39 ありがとう、がんばれ
「............」
力が抜け動かなくなったハゲを放り投げ、師匠が駆け寄ってくる。
頭、首、腕、お腹......手早く触診し、私にケガがないことを確かめると、深く息を吐いた。
ご心配おかけしました、師匠。
でも、私なんかより師匠だよ!
あのハゲに斬りつけられてたよね!?
大丈夫なのかな!?
じっと師匠の傷ついた右腕を見つめると、師匠は私に見せつけるように右拳を何度か握っては開き、つぶやく。
「......問題ない」
そして、優しく私の頭をなでてくれた。
「よく、頑張った」
その言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れた。
押さえつけられていた色んな感情が顔をだし、涙があふれて止まらない。
怖かった。
怖かった、怖かったよ、師匠。
でも、私戦えたよ。
頑張ったよ。
ひっくひっくと声を上げ、涙をだくだくと流しながら泣き続ける私を、師匠は優しく抱きしめてくれた。
暖かい......。
相変わらず死んでいる表情筋が作り出す無表情という仮面の奥で、心の中に満ちていた恐怖はいつの間にかどこかに消え去り、心地よい安心感に満たされていく。
でも。
そんな穏やかで暖かな時間は、長くは続かなかった。
どん。
突然、師匠が抱きしめていた私を突き飛ばす。
え?何?
わけもわからず尻もちをついた私の目に映ったのは。
肩から袈裟懸けに深く斬りつけられ血をまき散らしながら倒れる、師匠の姿だった。
「くッは......はははッ!」
後ろのほうから、笑い声が聞こえる。
ハゲだ。
師匠に心臓を貫かれ、なおもハゲは生きていた。
地面に横たわり息も絶え絶え、普通なら動かない体を魔力で無理やり動かし、最後の力を振り絞っているという様子ではあったけど。
「オ、オレは使徒だッ......貴様ら、下等な連中とは、違うッ、えら、選ばれた、存在......!」
なにやらつぶやきながら、私にも【魔力斬糸】を伸ばすハゲ。
「あっては、ならないッ!使徒が、負ける、などッ!オ、オレは、永遠の、殺戮を」
耳障りな独り言は、そこで止まった。
私が全力で放った【投石】に、【身体強化】もろくに使えないほど弱り切ったハゲは、耐えられなかったから。
ハゲは頭を吹き飛ばされ、今度こそ本当に死んだ。
【魔力斬糸】が形を保てず霧消していく。
「............」
「............師匠」
師匠は力なく地面に横たわっていた。
あまりにも、傷が深い......。
上着を脱ぎ、それで体を包帯のように縛り付けようとするも、だめ。
そんなことじゃ、血が止まらない......。
「師匠......師匠、師匠......」
もう私は、うわごとのようにつぶやくことしかできない。
師匠の血だまりは私たちを中心にどんどん広がっていく。
師匠の命が、消えていく......。
「............」
震える私の手を、師匠は何とか腕を動かし、握りしめてくれた。
ごつごつして、大きな手。
力強い、師匠の手。
どんどん、温かさが失われていく。
「......あり、がとう」
師匠の震える唇から発せられたのは、私への感謝の言葉だった。
......なんで......?
私、師匠に感謝されるようなこと、なんかしたかなぁ?
勝手に弟子になって、いっぱい迷惑かけたんじゃないかなぁ?
私、私は師匠にもらってばっかりで、私は、私は......。
「............が、ん、ばれ......」
そんな。
そんな簡単な励ましの言葉を最後に、師匠の手から力が抜け、師匠は動かなくなった。
空を覆う灰色の雲がぽつぽつと雨粒を落とし始める。
ぬるい、ぬるい、夏の雨。
次第に強くなるそれは地面の血だまりと混ざり合い、鉄臭い、赤黒い泥水となってどこかに流れていく。
ざあざあと降りしきる雨の中、師匠の冷たくなった手を握り、私はただただ座り込んでいた。
じっと、師匠の顔をのぞき込む。
無粋な雨に打たれながら、天を仰ぐその顔は。
どんな時でもほとんど変わることのなかった、強面師匠の表情は。
斬りつけられて、痛かったろうに、つらかったろうに。
穏やかな、笑顔だった。
師匠らしい、優しい、優しい、笑顔だった。




