297 【赤髪勇者物語】港町ジャッバジャッバの困りごと
「いらっしゃい、いらっしゃぁーい!活きの良いイカがあがったぜぇ!さぁ、買った買ったぁーーーッ!」
「シートポポロックー、シートポポロックの丸焼き、いかがかねー?」
「干物ー!干物はいらんかねー!隣村のパネッモから、名物の干物、入って来てるよー!」
左右を見わたせば、色とりどりの建物の前に所狭しと並ぶ、たくさんの屋台!
その屋台から漂う、おいしそうな魚介類の香り!
うるさいくらいに賑やかな人々の声!
ここは、黄金大陸最西端の国アーシュゴー最大の港町、ジャッバジャッバにある市場である。
人でごった返すこの市場を、目を輝かせながら歩く、一人の女性がいた。
「うわぁ......!」
我慢できずによだれを垂らしながらふらふらと歩く、聖神教の法衣にその身を包んだ小柄な女性の名は、シロン。
「待って、待ってシロン!勝手に先に、行かないでよー!」
人ごみをかきわけながら、慌ててその後を追うのは赤髪赤目の少年勇者、トーチだ。
その後ろからは、流浪の魔法使いネネザネもついてくる。
「トーチくん、悪いですが、それは聞けない相談です。おいしい物は、いつだって私のこと、待ってくれないです。少しでも油断すれば、それはあっという間に他人のお腹の中。私のお腹に、おさまるべき物が!そんなことは断じて許されない!そう、この世はつまり、生き馬の目を抜くグルメサバイバルなのです!私は、決して、誰にも、負けない!」
「ちょっと、落ち着こう?何言ってるの?」
トーチは我を失っているシロンの肩を掴んで揺さぶり、頬を軽くぺしぺしと叩いた。
「この間の報奨金のおかげで、お財布にはかなり余裕があるけど......限度があるんだ。それにもう結構食べているし、これ以上はお腹を壊すよ?シロンはお姉さんだから、我慢できるよね?」
「......はっ!そ、そうですね、もちろん、我慢できるです!私はお姉さんです!」
正気を取り戻したシロンは顔を赤く染めながら、手を組んで簡易的な祈りのポーズをとり、己の欲深さを聖神に対して謝罪した。
一応、こんなでも、彼女はれっきとした聖職者なのだ。
一応、こんなでも。
多分。
「さ、もう少しで目的の場所だよ。シロンはもう寄り道しないで、まっすぐ歩くんだよ?」
「はいです......」
そう言いながら手をぎゅっと握られてトーチに引っ張られながら歩くシロンの姿は、どう見ても手のかかる妹のそれである。
しかしながらその実、シロンは見た目が幼いだけで、一応、こんなでも、れっきとした成人女性である。
一応、こんなでも。
多分。
◇ ◇ ◇
さてこの勇者ご一行、何故このジャッバジャッバへとやって来たのかと言えば、船に乗るためである。
ジャッバジャッバは黄金大陸ハメジカでも有数の巨大な港町であり、この港からはサーディサンヌとフォラストを除くその他全ての大陸へと定期便が就航している。
そしてトーチたちは、これから幻想大陸ニージアルに向けて、出航するつもりなのだ。
何故、大陸を渡るのか?
その理由は、数週間前の事件を機に明らかになった、魔王軍の恐るべき計画を阻止するためである。
数週間前、トーチたちはアーシュゴーの王都を襲った魔王軍中級指揮官、巨漢のドデカボンボを退けた。
このドデカボンボはその巨体から繰り出される圧倒的な攻撃力もさることながら、アーシュゴーの中枢を担う一部貴族たちに取り入りそれを裏から操ってみせるという狡猾さも併せ持った強敵であったわけだが......彼は死の間際に、決して無視することのできない情報を残していたのだ。
それがすなわち、幻想大陸東の都市国家アルンダッテ襲撃に端を発する、魔王軍による幻想大陸東部占領計画である!
勇者であるトーチは、当然そのような魔王軍の横暴を、許すわけにはいかなかった。
一切の迷いなく幻想大陸行きを決めたトーチは、仲間と共にこの港町までやって来た......というわけだ。
「さて、ここが定期船乗り場だね」
賑やかな市場を抜けたトーチたちは、一際立派なレンガ造りの建物の前にたどり着いていた。
ここは、この黄金大陸の玄関口である。
各国からやってきた冒険者、商人、旅行者などが溢れかえり、市場にも負けない賑わいをみせる場所である。
......本来ならば。
しかし。
「......なんか、寂れてないです?」
そう、シロンの言う通り、この定期船乗り場......中に入ってみると、何故か現在は、全くと言って良いほど人がいない。
室内に置かれた待合椅子に座っている人間は誰一人としておらず、がらんとしたその巨大な空間には、ただ近くの岸壁に打ち寄せる波の音だけが響いている。
その壁面には窓から入りこんだ海面の照り返しの光が、きらきらと揺らめいている。
その様はとても美しいが、とにかく、不気味なほどに静かだ。
「これは一体......どうしたんだろう?」
トーチは首を傾げた。
その後ろで流浪の魔法使いネネザネも、顎に手をあて何やら思案している。
「とにかく、船です!船のチケットを買うですよ!」
シロンはそう言って、室内にあるチケット売り場に向けて、駆け出そうとした。
しかし。
「......今、船は出とらんよ!」
そう言って彼女を呼び止める、野太い声があったのだ。
トーチが後ろを振り返ると、そこにいたのは筋骨隆々とした中年の男だった。
豊かな黒ひげを蓄えたその男は、昼間であるにも関わらず酒に酔っているのか、その日焼けした頬を赤く染めている。
「あなたは?」
「おお......こりゃ、失敬。ワシは幻想大陸行き定期船“ブルー・トーゴート号”の船長をしとる、ウミノートコじゃ」
ウミノートコはトーチたちに向かって、少しふらつきながら会釈をした。
「船が出てないって、一体どういうことです?」
眉毛をさげたシロンから、困った声で質問が飛ぶ。
ウミノートコはぽりぽりと頭をかきながら、腰をかがめてシロンと目線をあわせ、申し訳なさそうに言った。
「すまんなぁ、嬢ちゃん。実はちっとばかし問題があっての......今、この乗り場は使われておらんのじゃ。もし幻想大陸に行きたいのなら、馬車で3日くらいの場所に別の港町があって、現在はそこが代替港として稼働しとるから、そこに行くと良い」
酒臭いため息をつきながら、そう言ってシロンの頭をがしがしとなでるウミノートコ。
......もし、トーチたちが普通の冒険者であったのなら、彼らはウミノートコの忠言に従い、代替港に向けて出発していただろう。
しかし、トーチは、勇者である。
困っている人がいれば......何か問題があるのならば、見捨てることなどできないのだ!
「ウミノートコさん、その問題とは、一体何なんですか?」
「あー......」
酔いのため口を滑らしてしまったと自覚したウミノートコは頬をかいてから、辺りに誰もいないことを確かめ、トーチに対して耳打ちをした。
「混乱を招くから、大きな声では言えんがの......今、この近海にはの......」
「この、近海には?」
「......出るんじゃよ」
「出る?一体、何が?」
ここまで言って、再度ウミノートコは大きなため息をつき、もう一度ちらりと辺りを見回してから、さらに小さな声で言った。
「......バケモノが」
「バケモノだって!?」
トーチの大声が、定期便乗り場のがらんとした室内に響きわたった!
思わずぎょっとするウミノートコ。
しかし、バケモノとか、強大な魔物とか、そういった力ある存在に困らされている人々を見ると、彼は冷静ではいられないのだ!
「ウミノートコさん!その話......詳しく教えてください!」
勇者トーチの真っ赤な瞳に、正義の炎が燃えていた......!




