608 【神々のお話27】??神???と??神グボリー
その神の有する神域は、雲海の上に浮かぶ浮島に建てられた、タマネギ型の屋根を持つ白亜の宮殿だ。
日の光を浴びてキラキラと輝くそれはいかにも神聖さを醸し出しているし、ところどころセンスよく配置されている金色からは、豪奢な印象も受ける。
壁面や窓、彫刻など細部の意匠に至るまで繊細な心配りがなされており......ただの人間がこんな空間に放り出されたら、おそらくその素晴らしさに感動を超えて畏怖を覚えるだろう。
そんな、神聖で豪奢で荘厳な白亜の宮殿の中心部には、広い広い謁見の間が用意されている。
そこに配置された玉座に腰かける主は、どのような存在か?
髭を伸ばした、威厳ある壮年の帝王?
あるいは、妖艶に艶めく髪をなびかせる麗しき女帝?
......どちらも、異なる。
その玉座に座る、この神域の主......すなわち神は、少年の姿をしていた。
半そでに、短パンをはいている。
しかしどちらも白色のそれは、明らかに上等なものであり......彼を見て間違っても近所の悪ガキと同一視するような愚者はいないだろう。
その上に、金色の刺繍が施されたエメラルドグリーンのマントをはおり、白金の髪の上には冠を乗せている。
そんな姿をした、神であった。
さて、現在その神は。
玉座の上で足を組み、肘掛けに肘を置いて頬杖をついて、その愛らしいつくりの顔を嫌悪に歪めながら、己の眼前で平伏する中年の男を見下ろしていた。
その中年の男は......薄茶色の......地味ではあるが、高級そうなローブを身にまとった、学者風の男である。
白髪交じりのこげ茶色の髪を肩の下まで伸ばしており......その顔は、土下座をしているので覗くことができない。
煌びやかな少年の姿をした神と見比べると、どうしてもみすぼらしいが......それでもこの神域に行動している以上、彼は何らかの神か、あるいは神の眷属であり、それなりに力のある存在である。
そんな男を、少年は平伏させている。
荘厳な白亜の宮殿の持ち主ということもあり、少年がかなり高位の神格を持っていることを、理解していただけるだろう。
「......ねえ、遅くない?」
と、ここで。
張り詰めた空気に包まれていた謁見の間の沈黙を、少年が破った。
実に不機嫌な調子で。
「遅いよね?」
と。
そう......学者風の男を、責めた。
「申し訳ございません」
「謝罪は結構......ねえ、グボリーくん。どうして君は、そんなに無能なのかな?」
そして少年は、学者風の男......グボリーの首のあたりを、指さした。
「う、ぐ......!」
するとそれだけで......グボリーの体が、ふわりと宙に浮いた!
「うあ、あ......!」
グボリーは頬のこけた派手さのないその顔を青くしながら、首のあたりをかきむしりつつ足をばたつかせている......!
少年の念動力で持ちあげられ......首を絞めあげられているのだ!
「ふん」
「げえッ......!!」
少年はその様をしばらく無感動に見つめていたが、つまらなそうに鼻を鳴らすと、今度はグボリーを念動力で床に叩きつけた!
グボリーは痛みのあまり声を漏らすが......。
「申し訳......ございません......」
決して、文句を言わない。
ただただ、謝罪を繰り返す。
少年とグボリーの力量差は、どうしようもない程に開いているが故に。
「ボクはさーーー、言ったよね?とっとと、“大魔導”を始末しろって」
再び平伏しブルブルと震えるグボリーを見下ろしながら、少年は喋り始めた。
「それなのに、なんなの?汚泥まで、運んでいってやったのにさ?なんで、ボクへの報告に、一月もかかるの?」
「............」
「監獄神が下手うって大けがしたんだよ?そのせいで神界ではちょっと騒ぎになっちゃってるんだよ?まあ、あんなザコがどうなろうと知ったことではないけど、そのせいでデレネーゾ大監獄周辺に神々の瞳すら欺く認識疎外の【結界】をはり続けたんだよボクは。凄い疲れたんだから」
「............」
「しかも何故だか、探偵神とかいうザコも騒いでいる。そっちを誤魔化すのも、本当に面倒くさいんだから」
「............」
「ねえ、なんで報告まで一月もかかってんの?ねえ、なんでなんでなんで?」
「............」
グボリーは反論も謝罪もせず、ただ震えた。
そもそも......死んだと思われていた“大魔導”がデレネーゾ大監獄内にて生存していることが判明し......それを抹殺するため、災厄の汚泥を考え無しに大監獄に転移魔法で投げこんだのは、少年だ。
そこに、グボリーの意志は介在していない。
グボリーは単に、『“大魔導”が死ぬまで、デレネーゾ大監獄を監視しておけ』と命じられただけだ。
むしろ、囚人や看守、監獄神への被害を考え、“幸福なる汚泥”コルマリャの大監獄への投入を、なんとか阻止しようとしていたのがグボリーなのだ。
......少年はもちろん聞く耳を持たず、諫言をしたグボリーに折檻を与えたが。
とにかく本来であれば、今回のことは全て少年の考えのもと行われたことであり、グボリーが責められるいわれはどこにもないのだ。
しかしそれを言っても、折檻が激しくなるだけだ。
故にグボリーは、口をつぐむ。
「そもそもさーーー!何で生きてたんだよ、“大魔導”!しっかり殺しといたはずなのに!」
そうしている間に、少年の苛立ちの矛先が、グボリーから逸れた。
グボリーは小さく息を吐いた。
「何が......何が“大魔導”だ、忌々しい!ボクは“アレ”の痕跡を、出来得る限りこのアーディストから消し去りたいってのに!」
少年はイライラしながら、白金の髪をかきむしり、舌打ちをした。
「“大魔導”......そんな二つ名を名乗り始めた時点で、消しておくべきだったんだ......なんでそうしなかった、グボリー!」
「ぐ......申し訳、ございません」
ここで少年の苛立ちの矛先が、またしてもグボリーに向けられた。
少年がグボリーを指さすと......重力が操作され、グボリーの体が床に貼りつけられる。
グボリーは現在、下級神であり、ただの人間と比べればその肉体の強度は相当に高い。
しかしそんな彼でも、骨がミシミシと悲鳴をあげる程の重圧が、かけられている。
常人であれば、押し潰されて死んでいる。
しかしそんな暴力を振るわれても、グボリーが口にするのは謝罪の言葉だけ。
......そもそも、何故早期に“大魔導”を消さなかったのかと言えば、少年がまだ殺すべきではないと判断していたからだ。
“大魔導”の主催する“大魔導塾”は、少年に対して多大な利益を生み出していた。
故に、少年は“大魔導”を殺さなかった。
全部、少年の判断だ。
グボリーは関係ない。
......そんなこと、指摘できないが。
「はあーーー......まあ、良いや。ねえ、グボリー......とにかく確かに、“大魔導”は死んだ。そうだよね?」
しばらくグボリーをいたぶって気が晴れたのか、ここで少年は大きくため息をついてから、重力の操作を解いた。
「......デレネーゾ大監獄は、間違いなく全て、“幸福なる汚泥”コルマリャにのみこまれました」
グボリーは......首を絞められる前に少年へと行った報告を、繰り返した。
「汚泥は、ちゃんと処理したよね?あれを持ちだしたのがバレたらさすがに、他のザコ神共から、突き上げをくらうんだけど?」
「ご命令の通り、我が使徒を使いまして、氷白帝竜を動かしてございます。汚泥の分体は、消滅しました」
「そっか......そっかそっか!なら、ま、良いかなっ!」
と、ここで。
ようやく機嫌の良くなった少年が、玉座から立ちあがった。
そしてトコトコとグボリーに近づいて行き......平伏したままの彼のことを、無意味に蹴った。
「それじゃ、ボクはこれから、いつも通りシステムの様子を見てくるから」
そしてパチンと指を鳴らした。
すると少年の姿は一瞬でかき消え、謁見の間には平伏したままのグボリーだけが残される。
「............」
グボリーは、震えていた。
自らの惨めさが、情けなくて。
“滅びの日”以前は、こうではなかった。
あの日以来、全てが、変わってしまった......。
「............」
一瞬、過去の栄光が頭を過り......グボリーはそれを振り払うように首を振った。
そしてゆっくりと、立ちあがり......。
「く......くくく......」
歪な笑みを浮かべ、小さな笑い声を漏らした。
今回グボリーは、デレネーゾ大監獄が汚泥にのみこまれる、その直前に......大監獄内部で転移魔法らしき反応が観測できたことを、報告していない。
汚泥を倒したのは、氷白帝竜ではなく......“大魔導”以上の戦闘能力を持つと思しき、魔導の力を用いる謎の少女であったことを、報告していない。
これは、種まきだ。
結実するかどうかは、わからないし、どれだけの実がなるかも、わからないが。
いつか。
いつか......!
「............ふうーーー......」
と、ここで。
グボリーは自らの表情の醜悪さに気づき、頬をはり深く息を吐いた。
そして、無表情を作り直し。
少年のせいで一月も中断していた本来の職務をこなすため......よろめきながら、誰もいなくなった謁見の間から退室した。
【滅びの日】
エンジィ・アルビットの行いが神々の怒りを買い、超古代魔導文明が滅んだ日のこと。
以上をもちまして、第25章を終了いたします。
“大魔導”絡みで、色々な謎が残りましたが......続きは第2部終盤までお待ちください!




