35 私はこの半年間で、何を身につけてきたか?
師匠と暮らし始めてからおおよそ半年間。
お互いに無口な私たちが交わした言葉は、決して多いものではなかった。
でも、だけど。
目と目をあわせて、通わせてきた心と心。
私と師匠は、言葉を介さなくとも、通じ合うことができる。
少なくとも、私はそう思っている。
多分、師匠も。
師匠がハゲと戦い始める、その直前に交わした目線。
いつもと同じように鋭く厳しいそのまなざしは、告げていた。
これは、新たな課題であると。
それを理解した時、私は自分が恥ずかしくなった。
強くなりたい、生き抜く力が欲しい、そう思って師匠に弟子入りしたはずの私が。
自ら戦うことなく、師匠に助けられることを望んでいた。
違うだろう、そうじゃないだろう。
この程度の危機、己の力で乗り越えてみせよ。
仮にも、オレの弟子を名乗るならば。
そう言って、師匠のまなざしは、私を叱責していた。
そしてその叱責は。
私ならば、それができる。
そう、師匠が思っている、師匠が私のことを信じてくれているという証拠だった。
嬉しかった。
......わかりました、師匠。
これ以上の無様は晒しません。
あなたの弟子として、恥ずかしくない結果を出してご覧にいれましょう。
人質にとられ、命を握られているこの状況。
師匠と過ごした半年間で得た力......その全てを出し尽くし。
私が、私自身の力で、覆してみせましょう!!
◇ ◇ ◇
「さぁ、来るが良い!......調伏して差し上げましょうッ!!」
教祖ダハチエのその言葉をきっかけに、二人の戦いは始まった。
エミーの師匠である男は音もなく一瞬でダハチエとの間合いを詰めると、次々に拳を放つ。
その一撃一撃が致命の威力を持った【魔撃】。
岩をも砕く拳である。
しかしダハチエも暗殺者として生き残ってきた一流の実力者。
男の拳を捌き続ける。
とはいえ、男の手数は圧倒的だ。
ダハチエは攻勢を整えることができず、次第に押され、後ずさり......しかし、にやりと不気味に笑った。
「......ッ!」
得体の知れぬ危機を感じた男は、いったん後ろに飛び退く。
そして再びダハチエに拳を構えなおしたその時......いつの間にか生じていた右腕の切り傷から、血がたらりと流れ落ちた。
「ははは!いやあ、惜しかった!腕の一本程度なら、いただいてしまうつもりだったのですが!“伝説”とまで称されるその実力は、伊達ではないということですね!」
己の力が男にも届きうることを確信し、ダハチエは哄笑した。
「しかし残念ながら、その身一つで相手の懐にもぐりこむあなたのスタイルは、実に私と相性が悪い!誰にも気づかれず、何もかもを切り裂く私の“異能”、【不可視の斬撃】とはね!」
「ッ!」
ダハチエの言葉が終わらぬうちに、男は飛び跳ねさらに後退する。
先ほどまで男が立っていた地面は、見えない何かによって切り裂かれ、深い傷跡を残していた。
「はははははは!見ておられるか我らが尊き神よ!私は強い!そこな男なぞ、歯牙にもかけぬ!導き手の件、今からでもお考え直しいただけませんかな!?はははははは!!」
哄笑しながらダハチエは指揮を振るように両手をふらふらと揺らす。
そのたびに男の周囲、足元の地面は裂かれ、背にした樹木は真っ二つに切断される。
男は原理のわからぬ【不可視の斬撃】を、直感で......実際には、ダハチエの姿勢や目線などから無意識に攻撃個所を割り出し......避け続けていた。
(......近づけない)
ここにきて、初めて男の額に汗が浮かぶ。
相性が悪い。
確かにダハチエの言う通りだ。
近距離戦闘における実力は男の方が圧倒的に高い。
しかし、【不可視の斬撃】に阻まれ、思うように近づけない。
加えて、愛弟子を人質に取られている。
それが男に焦りを生んでいた。
釘を刺してはおいたが、相手は道理のわからぬカルト教団である。
いつ何時、暴走するかもわからない。
......正直なところ、エミーとこの男が、本当に目線だけで意志の疎通ができているかと言えば、答えは否だ。
これまでは、本当にたまたま、なんとなく、うまくいってきただけなのだ。
お互いに無口で、些細な事を気にしない性格であったから、互いの思考にすれ違いがあったとしても、気にならなかっただけなのだ。
今回もそうだ。
男はエミーに、自分一人で人質から脱してみせろなど、一かけらも思っていなかった。
ただ、心配のあまり愛弟子を一瞥した。
それだけのことであった。
だが、エミーは男のまなざしを、そうは受け取らなかった。
これは課題であり、叱責であり、そして信頼の証であると思い込んだ。
............本人が出した覚えもない師匠からの課題への、エミーの挑戦が始まる......!
◇ ◇ ◇
<状況を覆す、そうは言いましてもね、エミー......!>
師匠たちの戦いを見せつけられながら、私は未だにおっさん2号により拘束されている。
首には鋭いナイフがあてられたままだ。
<どうやってこの拘束から逃げ出すつもりですか!?>
確かに、それは難題だよね、オマケ様。
でも、師匠が私を信じて与えてくれた課題なんだ!
きっとどこかに解決の糸口が......!
「おい、ガキ......動くな。余計な事、考えるな」
「............」
私が少し身じろぎするだけで、私を拘束するおっさん2号は腕をひねり上げる力を強め、ナイフをより強く首筋にあてる。
【身体強化】により強化された私の皮膚は適当に刃物をあてたくらいでは傷一つできないが、こうも強い力で押し付けられ続けていると......そろそろ青あざくらいはできてそうだ。
さて、どうする。どうすれば良い。
より集中し、ナイフでは首を切れないほど【身体強化】の精度を高める......?
<それは無謀です、エミー。いかに【身体強化】したと言えど、その強度は絶対ではありません。おそらくこの司祭オガドという男もプロの戦闘者......。この男も【身体強化】のように魔力を込め攻撃力を上げる技術を会得していると考えるほうが自然であり、であるならば底上げされたあなたの防御力をぶち抜き、あなたに致命傷を与えることも難しくはないと考えるべきでしょう>
ならば、【飛蝗】を発動して、一瞬で飛び跳ねて逃げる?
【蟷螂】を発動して、おっさん2号の腕を斬り飛ばして逃げる?
......だめだ。
どちらも予備動作が必要だ。
少しでも身じろぎするだけで拘束を強めてくるおっさん2号に、発動前に潰される。
【魔撃】......も同じく。
【紙魚】は......こんな時に役に立つ技術ではない。
【威圧】だって......したところで、おっさん2号にはこんな小娘の【威圧】など、どこ吹く風だろう。
考えろ、考えろ......自分にできることを考えろ!
幸い、私を捕まえているおっさん2号は、あのハゲ教祖に私を抑えておくように命じられている。
自分の上司の命令だ。
それに反して私を傷つけることはないだろう。
つまり、まだ私には時間がある!
......あるよね?
「......はぁ、はぁ......!教祖様......まだですか......はやく、はやく首を刈りたい......魂を、尊き神に捧げたい......!」
あ、やべぇーーーーッ!?
おっさん2号、さっきよりも息が荒くなってるし、よく聞いたらなんかやばいことブツブツつぶやいてんですけど!?
殺人欲求みたいの全面に発露し始めたんですけど!?
<どうやら、時間もなくなってきたようですね......!>
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ......!!
自分にできること、何があるのか考えろ!
つかみ取るんだ、自分の力で!
自分の命を、未来を!
私はこの半年間、何をしてきた!?
何を学んできた!!
<しかしエミー、あなたが学んだ技はさっき挙げたもので全てですよ!?組手で仕込まれた格闘法も捕えられている今、使う機会もありません!>
オマケ様が悲鳴をあげる。
<エミー、悔しいですが、やはり今のあなたにはまだ、この状況をどうにかできるほどの力はありません......。オガドとかいうこの男の暴走は恐ろしいですが、ここはあの方が敵を打ち倒すことを信じて、大人しく待っていることしかできませんよ......>
そんなこと!そんなこと言わないでよオマケ様!
これは師匠からの課題なんだよ!
師匠が私にかけてくれた期待なんだよ!?
<そうは言いましても、エミー......!>
それを裏切ることなんて、絶対にできない!!
絶対にやだ!
ここで黙って師匠の戦いを見てるだけなんて!
私も一緒に戦うんだ!!
「はぁ......!おい、ガキ、動くなと言っているだろう!我慢、できなくなる......!」
ぐっ......!
おっさん2号の拘束がさらに強まってしまった。
身動きがとれない。
何もできない。
これじゃ本当に、師匠の戦いを見てることしか......。
....................................。
あっ。
そっか。
<......エミー?>
目の前では師匠とハゲが戦い続けている。
師匠は【不可視の斬撃】に阻まれ、ハゲに近づけない。
紙一重でハゲの攻撃を避け、舞うように動き続けている。
こんな状況でなければ、もっとよく見ていたいほどだ。
師匠の動きは、その一挙手一投足が洗練され、美しい。
体捌きだけではない。
普通は目に視えない魔力操作も、師匠のそれは精密で無駄がなく、素晴らしい。
この事態の解決の糸口。
それはまさしく、目の前で繰り広げられる戦いにこそあったのだ。
とは言え、注目すべきは師匠のすばらしい格闘術、ではない。
解決の糸口。
それはまさしく“糸”だった。




