47 “馬車襲撃”~メグザムとイーマの視点から~
メグザム盗賊団の活動は、ここのところ大変に順調だった。
彼らは1年ほど前、フェノベン村とかいう田舎集落の襲撃に失敗し、さらにはその後森の中で謎の浮浪児を取り逃がし、手下2名の片目を失った。
踏んだり蹴ったりだった。
しかしながら、普通の盗賊団であれば壊滅してもおかしくはないその状況を、お頭のメグザムは手下どもを引き付けてやまない暴力コミュニケーションでもって乗り越えたのだ。
まずは個人で移動する零細な行商人を襲い、手下2人に自信をつけさせ、その後は護衛が弱そうな小規模商隊を狙っては襲撃を繰り返した。
そうして積み上げてきた数々の成功体験は、手下2人に盗賊としての成長を促した。
それだけではない。
メグザム盗賊団の噂を聞きつけ、近隣のどうしようもないゴロツキどもが、メグザムのもとに集い始めたのだ。
レイブレイク国から街道沿いに、霊峰ザハヌを避ける形で西に進んでいった彼らメグザム盗賊団は、テーニディース国に入ったころにはその規模を10人にまで増やしていた。
そんな時だった。
街道から少し離れた名もなき森の中で野営する彼らのもとに、長身の、フードで顔を隠した謎の男が現れたのは。
突然の来訪者に思わず殺気立つメグザムたちだったが、その男から渡されたずっしりと重い袋の中身を見て、あっという間にその態度を軟化させた。
その袋には金がつまっていた。
ぎっしりと。
正体を隠したその男が言うには、その金は前金であるということだった。
前金。
メグザムたちがもしその男の依頼を受け、完遂してくれたならば、その男はさらに10倍の金を支払うということを約束してくれた。
その依頼とは、とある貧乏男爵家への襲撃である。
男爵本人を狙えというものではない。
その男爵家の一人娘を襲え。
殺そうが捕まえて売り払おうがどうでも良いが、とにかくターゲットは男爵家の娘である。
その長身の男は、しつこいほどに何度も依頼を念押しして、どこかに消え去った。
(何があったかは知らんが、その男爵様、相当恨まれてるな。大事な大事な一人娘を狙えってか)
そんなことがちらりと頭によぎりはしたメグザムだが、まぁ、粗暴な彼にとっては、他人の事情なんぞには微塵も興味がわかない。
大事なのは、ろくな護衛も雇えそうにない貧乏男爵家の娘を襲うだけで、大量の金を獲得できるというその一点であった。
もちろんその依頼を、受けないという手はなかった。
さっそくメグザムたちは仕事の準備を始めた。
念には念を入れ、手下としてメグザムのもとにはせ参じた冒険者崩れのゴロツキを冒険者ギルド経由で馬車の護衛としてもぐりこませたので、この時点で男爵家の馬車を守るものは何もない。
そのあたりの準備があまりにもスムーズに進んだのは、おそらく依頼人が裏で手をまわしたからだろうとメグザムは思った。
なにせ、あれだけの量の金をぽんと渡せるほどの力の持ち主だ。
この程度の工作は造作もないのだろう。
そう思って、深く考えはしなかった。
盗賊団の中では賢いほうのメグザムだが、その考え方は刹那的で思慮は浅い。
細かいことは気にしないのだ。
かくして、サラー男爵家への襲撃は実行された。
突然裏切り襲いかかってきた護衛役のゴロツキによって御者はあっという間に打ち倒され、残るは馬車の中の女3人。
もはや、大量の金は目前。
依頼は達成したも同然だった。
あの忌々しい、いつぞやの浮浪児さえ、現れなければ。
◇ ◇ ◇
パァンッ!!!
そんな音を響かせながらハーゲンの頭がはじけ飛んだ時点で、メグザムはこの仕事の失敗を悟った。
見切りの速さ。損切りの的確さ。
メグザムを盗賊団の頭たらしめてきた能力の一つである。
「なッ!?」
「なんだなんだ!?」
「魔法使いか!?」
多くの手下どもが慌てふためく中、メグザムは古参である眼帯をつけた2人、アンダーとタッパにのみ目配せをし、徐々に後退をはじめた。
何しろ、攻撃の正体がわからない。
考察も許されぬまま、さらに追加で2人の手下の頭がはじけ飛んだ。
そんな、そんな恐ろしいことができる敵の相手をするなど割に合わない。
報酬の金など、どうでも良い。
命あっての物種だ。
じり、じりと後ずさっていく。
「おいおいおい!?なんだこれ!?」
「どうなってる!?何が起きてるんだよぉ!?」
「で、出てこい魔法使い野郎!隠れてこそこそしやがって!卑怯者め!!」
ただただ右往左往するしかない最近加入した手下どもは、捨て駒とすることに決めた。
少しずつ、少しずつ、捨て駒たちには気づかれないよう移動を続け、身を隠すことができる森まで、あと少し。
そこまで来て。
それまで姿を見せなかった敵が、馬車を挟んでメグザムたちからちょうど反対側の森の中から、茂みを揺らして現れたのだ。
その姿を見て。
メグザムも、アンダーも、タッパも、呆然とせざるを得なかった。
何故ならそれは。
その少女は。
1年前、彼らを出し抜いて逃げ出した、黒髪黒目の浮浪児だったのだから。
しかしながら、その小さな体から迸る殺気、威圧感は、1年前とは比べ物にならない。
バケモノだ。
端的にメグザムはそう思った。
この1年で。
たった1年で。
何があったのかしらんが。
あの浮浪児は、バケモノになっていた。
今の自分たちでは、たちうちができないほどの、バケモノになっていた。
「あ......あぁ!?」
「ガキ......だと......!?」
無表情のまま、ころころと手のひらの上で小石を転がしている少女の姿に、手下どもは困惑する。
その姿は、姿だけをみるなら、それはあまりにか弱そうな少女であるから。
そのか弱い小さな姿と、その身から発せられる強烈な威圧感が、どうしても頭の中で結びつかず混乱する。
一方で、メグザムはすぐに正気に戻り、自分が生き残るための行動を開始した。
“自分が”生き残るための指示をだした。
「おいッ!てめぇら、何ぼうっとしてやがる!そんなガキにびびってんじゃねぇ!囲んで殺せッ!!」
「「「へ、へいッ!!!」」」
捨て駒たちが少女に飛びかかっていく後姿を確認してから、メグザム、アンダー、タッパは森の茂みに飛び込み、全速力で逃亡を開始した。
置いていった手下どもは、時間稼ぎだ。
彼らの末路など、気にしている余裕はなかった。
◇ ◇ ◇
貧乏貴族、サラー男爵夫人のイーマは、目の前で繰り広げられる光景に、ただただ呆然としていた。
あまりに衝撃が大きかったためか、体がふわふわする。
夢の中にいるみたいだ。
まるで現実感がない。
「おいッ!てめぇら、何ぼうっとしてやがる!そんなガキにびびってんじゃねぇ!囲んで殺せッ!!」
「「「へ、へいッ!!!」」」
盗賊のお頭の怒声を受け、手下どもが少女に襲いかかっていく。
しかし少女には、全く慌てる様子もない。
無表情のまま、手のひらの上で弄んでいた小石を投げる。
投げた、んだと思う。
速すぎて、イーマの目にはその動きを捕えきれなかったが。
すると、先ほどから何度も響いているパァンという音が鳴り、先頭を走っていた盗賊の頭がはじけ飛んだ。
結論から言うと、その後に起こった戦闘は一瞬で片がついた。
いや、それは“戦闘”と言うべき代物ではなかった。
“蹂躙”あるいは“虐殺”。
そう呼ぶのがふさわしかった。
少女に襲いかかった盗賊は4人。
そのうち先頭の1人の頭がはじけ飛ぶや否や、少女は素早く左右の手で地面を抉り取り、右、左と順番に土くれを投げ放つ。
それだけで後続の2人の盗賊たちの頭は、考える暇すら与えられずにはじけ飛んだ。
残る最後の1人は、前を走っていた3人の犠牲のおかげで、頭を割られることなく少女に接近することには成功していた。
近づくことができた。
しかし彼にできたのは、それだけだった。
彼が頭上に構えた大鉈を少女に振り下ろそうと、さらに一歩踏み込んだ、その刹那。
少女は右手指先をピンと伸ばし、斬りつけるかのようにそれを盗賊に向けて振り上げた。
それだけで少女の右手はまるで鋭い剣のように盗賊の体を2つに分け、軽々とその命を絶つ。
◇ ◇ ◇
動くものは、もはや何もなかった。
じりじりと照り付ける太陽があたりに広がる赤黒い水たまりを温め、嫌な臭いを生じさせている。
少女はいなくなった残りの盗賊たちを探していたのか、しばらく森の方を黙って眺めていたが、やがて一つため息をついてからイーマに顔を向けた。
「ひっ......!」
その少女は、イーマたちを危機から救ってくれた恩人である。
だが、いかにイーマが気丈な女性であったとしても、彼女は戦闘職ではない。男爵夫人だ。
......目の前であれほどの惨劇を引き起こした少女。
しかもその形は、“呪い子”として忌み嫌われる、悍ましい黒髪黒目だ。
イーマが思わず息をのみ後ずさってしまったことを、責めるのは酷だろう。
しかし少女は、そんなイーマの怯えなど意にも介さず、とことこと近づいてくる。
無表情なその顔からは何ら感情を読み取ることはできず、その黒い瞳の中にはどこまでも深い闇が広がっている。
ふと、イーマに芽生える疑念。
この少女は、私たちを助けてくれた。
先程まではそう思っていた。
何故なら、この少女はまず真っ先に、私たちに乱暴を働いていた盗賊たちを殺したから。
そして盗賊だけを殺し、今に至るまで、私たちに危害を加えていないから。
でも。
それが、もし、この少女の気まぐれでしかないのだとしたら?
この少女が、この少女の形をしたバケモノが、殺戮を好む人型の魔物なのだとしたら?
一歩、一歩、少女が近づくにつれ膨らむ疑念はイーマの恐怖を増大させ、呼吸は荒くなり、汗が吹き出し......。
思わず叫びだし、なりふりかまわず逃げ出してしまいそうになる、その直前。
これまで黙っていた少女が、初めて口を開いた。
イーマに向けて、言葉を発したのだ。
「......おなか、すいた」
それは、汚れと返り血にまみれていなければ、あまりにもその幼い見た目相応の、一言。
かわいらしい声だった。




