299 眠りにつくまでの時間
パチ、パチ、パチ......。
目の前には、赤々と燃える焚火。
ゆらゆらと不規則に揺れる炎と枝が弾ける小気味よい音が、何とも言えない情緒を醸し出している。
左の方に顔を向ければ、そこにあるのは凪いだ海。
今、私は、砂浜で焚火をしているんだ。
時間は、結構遅い。
もう、夜。
だけれども、見通しは良い。
頭上に満天の星空がきらきらと輝き、私の夜を照らしているから。
その星々の光が、波一つない海面に、映りこんでいる。
まるで鏡。
あまりにも、あまりにも、美しい光景。
美しすぎて、まるで吸いこまれそうで。
転生した当初は恐怖すら感じていたこの澄んだ星空にも、私は大分慣れた。
何が吸いこまれそうな星空じゃ、逆にこっちが吸いこんだるわボケェくらいの、気持ちの余裕が持てるようになった。
私は、強くなったから。
でも、まだまだ足りない、とも思う。
強くなって困ることなんて、無い。
フジツボになめられてるようじゃ、私もまだまだだ。
静かに拳を握りしめ、さらなる自身の向上を誓う。
<あっエミー!ほら、魚焦げちゃいますよ?もう食べても良いんじゃないですか!?>
「............」
もー、オマケ様、なんなのさ?
せっかく私が静かに恰好良く、決意を固めていたってのにさー。
雰囲気が台無しー!
<何が決意ですか。腹にたまらない決意より目の前の魚ですよ。ほら、早く炙るのやめて!>
魚っていうのは、フジツボを倒した後私は泳いで遊んでいたわけだけど、その時に捕まえた獲物だ。
ハメジカキダイっていう、タイだ。
私の頭くらいの大きさがあるけど、まだまだ子どもなんだって。
<ほら、早く早く!>
うるさいオマケ様に促されて、ハメジカキダイを突き刺していた【黒触手】を動かし、炙るのをやめて口元に運ぶ。
ぱくりと一口。
......おいしい。
<たまりませんね。ジューシーで、なおかつまるで鶏肉のような歯ごたえ。非常に食い出があります。さすがは“ハメジカ磯場の女王”>
なんだその異名。
<ハメジカキダイは、そう釣り人たちから呼ばれているんですよ。漁業神の異世界転生配信で視ました>
ふーん。
その後私は、魚を食べたり炙ったりを繰り返しながら、静かな夕食を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
そして今、食事を終えた私は睡眠をとるため、浜辺の近くに生えていた木に登っている。
この木の名前は、ニシハメジカオオハマナス。
樹高30メートルにまで達する、巨大なハマナスだ。
幹はチクチクしているけど、私の強靭な肉体はその程度の樹木の抵抗など全く気にしないので強引に登る。
木登りの途中、拳大の赤い実がなっているのを見つけたので、もぎとって食べる。
<これはまた、甘酸っぱくて、おいしいですね>
......うーん、私的には、少し微妙。
<えー?>
オマケ様は何食べてもおいしいって言うからなぁ......。
<何ですか、ヒトを味音痴みたいに言わないでくださいよ>
オマケ様とお喋りしながら木に登った後は、寝床を作る。
まず横に伸びた太めの枝を見つけ、その枝に【黒触手】をぐるぐると巻きつける。
そしてその上に寝転がり、今度はゆったりと大きめの空間を作りつつ私の体の上に【黒触手】をぐるぐる、ぐるぐる......。
繭のような状態になったら、私の特製ベッドのできあがりだ。
暖かくて頑丈で安全な、素晴らしい寝床だ。
「............」
頭の部分も【黒触手】で覆い繭を完成させてしまう前に、私は一度顔を横に向けて、辺りの景色を眺めた。
美しい星空と、砂浜。
向こうの方には、林。
そして林の向こう側が......よく見ると、少し明るい。
火が焚かれている。
村でもあるのかな?
明日、こっそり覗いてみようかな......。
うとうと、うとうと。
まぶたが重たく、なってきた。
もう、寝てしまおう。
そう思った時。
<今日は、とても楽しかったですね>
ぽつりと、オマケ様が言った。
......そうだね。
楽しかったね。
オマケ様のおかげだよ。
<私ですか?>
そうだよ。
磯遊びはそれだけで楽しいけど、一人で遊ぶより二人で遊ぶ方が、絶対に楽しい。
だから今日楽しかったのは、オマケ様のおかげ。
ありがとう、オマケ様。
<......うふふ、そんな、お礼なんて>
お礼は言うよ。
私、前世で友達いなかったからさ。
誰かと遊ぶのがこんなに楽しいことだなんて、知らなかったんだ。
だから、オマケ様と一緒にこの世界に転生できて、私は本当に良かったって思ってるんだよ?
<エミー......>
......ああ、ちょっと訂正。
前世でも、一人だけ。
私にも友達、いたわ。
<え、そうなんですか?初耳です>
あれ、そうだっけ?
言ってなかったっけ......。
えっと......名前は......田里中光理ちゃん。
<......タサトナカ・ヒカリですか>
そう、光理ちゃん。
光理ちゃんはさ、転校生でさ。
初めて登校する学校への行き方がわからなくて、道に迷ってたんだ。
<そこにあなたが、出くわしたんですか?>
そうだよ。
明るくて、元気で、優しい子だったよ。
誰からも嫌われていた私とは違って、誰からも愛されるような、そんな女の子だったよ。
偶然にも、私と同い年で、同じクラスだったんだけどさ。
転校初日からあっという間にクラスの中心人物になってさ。
まるで、この子は神様に愛されている、そういう風に、思ってしまう程、なんだかきらきらとした子だった。
<............>
私にもね、言ってくれたんだ。
『友達になろう!』って。
......そんなの、初めてだった。
光理ちゃんは間違いなく、私の初めての友達だったんだ。
......でも。
<でも?>
転校してからすぐに、光理ちゃんは行方不明になっちゃった。
どこに行ってしまったのか、何があったのか、誰にもわからないんだ。
この事件には、警察だってお手上げだった。
悲しかったよ。
皆からは、『私と喋ったから、光理ちゃんが呪われた』とか、『お前のせいだ』とか言われて、いつものように責められたけど。
私は、初めての友達が、一緒に遊ぶ前に、いなくなってしまった。
そのことが、とにかく悲しかった。
<......そうですか>
......ま、昔の話だよ。
昔っていうか、前世の話だよ。
とにかく、私にも一人だけは、友達がいたって、ただそれだけの話!
ああ、もう、眠いや。
このことについて考えるのは、もうおしまい!
<......はい、わかりました。おやすみなさい、エミー......>
おやすみなさい、オマケ様......。
私は頭の部分も【黒触手】ですっかり覆い隠して、繭を完成させた。
これで私には、星の光も届かない。
暖かで安らかな暗闇の中で、私はあっという間に意識を手放し、眠りについた。




