61 私は友達を、守る!!!
「......男爵様!」
階段を駆け上がり2階寝室まで走ると、ちょうど男爵様が護身用の剣を携え部屋から出てくるところだった。
「!エミーか......すまない、緊急事態だから話は後だ。警報が鳴った。結界石に異常がないか、確認をしにいかなくては......」
「異常、多分ある。結界消えてる」
「何!?......エミー、わかるのかい?」
私はこくりと頷く。
男爵様の顔からは、いつものイケメンスマイルはすっかり消えている。
右手で腰の剣を触りながら、左手はせわしなくちょび髭をいじっている。
「それだけじゃない。報告。森にトポポロックいっぱい、あふれてる。多分スタンピード?とかいうやつ」
忘れずに本来の報告も行う。
それを聞いた男爵様の顔は、もはや真っ青だ。
あ、今度はちょび髭をぶちぶち抜き始めた。
「な、な、な、なんだと、どれくらい?見立ては?この屋敷まで、あとどれくらいで来る!?」
珍しく動揺し、あわてふためく男爵様。
しかし、現実は非情。
「......ミギャーッ!......ミギャーッ!」
遠くから、トポポロックの鳴き声が聞こえ始めた。
「......もう、そこまで来てる」
「あ、あ、あ......」
男爵様は両手で顔を覆い、ふらりとよろめく。
こんな緊急事態だもん、力が抜けるのは良くわかる。
情けないなんて思わないよ。
......だけど、私、正直言ってこの男爵様のこと、なめてた。
それを次の瞬間思い知ることになる。
「あぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!!」
!?え、なに!?
男爵様は気合一発、大絶叫!
そして自分の頬を思い切り......殴った!
え、ちょ、何してんの!?
めっちゃ鼻血出てるんですけど!?
「う......っし!気合、入ったぁ!!」
そう叫んだ男爵様の体からは、これまで抑えていたのであろう魔力があふれ出し、すっかり戦闘態勢が整っていた。
あ、この魔力量、けっこう凄いわ。この人マジで強かったんだね。魔力制御は甘い気がするけど。
「旦那様、どうなさいましたか!?」
「警報がなりましたが、まさか......」
使用人たちが駆けよってくる。
「む、ふわぁ......お父様、朝からうるさいの......」
......サラちゃんも、寝ぼけながら部屋から出てきた。
奥様はサラちゃんの肩を抑えながら、全方位を警戒している。
「皆、よく聞くように!先ほど、この屋敷の結界が壊れた!原因は不明!さらに森からこちらに向けて、魔物の群れが迫ってきている!」
男爵様から告げられた衝撃的な現状を聞かされ、一同に動揺が走る。
しかし。
「うろたえるなッ!!!」
男爵様から、お屋敷が震えるような大声での一喝が入る。
すっと、場の緊張、不安、動揺が薄れた、そんな気がした。
「私がこの領地に入ってから、おおよそ10年!森を切り開き、畑を耕し、時に魔物を、暴漢を退ける!その歴史は苦難の連続であった!」
男爵様の演説が続く。
「しかしその苦難、我々は力を合わせ見事乗り切ってきた!そうだろう!?今回だって同じことだ!皆で力をあわせ、村人たちを助け、この地を守る!!」
ふと、周りを見回す。
使用人たちも、奥様も、熱いまなざしで男爵様を見つめている。
「君たちの主は誰か!?かつての1級冒険者、“守剣”のマーツであるッ!!陛下をお守りし賜ったこの二つ名を汚さぬよう、私は全力でこの危機に立ち向かうと誓う!君たちも......協力してくれるな!?」
「「「はいっ!!!」」」
うわぁ......男爵様凄い。
あっというまに使用人たちの動揺を抑えて、気持ちをまとめてしまった。
<これが人の上に立つ者のカリスマ、ですかね?>
それだけじゃないかも。
さっきの演説を聞いているだけで、付き合いの浅い私もなんだかやる気が湧いてきた。
もしかしたら、声に魔力をのせ、相手の精神状態に影響を与えるみたいな、そんな技術があるのかもしれないね。
「まず、スネイゲン!君は私と一緒に執務室に行くぞ!結界石の状況を確認し、復旧に向けた作業を行う!」
「はっ!」
「次に、モーブ!君は大至急村人たちをこのお屋敷に呼び集めてくれ!結界が失われたと言えど、この建物は他のどれよりも堅牢だ!地下室にたてこもれば、人命の被害は防げるはずだ!」
「了解です」
「メイード!君は妻と娘と一緒に、先に地下室へ避難をしていてくれ!じきに村人たちもやってくるだろう。彼らも動揺しているはずだから、妻と一緒に気持ちを落ち着かせてやってくれ!」
「わっわわわ、わかりましたぁ!」
矢継ぎ早に使用人たちに指示を出す男爵様。
最後にその瞳が、私に向いた。
「そして、エミー。毎朝何匹も狩ってくるくらいだ。トポポロックの相手はお手の物。違うかい?」
「大丈夫。余裕」
「ならば、エミーは外で魔物の迎撃だ!本来であれば、それは私の仕事だが......手が足りない!結界の修復が終われば、すぐに私もそちらに向かう。それまで何とか、持ちこたえてくれるか?」
私は力強く頷く。
さっきの演説の効果か、気持ちがとても高ぶっている。
「えぇっ!?でも、そんな!エミーが危ないの!」
サラちゃんが心配して、駆けよってくる。
もうすっかり眠気は吹き飛んだらしい。
大きな瞳を涙で潤ませ、私の顔をのぞき込んでくる。
あぁ、サラちゃん。
私のこと、心配してくれたんだ。
......心がぽかぽか、あったかい。
「......大丈夫」
私はサラちゃんの白くてきれいな手をぎゅっと握る。
柔らかくてすべすべで、泥と血でまみれた私の手とはまるで違う、女の子の手だ。
「私はそれなりに強いから、魔物には負けない」
「でも、だけど......!」
「お嬢様、なんで私のこと、心配する?」
「だって!だってエミーは、私の友達だから!」
「......ありがとう」
あぁ、サラちゃんはかわいいなぁ。
ぎゅっと抱きしめてあげたい。
サラちゃんが汚れちゃうから、やらないけど。
じっと、サラちゃんの瞳を見つめて、告げる。
「私は、お嬢様のことを、守りたい。何故だか、わかる?」
あぁ、笑顔を作れない、この無表情な顔面が恨めしい!
「お嬢様は、私の友達だから」
それだけ告げて、私は廊下を走りだした。
窓を開け、そこから外に飛び降りる。
もはやトポポロックどもは鳴き声が聞こえるところまで迫ってきている。
一刻の猶予もない。
地面に着地、森を睨む。
そこにあるのは、怪しく輝く無数の赤い瞳。
さぁ、来るが良い、三つ目ども!
ここは一歩も通さないぞ。
......私は友達を、守る!!!
お前たちは、皆殺しだッ!!!




