53 メイード先輩の心の中
こ、こんにちは。私、メイードです。
サラー男爵家に幼いころから奉公にでておりまして、10年ほどメイドとして働いております。
年老いた先輩メイドが亡くなってからここ数年間は、私と同じ使用人であるモーブおじさんと一緒に二人でお屋敷の雑事を様々にこなしてまいりました。
そんな私に、この度後輩ができました。
彼女の名前は、エミー。
黒髪黒目の、呪い子。
彼女との出会いはあまりにも衝撃的で、私は生涯あの時のことを忘れることはできないでしょう。
奥様、そしてお嬢様のおともとして、お隣の領地を治める子爵夫人様にお嬢様の入学前のご挨拶にお伺いした帰り......私たちは野蛮な盗賊たちの襲撃に見舞われました。
時間を稼ごうとする奥様の奮闘むなしく、盗賊の凶刃がお嬢様に迫ったその時、エミーは現れました。
私はすっかり怯え、混乱していて、彼女が一体何をどうしたのか全く理解できませんでした。
しかし、はっきりとわかる確かな事実、それは。
彼女が盗賊たちのほとんどを殺し、私たちを救ってくれたということ。
だというのに。
私は彼女のことを、とても好ましくは思えません。
彼女は悍ましい見た目の呪い子。
......そして......いや、そんなことよりも。
彼女は人殺しです。
今でも脳裏に焼き付いています。
盗賊たちの頭がはじけとぶ音が。
彼女が無表情に、眉一つ動かすことなく、盗賊たちを殺していく様が。
恐ろしい。
私は彼女が、恐ろしいのです。
明らかに盗賊である彼らを討伐すること。
実はそれは、国の法を犯す行為ではありません。
そうでなければ、冒険者の皆さんは多くが犯罪者です。
でも。
私たちを助けるためにやったこと。
法を犯しているわけでもない。
そうだとしても。
得体のしれない力を持った、感情の読めない人殺しのことを。
私は到底受け入れることはできませんでした。
◇ ◇ ◇
そんな人殺しが一月の間とはいえ、私の後輩としてお屋敷に務めることになる。
そう旦那様から伝えられたのは、私がエミーと出会った翌朝のことでした。
......めまいがして、倒れそうになりました。
そして旦那様の正気を疑いました。
旦那様は常日頃からご自分のことを貧乏貴族、貧乏貴族と自嘲されていますが、失礼ながらそれは事実です。
しかし、そんな貧乏貴族でありただの地方役人に過ぎない旦那様だとしても、黒髪黒目の呪い子をお雇いになったという事実がもし他のお貴族様に知られたら。
......お立場が危うくなりは、しないのでしょうか。
法で定められているわけでもないし、神の教えに記されているわけでもありませんが。
一月とは言え、呪い子をそばに置く。
それがいかほどの醜聞足りうるかということは、旦那様も良くおわかりになっていらっしゃるでしょうに......。
しかし、私は一使用人。
旦那様の決定に、何かご意見差し上げることのできる立場にはありません。
やれと言われればやるしかない。
やるしかないのです。
怖いけど。
私がまず初めにエミーにやらせた仕事は、床のふき掃除でした。
突然ですが、私はお掃除が大の得意です。
だからこそ、6人いた兄妹の中で私だけが、お屋敷でご奉公させていただいていると言っても過言ではありません。
故に、素人のエミーと私とでは、お掃除のスピードに差がでるのは当然のことでした。
私がおおよそ二階廊下のふき掃除を終えた頃、エミーはまだ掃除を始めた場所からほとんど進んでおらず、そこでまごまごとしておりました。
これは、チャンスだと思いました。
エミーにはそのあたりのふき掃除をまかせ、自分は一階の掃除をしてしまおう。
そうすれば、あの不気味な子と距離を置くことができる。
そう、しようと、思ったんですが......。
それは瞬きする間に私との距離をつめ、私の手をつかんだエミーによって、阻まれてしまいました。
「先輩、お掃除すごい。はやい。きれい。やり方、教えてください」
そう言って彼女は、何も感情の読み取れない、深く黒い闇のようなその瞳に私を映します。
......蛇に睨まれた蛙......そんな言い回しを聞いたことがありますが、その時の私はまさしくそれでした。
この子は、その気になれば、いとも容易く私の手を握りつぶすことができるのでしょう。
私の体を真っ二つに裂いてしまうことだって......頭をはじきとばしてしまうことだって、できてしまうのでしょう。
あの盗賊たちのように。
断ることなどできません。
とはいえ、です。
やり方を教えると言っても、私は何も特別なことはしていないのです。
ただ、お掃除に慣れているだけ。慣れているから、早いのです。
とりあえず、彼女の目の前でお手本を見せてあげることにしました。
私としては、彼女の不興を買わないか、戦々恐々としています。
情けなくも、恐ろしくて恐ろしくて、泣きながら床をふきました。
......先輩であるはずの私が泣きながら床の雑巾がけをする。
なんだか、立ち位置が逆のような気もしますが、相手がこの恐ろしい呪い子ですので、仕方ありません。
「......先輩のお掃除は、魔法」
とりあえずエミーが残していた部分を磨き振り返った私に、彼女はそう言いました。
これは、おそらく比喩表現なのでしょう。
彼女の言葉は断片的でたまに語順もおかしく、理解しづらいのです。
魔法のようにきれいにお掃除できたと、彼女はそう言いたいのでしょう。
「まぁ......ほめてくれたのなら、ありがとう」
そう言って、私はなんとか笑顔を作ります。
とりあえず彼女は満足してくれたようです。
これで、二階廊下のふき掃除は終わってしまいました。
エミーには一人でこの廊下をずっと磨いていてほしかったところですが、しょうがありません。
二人で一階の掃除を行います。
驚くべきことに、エミーは一度私の掃除を見ただけで、その技術が急激に向上していました。
少し雑な部分もありますが、それでも新人の仕事として考えれば十分なものです。
恐ろしい。悍ましい。
そんな呪い子ではありますが、この子がいれば、仕事は早く終わる。
それは、間違いないようです。
そんなことを考えていたら。
気づいたら、エミーがいない。
どこに行ったのか、あたりを見回してみると。
エミーは、まるで黒い虫か何かのように天井にへばりつき、そこの掃除をしていました。
いや......確かにそこ、私もキレイにしたかったけど。
でも高いところだから手も届かず、どうしようか困っていたところではあるけど。
なにそれ?
どういうこと?
なんで天井に......逆さまに立てるの?
意味が、わからない。
やっぱりあの子、怖い......。




