55 剣と魔法の世界における効果的な体の洗い方
慌ただしく一日は過ぎ去り、メイド見習いとしての勤務初日は無事終了した。
現在、夜です。
私が今いるのは、魔灯でぼんやりと照らされた薄暗い室内。
四角い箱に張られたお湯からはもくもくと湯気がたち、室内の湿度と温度をあげている。
体を洗った私は裸のままその箱の中に座り、その身をお湯に浸す。
そう、つまりお風呂だ。
私はお風呂に入っているのだ。
肩まで暖かなお湯につかり、一日の疲れを癒す。
<はぁ~~~......最高ですねぇ~~~......>
オマケ様も気持ちよさのあまり、すっかりとろけていらっしゃる。
メイード先輩によって磨き上げられた浴室内はカビの臭い一つせず、非常に快適だ。
この国(テーニディース国というらしい)には風呂文化がある。
サラー男爵家にも当然のように風呂があり、その風呂には使用人たちも入ることができる。
何でも、『みすぼらしい不衛生な身なりで奥様に仕えるなど、まかりならん!』と、あの目つきの悪い家令が強く主張したそうな。
それがこの国において常識的な考え方なのかどうかはよくわからないけど、よくぞ言ってくれた!
『奥様に仕える』ってあたり、なんかちょっと主張がおかしいけどな!
家令としては、そこは『旦那様に仕える』じゃないのかね?
まぁ、いいや。
さてさて、十分に温まったので、ザバザバと湯船からあがる。
<あぁ~~~......エミー、も、もう少し......>
だめですよ、オマケ様。
長湯してるとのぼせちゃうんだから。
というか、ですね。
私、メイード先輩の技を見てから、一つ試してみたいことがあったんだよね。
それに挑戦してみるんだ。
「............」
深く息を吸ってから、集中する。
まずは試しに、左腕に魔力を通す。
ふふふ、【身体強化】をしようというのでは、ないよ?
私がこれから試す魔力操作は、【剥離】だ。
集中、集中。
集中して、左腕の皮膚についた、ゴミやらアカやらを意識する。
石鹸で洗ったくらいでは落とすことのできなかった、長年に渡る野山での生活で体にこびりついてしまった汚れを、皮膚から浮かびあがらせる。
そう、意識する。
「............」
十分に魔力操作を行ってから、優しくタオルで左腕をなでる。
すると......おぉ、予想通りだ!
<う、うわぁ、凄いですね、エミー!皮膚に染みついた汚れが根こそぎ取れましたよ!>
実験は成功!
私は体の汚れを【剥離】し、キレイに磨くことに成功したのだ!
<これは大変に便利な技術を習得しましたね、エミー。今後旅先で水浴びするときも、この【剥離】さえあれば石鹸いらずじゃないですか!>
えへへ、そうだねぇ、オマケ様!
私は輝くように白く美しくなった左腕を魔灯に照らし、悦に浸る。
どうせなら髪の毛から足の指先に至るまで、全部磨きに磨いてやるぞ!
既に磨いた左腕からは、空気に触れて少しぴりりとする感覚がある。
これ、あんまやりすぎるとヒリヒリ痛くなるね。
【剥離】の加減に注意を払いつつ、丁寧に時間をかけて全身をキレイにしていく......。
◇ ◇ ◇
「ねぇメイード、エミーはまだお風呂からあがらないの?」
女の子のお風呂は長い。
日本のみならず、この異世界に存在する国テーニディースにおいてもそれは共通した認識だ。
しかし、それにしても、長すぎる。
エミーが風呂場に向かってから、既に3時間は経っている。
彼女は一番下っ端であり、風呂の順番も一番最後だ。
だから、他の人たちのことは気にせず、ゆっくりとお風呂につかるように。
そうやって指示したのは、彼女が風呂からあがることをずっと待っているサラ自身だ。
「もしかしたら、湯船で溺れているのかもしれないの!大変なの!すぐに助けに行くの!」
万が一の危険に思い至ったサラは、自分が様子を見に行くからとなだめてくるメイードを振り切り、自室を飛び出し、全速力で風呂場に向かった。
「エミーッ!大丈夫なのッ!?」
サラはノックもせずに思い切り浴室の扉をあけ放った!
もわりと暖かい浴室内の空気が外に流れ出し、湯気でいったんサラの視界は遮られる。
「わっぷ、エミ......」
湯気を振り払い、浴室内をのぞき込んだサラの瞳に飛び込んできたのは......ちょうど全身を磨き終え、風呂場からあがろうとするエミーの姿だった。
特に何も問題はなかった。
エミーは溺れてなどいなかった。
ただ、体を磨くのに時間をかけすぎた。
それだけだった。
本来であれば、ここでサラが感じるであろう感情は、安堵。
ほっとして、「な~んだ、大丈夫だったの!溺れているかと思って心配したの!」だのなんだの言って、自室に引き返す。
いつものサラであれば、そのように行動したはずだ。
「エ......エミー......」
「............?」
しかしサラは、ただただ、そこに立ちすくんでしまっていた。
何故なら、目の前でたたずむメイド見習いの少女は、あまりにも美しかったから。
艶々と輝く黒髪、そして深い深い黒い瞳。
それとはまるで真逆の、美しく輝く白い肌。
まるで人形のように整ったその顔立ち。その肢体。
幸か不幸か、サラは黒髪黒目の呪い子に対する偏見をほとんど持っていなかった。
故に、エミーの美しさを素直に認識することができた。
エミーは美しかった。
サラがこれまで出会ってきた誰よりも美しかった。
多分、これから出会う誰よりも美しいと思った。
「............お嬢、様?」
呆然と立ちすくむサラへ、エミーが声をかける。
そこでようやく、サラは正気を取り戻した。
「エ、エミー!お風呂、な、長すぎなの!溺れたかと思ったの!心配したの!でも無事で良かったの!私、お喋りしようと待ってたの!でも、もう今日は遅いの!だから私はもう寝るの!寝ないとお母様に怒られちゃうの!おやすみなさい、エミー!」
顔を真っ赤にしながら一息で言いたいことを言って、首をかしげるエミーをそのままに、サラは浴室を飛び出していった。
自室に駆け戻ってきたサラは待機していたメイードを部屋から押し出し、乱暴に扉を閉め、ベッドに潜り込んだ。
サラは混乱していた。
サラとエミーは同性である。
この時サラの胸の内で暴れくるっていたのは、決して恋慕や情欲、そういった類の感情ではない。
言葉にならない衝撃。
そうとしか、言いようのないものだった。
ただただ、美しいものをその瞳におさめた、それだけで生じた衝撃が、サラの心をかき乱し続けた。
ぎゅっと瞼を閉じる。
しかしながら、網膜に焼き付いたかのように、美しい少女の姿はいつまでもサラの頭から離れることはなかった。
エミーは、無自覚に。
サラの心の、魂の深い深い部分に、己の存在を打ち込んだ。
楔のように。
エミーちゃん、いつも自分のこと美少女だ美少女だと言うけど、マジで美少女だったんだね!




