
「わかったーーーっ!」
王が、眼前の二本足共に気づいたそのタイミングで。
しつこく王の脚の根元を叩いていた小さな二本足は、それまでしぶとく王にまとわりついていたというのがまるで嘘のように、ぴょんと跳ね跳んで王から離れた。
「切り札が一枚とは......限らない!」
そしてそれを見たソリの上の銀髪の二本足は......片手で帽子を押さえながら、もう片方の手でカバンの中から黒くて丸い形の何かを取り出した。
知能が高いとはいえヤドカリである王には、それはただの石にしか見えなかったが......その『黒くて丸い何か』とは即ち、レーセイダが隠し持っていた二つ目の魔導爆弾!
以前使用した物よりもサイズが大きく......その威力は折り紙付きだ!
「くらえーーーーーーッ!!」
王に向かって真っすぐに投げられたそれは、王の眼前に落下!
そしてコロコロと転がって、疾走する王の体の真下へと入りこみ、そして......。
ドドドーーーンッ!!!
そんな轟音、まき散らし!
大爆発を起こした!




