50 大人たちの会話
あっという間に寝付いてしまった黒髪黒目の少女に毛布をかけ、マーツ男爵は静かに部屋を出た。
一応は貴族に類されるサラー男爵家ではあるが、それほど裕福なわけではない。
廊下に魔灯が備え付けられているわけでもないので、薄暗い廊下を携帯型の魔灯を片手に執務室へと向かう。
「いやぁ、よっぽど疲れていたんだねぇ。部屋に入るなりベッドに飛び込んで、あっという間に寝てしまったよ」
執務室に入るなり、男爵はそこで待っていた2人の男女に声をかける。
1人はイーマ夫人。
そしてもう1人の男は、マーツ男爵家の家令、スネイゲン。
背が高く、目つきの悪い男である。
「あっという間に盗賊たちを殲滅......戦闘力で言うなら最低でも2級冒険者相当といったところだが、あの様子からそんな強さは全く想像もできないよねぇ。ただの子どもにしか見えないよ」
自席に深く腰かけ背もたれに身を委ねたマーツ男爵は、妻イーマの傍らにたたずむ長身の家令に目を向ける。
「で、だ。君は彼女のこと、どう思った?スネイゲン」
「不吉、不潔、不快な呪い子です。明日、日が昇ればすぐに、家を追い出してしまうのが良いでしょう」
話を振られた家令は、不機嫌な表情を隠そうともせずにそう言い放つ。
「あのような黒髪黒目がイーマ様と同じ空気を吸っていること自体が我慢なりませんね。本来即刻斬り捨ててしかるべきところを、一晩の食事と宿すら与えた。下賤な輩には過ぎた恩賞です」
「おいおい、仮にも恩人に向かって、その言い様はないだろう?」
「いいえ、呪い子と口をきく、ただそれだけでイーマ様の体面に傷がつくのです。許せる存在ではありません。大体、なんですか、彼女の話は。私も後ろで侍り聞いておりましたが、森で過ごしていた?虫だのなんだのを食べて飢えを凌いだ?そんな生活を生き抜ける子どもがいるわけないでしょう。荒唐無稽です。来歴が不明瞭で怪しい、しかも呪い子。そんなものを、イーマ様にこれ以上近づけるわけにはまいりません!」
「スネイゲン!」
熱くなり、声が大きくなり始めた家令を、イーマがたしなめる。
スネイゲンは頭を下げ、口をへの字に結んだ。
彼はもともと、イーマがマーツと結ばれるにあたり、ただ一人伯爵家を離れイーマについてきた使用人である。
その忠誠はサラー男爵家というよりも、イーマ男爵夫人に向けられている節があるのだ。
仕事はできるが、色々と問題もある男。それがスネイゲンである。
「イーマ、君は彼女のこと、どう思うかね?」
続いて夫に問いかけられた夫人は、少し考えてから口を開く。
「えぇと、スネイゲンの言う通り、来歴が不明瞭、それは確かにその通りですね。でもそれは、彼女が何かを隠そうとして嘘をついてるとか、そういうことじゃないと思うの」
夫人の意見に、男爵も頷く。
「彼女はどうも、喋るのが苦手なようだからね」
エミーとしては、転生のこと以外は隠し立てすることなく全てを語ったつもりでいたのだが、その実彼女の説明は男爵たちにはあまり伝わっていなかった。
彼女は言葉少なく、話の内容は断片的であちこちに飛ぶものだから、非常に理解しにくかったのだ。
「彼女がどこかの間者で、嘘をついて私たちを陥れようとしているとか、そういうことはあり得ないわね」
「そもそもうちのような貧乏男爵家を陥れても、何の利益もないだろうしねぇ」
「旦那様。旦那様が当家を貧乏と称されますのはいかがなものでしょう。当家が貧しいとすれば、それはすなわち旦那様の才覚の問題です。それを恥ずかしげもなくお認めになるなど、あなたの当主としての資質を疑います」
「スネイゲン、ちょっと黙ってね」
「イーマ様のお望みとあらば」
「......話を戻そうか」
マーツ男爵はコホンと咳払いをし、話を仕切りなおす。
「で、だ、イーマ。君は彼女の性格について、どう思うかね?」
夫の口から出たこの質問に、イーマは少し眉間に皺を寄せ、何かを言おうとして......その言葉を飲み込み、次のように回答した。
「よくわからないわね。無表情で無口。人と接する機会が少なかったからなのか、感情の起伏も少ないように見えるわ。それこそ、盗賊とはいえ、人を殺してもなんとも思わないくらいには」
「それは......冒険者をやるなら、必要な資質だね」
「物は言いようよね。......あなた、私はね......あの子には、盗賊から救ってもらって、感謝はしているのよ。......でもね」
夫人は少し震えながら言葉を続ける。
「私は............少し怖いわ。あの子のこと。......得体が知れないもの」
「ならば、即刻追い出しましょう!朝を待つ必要もありません!」
「スネイゲン、静かに」
「少し、怖い......か」
机に肘を乗せ、頬杖をつくマーツ男爵。
彼が今何を考えているか。
結ばれて何年も共に生きてきたイーマだ、そんなことはお見通しである。
自分を慮り、その考えを口にできないことも。
故に、ため息をつきながら次に執務室の沈黙を破ったのは、イーマであった。
「サラとは............仲良くやれる、のではないかしら?」
「......そうかな」
「えぇ、あの子......かなり図太いもの。それこそ、心配になるくらい細かいことを気にしない性格だもの」
イーマは苦笑しながら続ける。
「これまでサラには同年代のお友達もいなかったことだし......学園に入学するまでの1か月くらいなら、良いのではないかしら」
「......お待ちください。何の話をしていらっしゃるのか......」
家令は困惑していた。夫婦の会話についていけない。
「スネイゲン、今回の事件、盗賊たちは明らかにイーマやサラがサラー男爵家の者と理解していた」
「はい」
「つまり、サラー男爵家は狙われているということだ。理由はわからんがね」
「はい」
「私は、我が愛する妻と娘の安全を守る必要がある。そうだね?」
「もちろんでございます!」
「では、これから一月の間、冒険者に護衛を依頼するだけの金銭的余裕が、我が男爵家にはあるかね?」
「......ございません」
「では、住み込みのメイド見習いを雇うのならば?」
「?......それでしたら......」
可能である、そう答えようとして、さすがに家令も男爵が言わんとしていることを理解した。
「旦那様、それはおやめください!」
「おや、何故かね?」
「あの子どもは、身元もわからぬ浮浪児ですよ!?」
「だが、強い。安く雇えて強いのだから、最高じゃないか?」
「しかし、呪い子です!そんな子どもを家に置いておけば、どのような災いがふりかかるか......!」
「イーマも良いと言っているよ?」
「うぐ......」
これを言われてしまうと、この家令は反論できない。
「スネイゲン、私はもう決めたよ。これから、サラが学園に入学するまでの間、彼女を......エミーを、メイド見習い兼護衛として我が男爵家で雇用しよう。明日の朝食後、彼女を執務室まで案内してくれたまえ」




