42 【神々のお話②】死神アロゴロス
生活感を感じない室内である。
床には安っぽい青のカーペットが敷かれ、壁紙の色は灰色。
いくつか並んでいる白く塗られた無難な木棚の中には、この部屋の主の数少ない私物が納められている。
「なんで、こうなった......」
冥府に用意された自室にて職場から貰ってきた中古のオフィスチェアに深く腰かけながら、死神アロゴロスは頭を抱えていた。
彼の目の前に浮かんでいるディスプレイに映し出されているのは、下界の様子を記録した映像である。
死神アロゴロス。
紫色の瞳を持つ、死の運び手。
生者が決して逃れられることのできぬ、死の象徴。
生きとし生けるものたちからはそう呼ばれ恐れられているアロゴロスだが、その実態は冥府神アサヴァに仕える下級神であり、使いっ走りである。
その見た目は、こざっぱりとしていて清潔な、しかし凡庸な見た目の30代男性。
彼の個性と言えば紫色に輝くその瞳だが、それも他の神々に囲まれればあっという間に埋没してしまう。
“死神”という単語から連想されるおどろおどろしいイメージとは裏腹に、見た目も性格も地味。
それがアロゴロスという神である。
さて、そんな死神アロゴロスだが、彼は今、絶賛大困惑中であった。
クセのある髪の毛をさらにくしゃくしゃにしながら頭を掻きむしり、叫ぶ。
「まずい......まずいぞ、これ!物語が始まる前に、その根幹が破綻しているじゃないか!」
......そう、彼はこれから異世界転生配信を撮影する予定であった。
タイトルは、『殺戮の巫女』。
カルトな暗殺教団に捕らわれた少女が、師と出会い、成長し、数々の強敵を打ち倒し運命を切り拓いていくダークでバトル満載のストーリー......。
それが彼の用意したシナリオであった。
そのための準備として、死神としての権能を使い、なんとか物語がシナリオ通り進行するように人々の運命を整えた。
60,000マナという下級神としては決して少なくはない額のマナを払い、物語の主役となる地球人......“中安美咲”の魂を競り落とし、加護を与えて転生させた。
もはや準備は万端。
あとは、物語を始め、成り行きを撮影するのみ。
そのはずであった。
......が、しかし!
「なんで......なんで“アーシュゴーの死神”が殺されてるんだよぉ!?」
“アーシュゴーの死神”は一線を退いてはいるが世界最高峰の暗殺者であった。
アロゴロスと同じ“死神”という二つ名を冠しており、その寡黙な人柄をアロゴロスは大変好ましく思っていた。
神託に関する感受性が低いことから実現はしなかったが、できることなら彼を自らの使徒としたいと、常々思っていたほどだ。
「しかも!しかも殺したのが、よりによってダハチエかよぉ......!」
一方でアロゴロスは、実際に使徒として神託を授け、下界における自らの手足として使ってきたダハチエのことは、あまり好きではなかった。
ダハチエは命じた仕事は喜んでこなす、その点では非常に使いやすい優秀な使徒であった。
しかしながら彼は、初めて神託を与えたあの夜から、どこか様子がおかしかった。
妄想にまみれた教義を作り上げて恐怖のカルト教団を結成したり、「尊き神アロゴロス様に魂を捧げる」などわけのわからない祝詞をあげながら儀式を行って人を殺したり......。
おかげで、下級神の集まりなどでは、アロゴロスはいつも
「尊き神www」とか
「『紫ノ二ツ輪』www」とか言って他の連中にいじられ、非常に居心地が悪かったのだ。
そもそもアロゴロスは人間の魂を欲しているわけではないのだ。
彼の死神としての仕事は、死者の魂が悪霊にならないよう素早く回収し、冥府に連れてくること。
というか、その仕事も今となってはほとんどが自動化されており、彼の主な仕事は魂回収システムの管理である。
よっぽどの外法を用いて、魂や輪廻の流れに悪影響を及ぼしている人物がいれば使徒に命じて排除するが、それはあくまでイレギュラーへの対処であって本来の仕事ではないのだ。
「おかしいなぁ......前に運命の確認をした時点では、“アーシュゴーの死神”はダハチエに言われるまま、『紫ノ二ツ輪』についていくはずだったのに......」
“運命の確認”とは、すなわち対象の個性、行動履歴、周囲との関係性など様々な因果からはじきだされる未来予測であり、膨大な演算能力が必要となる神がかった技術である。
アロゴロスは死神であり業務に必要なので、冥府神アサヴァの許可をとったうえで、500年前にセミナーを受講しこれを会得していた。
とにかく、転生配信の準備を始める前に確認した“アーシュゴーの死神”の運命は大きくねじまがり、その人生を終わらせることとなった。
その原因は、彼の死をみとった黒髪黒目の少女であることは間違いない。
以前運命を視た時には、こんな少女はどこにもいなかったのだから。
「どこから湧いて出てきたんだこの子......。あるんだよなぁ、たまにこういうことが......」
神々の未来予測とはいえ、あくまでも当時の状況をもとに演算に演算を重ね、限りなく正確な予測を算出しているだけにすぎない。
当然、よくわからないイレギュラーが紛れ込み、予想だにしない結果を生み出すことはあるのだ。
“アーシュゴーの死神”は生きる目的を見失っていた。
そこをダハチエが訪ね、己の人生についても半ば投げやりになっていた“アーシュゴーの死神”は、『紫ノ二ツ輪』というカルト教団を訝しみながらも、「やることがないから」という理由でダハチエについていく。
そこで“殺戮の巫女”こと転生者で死神の加護を持つ少女、トーヴェール伯爵家の三女、シューラ・トーヴェールと出会い、彼女の師となる。
これが、事前にアロゴロスが予測していた運命であり、“殺戮の巫女”という物語の始まりであった。
ところが、実際には“アーシュゴーの死神”はダハチエが訪ねる前に弟子をとっており、その弟子を教え育てるという生きる目的ができてしまっていた。
そうなれば当然ダハチエなどという意味の分からないカルト教団教祖の誘いに乗るわけもなく、そこで殺し合いが発生してしまったのだ。
「そもそも神託を受けて動いているはずのダハチエが、“アーシュゴーの死神”を殺そうとするなよって話なんだけど......。そこはしょうがないか、ダハチエだし......」
常に暴走しがちであった自身の使徒を思い浮かべ、アロゴロスはため息をついた。
「ってか、どうしよう、オレの異世界転生配信......」
師となるべき“アーシュゴーの死神”は死亡。
主人公を拉致し物語のきっかけを作るはずだった『紫ノ二ツ輪』は壊滅。
もはや、リカバリーは不可能であった。
「これが......オレのデビュー作だったのに......」
そう、アロゴロスにとって、これが初めての異世界転生配信の撮影となるはずだった。
地味に真面目に仕事一筋に神として存在してきた彼が、この趣味を始めようとしたきっかけは、とあるセミナーで出会ったかわいい女神が大手異世界転生配信者であり、共通の趣味を持つことでお近づきになりたいという下心があったからで......まあ、そんなことはどうでも良いので割愛する。
「オレの......オレの60,000マナ......」
繰り返すが、地球人の魂を競り落とすのに使った60,000マナは、下級神にとって決して少ない額ではない。
「........................もういいや、寝よ」
結局アロゴロスは色んなものを諦め、不貞寝をすることにした。
ここ5,000年ほど、休みなしで働いてきたのだ。
100年ほど不貞寝しても、罰はあたるまい。
魂の回収はシステムがやってくれるわけだし。
冥府神アサヴァへの休暇申請は......後でいいか。
あの女上司は色々と口うるさい。
仕事のことだけならともかく、『ちゃんと飯食ってんのか』とか、『部屋の掃除はしているか』とか私生活に口を出してくるのはいただけない。
面倒くさい。
『な、なんなら、私が飯を作ってやるぞ?』とか言って、部屋に乗り込んでこようとしたこともあった。
やめてくれ。
プライバシーの侵害だ、それは。
急に休みたいとか言うと、どうしたこうしたとお小言が始まるに違いないのだ。
そんな場面を想像すると、頭が痛くなってくる。
今はとにかく不貞寝がしたい。
そんなことを考えながら、アロゴロスは布団にもぐりこんだ。
部屋の明かりを消し、頭から毛布をかぶる。
しばらくもぞもぞと動いていた毛布の膨らみは、いつしかゆっくりと上下するのみとなった。
静かな室内で聞こえてくるのは、ただ小さな寝息だけである。
「オレの......60,000マナ......」
訂正。
たまに寝言も聞こえる。
これにて、第3章は完結です。
第2章では勇者物語に巻き込まれ、酷いとばっちりを受けていましたが、第3章では知らないうちにひとつの物語を潰してしまったエミーちゃんなのでした。
死神様は困惑していましたが、主人公であったはずのシューラちゃんは、過酷な運命から逃れることができました。
良かったね!
さて、次は短い第4章を経てから、第5章が始まります。
今後ともよろしくお願いします。




