41 新たな旅立ち
パン!
私は、木陰に置かれた石の前で手をあわせ、目を閉じる。
この石は、師匠のお墓だ。
私はこの世界における、死者の弔い方を知らない。
いや、じゃあ前世のやり方なら知っているのかと聞かれれば、それもよくわからないけどね。
さぁ弔えと目の前に死体を置かれて、自分一人で正しい供養を行える日本人は多分そんなにいない。
オマケ様も異世界転生配信を視て知っているはずだけど、葬儀のやり方についてはうろ覚えだった。
まぁ、死者の尊厳とかあんまり興味なさそうだもんね......。
どうせ輪廻転生するだけなんだから、どう葬儀したって一緒だろ的な考え方するでしょ?オマケ様は。
<まるで私が人でなしのような言い方をされるのは、心外なのですが......>
いや、責めてるわけじゃないよ。
これだけ長く一緒にいても、価値観の違いはどうしようもない部分もあるよねって話だから。
でも、そもそも元から人ではないよね。
まぁ、とにかく。
正しい弔い方がわからない以上、一番心を込めた方法でやろうと決めて、私はこのお墓を作った。
この石は、いつぞや飛び降り修行を行った崖から切り出してきたものなんだ。
【飛蝗】と【紙魚】を使って崖の中腹まで登り、そこから【蟷螂】を使い切り出したキレイな四角い石だ。
この石には、私が師匠から教えられた技術が、私の感謝の気持ちが、たくさん込められているんだ。
「ミョゴー......ミョゴミョゴミョッミョッ......シュゴォーーーーーーーッ......」
遠くのほうから、かつてナソの森で聞いていたのとは少し違う、ミョゴミョゴシュゴの鳴き声が聞こえてくる。
この名前も知らない山の上にも、遅まきながら夏の本番がやってきたのだと感じる。
目を開き上を見上げれば、木の葉の隙間から覗くのは輝くような美しい青空。
遠くにはもくもくと、大きな入道雲が育っている。
<さて......それでは、エミー>
うん、そうだねオマケ様。
......新たな旅立ちの時だ。
◇ ◇ ◇
師匠の作ってくれた服を着て、ちょっとした干し肉なんかも携えて。
あとは手ぶらで。
私は師匠のおうちを旅立った。
あの場所にはもちろん愛着がある。
虫を食べなくて良いくらいには獣もいて、食糧に困ることはない。
それでも、この場所から離れるのには、いくつかの理由がある。
まず、これから先、あのハゲの仲間みたいな連中が師匠目当てにやってきた場合、私一人ではまだまだ対処できないから、という理由。
結局師匠は何者なのか?
本人の口から聞くことはできなかったけど......あのハゲの様子だと何やら師匠は伝説的な存在らしい。
師匠を探しに頭のおかしい実力者が来る。
でも、私しかいない。
腹いせに殺される。
......これ、あり得ない話じゃないと思うんだよね。
あのハゲたちの様子を見る限り。
次に、おいしいご飯が食べたいから、という理由。
人間というのは贅沢なもので、私は師匠の作ってくれる麦粥と狩ってきた獣のお肉、それと食べられる山野草、というご飯に、若干の飽きを感じていた。
いや、ほんと贅沢な話だと思うし、決して師匠のご飯に文句をつけるわけじゃないんだけど。
でも、私の人生の目標のうちの一つが「あたたかいおうちで、オマケ様と一緒にごちそうを食べること」だからね。
残念ながら、師匠のおうちで隠れ住んでいたら、その目標は叶えられそうにないからね。
おいしいごちそうを探しに行くのだ。
そして、もう一つの理由。
師匠の最後の言葉。「がんばれ」って言葉。
師匠は何を思ってその言葉を私に伝えたのか。
何を私にがんばってほしかったのか。
師匠は「がんばれ」以外、何も言わずに逝ってしまったから、本当のところはわからないのだけど。
だけど。
師匠のおうちに住み続け、いつ来るのか、本当にいるのかすらわからない師匠目当ての刺客に怯える生活というのは......。
なんだか、がんばってる感じがしないなぁって思ったの。
私は、強くなりたい。
もちろんそれは、師匠に出会う前から抱いていた思いではあるんだけど。
強くなければ、生き延びれないから。
でもその思いは、師匠と過ごした半年間でより強くなった。
強くなりたい。
もっといろんな技術を学びたい。
師匠のように。
いや、いつか、師匠よりも強く!
どんな理不尽もはねのけられる、そんな強さが、欲しい!
そのために、旅立つ。
色んなものを見て回って、それを吸収する。
そうやって、生きてみたいと思った。
そういう生き方を、師匠は応援してくれたんじゃないかなって、思った。
「がんばれ」って。
◇ ◇ ◇
藪をかきわけ、道なき道を進む。
どこに向かって進んでいるのかは、わからない。
とりあえず行く当てもないので、師匠のおうちを出る際に棒を倒し、それが差し示した方向に向かい、まっすぐに進んでいる。
毒虫や毒草の攻撃は【身体強化】でしのぎ、崖があれば【紙魚】や【飛蝗】で乗り越え。
そして......。
<......エミー、来ますよ>
うん、わかってるよオマケ様。
山中に、ぽっかりと空いた広場。
嵐で大きな木が倒れ、出来上がったのだろう。
そこにたどり着くや否や、私はここまで私を追跡してきた連中に囲まれた。
そいつらの名は、死神狼。
私が師匠と出会う前、私を師匠の住む山まで追いかけまわしてくれた魔物だ。
その数、5匹。
私の周りを取り囲み、嘲るようにうなり声をあげている。
......【気配遮断】はしっかり展開していたつもりなんだけど、狼の鼻をごまかすことはできなかったらしい。
私はまだまだ未熟だ。
「「ギャオォォッ!!」」
そのうちの2匹が、私に飛びかかってくる。
1匹が正面から、そしてもう1匹が真後ろから。
少し時間差をつけているあたり、とても狡猾な獣の知恵を感じる。
正面の1匹に気をとられて生じた隙を、少し遅れて飛びかかってきた真後ろからの1匹が仕留めるという算段なのだろう。
だけど、残念でした。
「「ギャオッ!!?」」
私は正面から襲いかかってきた死神狼を、手刀で縦に両断する。
【蟷螂】だ。
時間差で攻撃を加えてきた真後ろからの1匹は、私にたどり着く前に、何もないはずの空間で、これまた真っ二つに裂ける。
こっちは事前に展開しておいた【魔力斬糸】。
まだ自由自在に動かすことはできないけど、罠のように設置するだけでも十分に活用できる、今や私の大切な攻撃手段のうちの一つだ。
嬲り殺すはずの獲物に反撃され、驚き戸惑う残りの3匹。
あのね、君たちね。
君たちは、狩りをしているのでしょう?
命のやりとりなんだよ、これは。
そんなぼけっとしてる暇なんて、ないんだよ。
獣のくせに。
ぬるい。
足元から瞬時に土くれを抉り取り、【投石】。
パ、パ、パァン!と狼たちの頭がはじけ飛び、残った肉はどさりと地面に倒れ込んだ。
【凝固】のおかげか【身体強化】のおかげか、半年前は通用しなかった私の【投石】は、私の成長にともなって今や死神狼も殺せるほどの威力を備えている。
はい、戦闘終了。
<......そろそろお日様も傾き始めました。今日はこのあたりで一休みしても良いのでは?>
それもそうだね。
そうと決まれば、ご飯の準備だ。
その辺に転がっている新鮮なお肉を処理することにする。
肉食の獣はおいしくないって前世で聞いたことがあるんだけど、死神狼は少なくともハダカマズイネズミよりはおいしい。
十分食べられる。
量もある。
死神狼を解体しながら思う。
師匠なら、この5匹をどう倒しただろうか。
瞬きする間に、首をはね飛ばしていたんじゃないかな。
そんな様子が、容易に想像できてしまう。
......あぁ。
だめだ、涙がにじむ。
師匠。
師匠、師匠、師匠......。
私、もっと強くなるからね。
見ていてね。
応援してね。
絶対だよ?
死んだ人間の魂は冥府に送られ、そこでいくつかの処理をなされた後、すぐに輪廻の流れに合流する。
冥府とはあくまで魂の処理機関であり、天国や地獄といった、死者が生前の記憶を有したまま存在できるような、いわゆる“あの世”と呼ばれるものは、この世界には存在していない。
そう、オマケ様に説明されても。
もう、師匠はどこにも存在していないのだと、頭ではわかっていても。
私はまだまだ、師匠へのお喋りをやめられそうにない。




