607 on an unknown 山
「うーむ、む......?」
きわどいボロ布を身にまとった、胸のとても大きな“女”......“大魔導”マジュローグは、横たわっていてもなお体を揺さぶる強く冷たい風を浴び、目を覚ました。
「よっこら、せっと......」
その胸の重たさ故に難儀しながら、なんとか上半身を起こす。
そして周囲を見回す。
どうやらここは、どこかの山の上の様だ。
周囲には灰色のゴツゴツした岩が転がっており、背の低い針葉樹が這うように生え、その他にはちょぼちょぼと、小さな花が咲いている。
天気は晴れ。
しかし、風が強く、かなり寒い。
その体が魔導義体でなければ、おそらく凍え死んでいただろう。
「ふむ......」
意識が朦朧とする中、マジュローグはなんとか思考をまとめる。
自分は、隠れ家に転移を行ったはずだ。
なのに今いる場所は、どこかの山の上。
急ごしらえの転移魔法陣には、どうやら粗があったらしい。
転移先の座標指定に、誤りがあったか。
事故が起こり、自分は見知らぬ土地へと、飛ばされてしまった、と......。
「そうじゃッ!エミーッ!?」
ここまで考え、ようやく意識が完全に覚醒したマジュローグは、先ほどまでそばにいたはずの教え子の名前を呼んだ。
そして慌てながら、改めて周囲を見回す。
しかし、そこには人どころか......動き回る生き物の姿すら、見当たらない。
「エミー......エミー......すまないのじゃ......」
その事実を確認し......マジュローグはがっくりと肩を落とし、うなだれた。
何故なら。
「まだ幼いお主を......ワシの事情に、巻きこんでしまった......」
何故なら、あの汚泥。
デレネーゾ大監獄に運び入れた存在の、狙いは。
間違いなく、“大魔導”マジュローグ・マジュガムであった。
そう、確信していたから。
それに......汚泥の襲撃も含め、全ての不幸の理由を『全部、私が悪い』と断定し、『私は呪い子だから』と諦めたように言い切ったエミーのことが、あまりにも哀れだった。
そう、躊躇なく言い切れてしまう人生を、あの黒髪黒目の少女は送ってきたのだろう。
「すまないのじゃ、ヨギン......救いきれんかった......」
マジュローグは寒々しい青空を見あげながら、かつての冒険者仲間に、謝罪の言葉をこぼした。
しかし、いつまでも悲しみと悔恨の中に沈んでいるわけにもいかない。
マジュローグは、生き残った。
それがいかに情けなく、“先生”として恥ずべき結果であったとしても、マジュローグは生き残ったのだ。
ならば、やるべきことがある。
やらねばならぬ、ことがあるのだ。
「............」
ここでマジュローグは、左手をついた岩肌の近くに這うように広がる蔦に、黄色く小さな実がついていることに気づいた。
おもむろにそれをつまみ、じっと観察する。
丸くて、良く見るとびっしりと、小さな斑点模様が浮かんでいる。
星型のヘタ。
その実がついていた蔦の葉の形は丸く、深い緑色だ。
そしてその実を口に含むと......ほのかな酸味。
香りが強い。
「ハリキシツタキキノミ、じゃのう......」
これらの情報から、マジュローグはまずその植物名を断定し。
「ならば、この地は......ハリキシ山脈」
そこから自らの所在地にあたりをつけ。
「現在時刻は、午前の9時、といったところか」
デレネーゾ大監獄との時差から、時間を割り出し。
「ならば、西は......ソーマトーコ学院は......あちらか」
そして太陽の位置から、己が進むべき方向を見出した。
じっと、そちらの方角を見つめると。
ため息をつきそうになるほど雄大で美しく、そして険しい山々が、青空の下どこまでも続いているのが見える。
「......『またね』と言ったか、エミーよ」
ここでマジュローグは、教え子が己に最後に贈った言葉を思い出し、目をつぶった。
「信じる......いや、すまない、信じさせて欲しいのじゃ」
そして再び見開いたその瞳には、強い決意の光が宿っていた。
「また会おう......エミー!」
マジュローグはそうつぶやくと、魔導の力を用いてふわりと宙に浮いた。
そして尾根に沿って、西へ......ソーマトーコ学院に向かって、進み始めた。
己のなすべきことを、なすために。
【“大魔導”マジュローグ・マジュガム】
特級冒険者であり、ソーマトーコ学院の学院長でもあった偉人。
恋多き男であり、エロジジイでもあり、現在は爆乳美女である。
なお現在の恋愛対象は男性。
エミーに対しては基本的に“先生”として接していたため、あんまりエロジジイ感が出なかった。
なんか良い人みたいになっちゃったので、作者としては少し反省している。
でもただの良い人ではなく......何やら事情がある様子。
詳しくは、後々のエピソードで明かされると思います。




