57 不穏になって、まいりました......!
私がサラー男爵家に雇われてから、1週間がたちました。
その間、サラちゃんたちを狙う刺客が現れることはなかった。
平和、平和、平和も平和。
相変わらずメイード先輩のお掃除は素晴らしいし、サラちゃんの魔法の水球は飛ばないし、目つきの悪い家令のおっさんはネチネチ嫌味を言ってくる。
そう!あの家令!陰険家令!
とにかく私のことを嫌っていて、露骨に嫌がらせをしてくる。
この前、森でおやつを食べていたせいで遅刻した時も、その後とにかく、しつこくしつこく嫌味を言われた。
まぁ、それは良いさ。
遅刻したのは私が悪かったんだし。
反省して、その後はちゃんとお日様が昇る前に修行と間食は済ますようにしてますよ。
でもさ......。
「みすぼらしい、小汚い呪い子」
「悍ましい姿を見せるな」
「奥様と同じ空気を吸っていること自体が許しがたい」
「貴様はこの家で働く者としてふさわしくない。獣は今すぐに野山に帰れ」
こんな感じでさ、会うたび会うたび小声で私のこと貶して、お屋敷から私を追い出そうとしてくる。
しかも他のお屋敷の人たちには聞こえないように。
小学生のいじめか!
まぁ、私は前世でも今世でも、基本的に人に貶されながら育ってるからね。
今更そんなこと言われても、痛くもかゆくもない。無視だ、無視。
でも、あの陰険家令、この前の夕食のとき、私のスープに虫とかトッピングしてくれたんだよね。
いや、虫をスープに入れた瞬間を見たわけではないから、多分そう、というレベルの話なんだけど。
あの時だけ何故か家令であるはずのおっさんがメイド見習いでしかない私にスープをよそって持ってきてくれたので、多分入れたのはあいつだと思う。
パリパリしてなかなかおいしかった。
正直、体が大量の食物を欲している現在、たとえ少量であってもこういうサービスは非常にありがたい。
勤務中でも、虫とか見つけたらとりあえずこっそり食べるようにはしているわけだしね。
あのおっさんは私のそういう所を見ていて、こっそり食事量を増やしてくれたのかもしれない。
ツンデレなのかな?
私の中でのおっさんの評価は、それでちょっと上がったけど、その後すぐに嫌味が始まったので、また下がった。
プラマイ0である。
何がしたいんだろう?あの陰険家令。
でもまぁ、そんなこんなで。
取り立てて事件なども起こらずに、時間が過ぎていったのです。
......今日、この日までは。
◇ ◇ ◇
「エミィーーーッ!今日も魔法の練習をするから、玄関に来てほしいのーーーーッ!」
恒例のサラちゃんの大声に呼ばれて、私は草むしりを中断し玄関に向かう。
お掃除、お洗濯の後は草むしり。これが私の日課だ。
とにかくファンタジー異世界の雑草は生命力が凄まじく、キレイにむしり取ったと思っても、3日もたてばすっかり元通りに生い茂っているわけだから、大変なんだ。
ちなみにむしった草は全部食べてる。
「今日こそはね、【ウォーターバレット】なんか、簡単に成功させてやるの!エミーみたいに的を吹き飛ばして、一発合格なの!」
今日もサラちゃんは元気でやる気がいっぱいだ。
この1週間、魔法は一度も成功していないのだけど、それでも腐らずに頑張る姿勢は素晴らしい。
でも、自分でやっといてなんだけど、的を吹き飛ばす必要はないと思うんだ。
あくまであれ、護身用の魔法なんでしょ?
ほら、なんか奥様の顔もひきつっている。
「ね、ね、エミー!今日、魔法の練習が終わったらね、一緒に遊んでほしいの!またお花のこととか、教えてほしいの!」
あぁ、もう練習のあとの遊びのこと考えてる......。
<この集中力のなさ。この子が魔法を発動させるうえで、一番のネックとなっている部分ですね>
なんとかしてあげられないかな~......。
あ、ちなみに、ここ数日は魔法の練習をしたあとはサラちゃんにはご褒美として私と一緒に遊ぶという時間が与えられている。
私と遊ぶことがなんでご褒美になるのかは不明なんだけど。
遊びと言われても、私、友達がいたことないから何をして良いのかよくわからないんだ。
だから大人の目の届く玄関近くの木の影に腰掛けておしゃべり(たいていはサラちゃんがずっと喋っている)をして時間を過ごすんだけど、女児の遊びってこんな感じで良いのかな?あってる?
で、たまに話を振られた時に、お花の......というか植物の話をしてあげるんだ。
私にはオマケ様の知識があるからね。それを教えてあげるの。
あれは食べられる、あれは食べられない、おいしい、おいしくない、毒がある、毒があるけど(私は)最近は食べても大丈夫になってきた、などなど......。
一緒に手近な雑草を実食しようとしたら飛んできたメイード先輩に必死で阻まれたけど。
植物ネタがなくなってきたら、今度はなんか生き物の話でもしてあげよう。
のんびり、のんびり。
私はサラちゃんと奥様の後ろを歩きながら、お屋敷裏の魔法練習場まで歩いていく。
まだまだ暖かい日差しと時折吹く涼しい風が心地よい。
ゆっくりと過ぎていく、晩夏の午後。
そんな穏やかな時間を台無しにしたのは......一枚の板だった。
「ッ!!」
私が検知したのは、ほんの小さな違和感。
普段お屋敷の中では感じない、直接的な害意。
盗賊たちの下品な、魔物たちの荒々しい、そして師匠のような美しく研ぎ澄まされたものとはまた違った、なんだかぼんやりとした、殺意。
師匠の【威圧】を受けていたからこそ感じ取れた、薄く漏れ出た魔力に込められたそれに気づき上を見上げた時。
サラちゃんに向けて、大きな屋根板が降ってきていた。
「......りゃッ!!」
まだまだ対処は可能!
すぐに地を蹴り跳びあがり、落ちてくる屋根板をつかみ取り、誰もいない方向に投げ放つ!
ビィィン!という音を立てながら、屋根板は地面に突き刺さった。
「!?」
「え、なんなの!?」
その音を聞いて、事態に気づく奥様とサラちゃん。
「......板、落ちてきた」
「まぁ......!このお屋敷も建ててからそれなりに年数も経過しています。そろそろ修繕が必要なのかもしれないわね」
奥様はそんなことを言いながら、私のほうをちらりと見遣る。
私は小さく横に首を振る。
奥様の顔が、歪む。
これは絶対に、ただの事故ではない。
私が訴えたのは、そういうこと。
勘の鋭い奥様はすぐに気づいてくれた。
「......これはすぐに、あの人とスネイゲンと一緒に、修繕計画を作らないといけないわ。サラ、今日は魔法の練習はなしよ」
「えーっ!?そんなの後で良いの!私、お外で遊びた......ごほん、魔法練習したいの!」
「ごめんなさいね、サラ。......さ、お屋敷の中に戻りますよ」
「やなのーっ!やなのーっ!!」
ごねるサラちゃんを引きずりながら、お屋敷の玄関に向かう奥様。
私はそれについていく。
追撃がないか全方位に警戒を向けていたが......結局それ以上、サラちゃんたちに対する攻撃はなかった。
◇ ◇ ◇
「せっかくだし、エミーにも見てもらおうか。これが結界石......部外者を屋敷から締め出すための、結界を発生させる魔道具だよ。“大魔導”印の、自己修復機能までついた一級品さ」
その晩、私は事件の当事者として、男爵様の執務室に呼び出されていた。
男爵様が見せてくれたのは、不思議な模様の描かれた台座の上に置かれた、水晶玉だ。
「もし、結界を破って誰かが無理やり屋敷に侵入すれば警報が鳴って、この台座の穴から部外者が侵入した時間を記した紙が出てくる仕組みだ。今回、それがなかった」
男爵様は、水晶玉を磨きながらしかめ面だ。
「まぁ、屋根の上まで結界ははられていないからね。何者かが屋根の上に潜んでいたとしても、確かにおかしくはない......。もう一度聞くけど、エミー、君は確かにあの時、何者かの殺意を感じ取ったと。そう言いたいんだね?」
こくり。私はうなづく。
「それを証明するための何かは、あるかい?」
「............」
「......すまない。意地悪な質問だったね。あくまでもそれは君の感覚。証拠なんて、あるわけがないよね」
ちょび髭をいじりながらため息をつき、何やら考え込む男爵様。
沈黙の時間が続く。
天井から部屋を照らす魔灯が、男爵様の顔に深い影を作り、その表情は読み取れない。
「......うん、わかった!いやはや、夜分に呼び立ててしまって、すまなかったねエミー!もう部屋に戻って良いよ」
しばらくして、そう言いながら顔を上げた男爵様はにっこり笑顔だったが、あれは作り笑顔だ。私にもわかる。
執務室を退室し、自室に向かいながらあれやこれやと考える。
<今回の事件、不可解な点があります>
オマケ様が語り始める。
<私が気になるのは、犯人は何故屋根板を凶器に選んだのか、ということですね>
うん......そうなんだよね、オマケ様......。
もし暗殺者みたいな職種の人がサラちゃんたちを襲おうと思ったら、例えば投げナイフとか、もっと使いやすい武器ってあると思うんだよね。
屋根板なんて、投げてもあたるかどうかわからないようなもの、なんで凶器に選んだんだろう?
<事故を装おうとした、としか考えらえませんね>
うーん......むむむ、確かにそう。
ぶっちゃけ、もし私がいなければ、私が殺気がどうのこうのと主張しなければ、今回の件はただの事故として処理されていた可能性が高い。
だけどさぁ......。
<今更事故を装う、その必要はありませんよね?>
そう!普通に考えたらそうなんだよ!
前にサラちゃんたちを襲った刺客は、盗賊たちだった。
隠す気のない、あけすけの害意がそこにはあった。
既にサラちゃんたちが狙われていることは明白である以上、今回の事件も事故を装う必要なんか、ないような気がするんだよ。
なのに、今回の事件において犯人は隠蔽を行おうとしている。
なんか、どうも、ちぐはぐなんだよねぇ。
<可能性は、色々考えられますよ?>
例えば?
<仮説その1。前回の馬車襲撃の黒幕と、今回の屋根板落としの犯人は全く無関係の別人。だから手口が異なる>
うーん、そんなことありえる?
1週間男爵家の皆さんと一緒に過ごしてみたけどさ、彼ら凄く善良な人たちだよ?
恨みつらみなんか、他人に向けられるような人たちじゃないんだよ。
それなのに、全く関係ない複数の犯人から命を狙われるなんて、あり得ないでしょ?
<仮説その2。前回と今回、事件の黒幕は同じだが、実行犯が違う。だから手口が異なる>
あぁー、そっちのほうがしっくりくるかな?
<ただですよ、エミー......これ、仮説1でも仮説2でも問題となるのは、何故実行犯は、事件を事故に見せかけたかったのかっていう理由です>
......事故に見せかければ、自分へ疑いの目を、向けられないから?
<そう考えるのが、一番自然ですよね?つまり、今回の屋根板落としの犯人は、自分が犯人であるとばれたくはない人物です>
えぇ?自分が犯人だって、ばれて嬉しい人なんかいないでしょ?
<例えば、金で雇われた第三者であれば、犯行後逃げれば良いだけなので、そもそも犯行の隠蔽は行いません。この前の盗賊たちが良い例です>
......なるほど?
<つまり、今回の事件の犯人は、犯行後もお屋敷に留まる必要のある人物>
お屋敷に、留まる......?
ちょ、ちょっとまってよオマケ様!
それって、つまり......!
<つまり犯人は、お屋敷で生活している誰か。そういうことに、なりますね>
........................。
気づけばお外は、星一つ見えない曇り空。
にわかに吹き始めた風がお屋敷の壁にあたり、窓をがたがたと揺らす。
ぽつり、ぽつりと吹きつけられた雨粒が、屋根を打つ音も響き始めた。
えっと......。
なんか、その......こう......。
不穏になって、まいりました......!




