295 邪悪と、邪悪の出会い
ピチョン。
ピチョン。
ピチョン。
メグザムがぼんやりと意識を覚醒させた時、まず初めに認識したのが水の滴る音である。
「む............」
全身の痛みに思わずうめき声を漏らしながらメグザムはうっすらと目を開け、何とか上体を起こした。
すると、彼の視界一面に飛びこんできたもの......それは。
「お、おおお、お頭ぁーーーッ!!目ぇ、覚ましたんすねぇーーーッ!?」
そう叫びながら、唾やら涙やら鼻水やらをまき散らしながら号泣し、メグザムへと飛びついてきた、細長い顔の舎弟アンダーの顔面だった!
「......ふんッ!」
「あがッ!?」
とりあえず鼻水が体につくことを嫌ったメグザムは思いきりアンダーを殴り飛ばして自分の体を守った後、立ちあがり、腕や足、腰をぐるぐるとまわして、体の調子を確かめた。
問題なく、動く。
全身傷だらけではあるが、骨折などはしていないようだ。
「さて......ここは、どこだ......?」
そして肉体の確認を終えたメグザムが次いで行ったのは、周囲の確認である。
ぐるりとあたりを見回すと、そこら中に転がっているのは、瓦礫と瓦礫、そして瓦礫だ。
それを、壁に埋めこまれた魔灯がちかちかと点滅しながら、辛うじて照らしている。
地下水が染み出しているのか、天井のいくつかの亀裂からは水滴が滴り落ちているのも見える。
「ここ、多分、遺跡の更に、地下深くっす。オレら、あのイブラバーレグが大暴れしたせいで遺跡が崩れて、それに巻きこまれてここまで落ちて来たっす」
「......なるほどな」
鼻血を垂らしながら状況を説明する舎弟に、メグザムは適当な相槌を返した。
そして、自分が寝ていた隣に転がる大きな瓦礫に手を置いた。
これがもし、自分の上に落ちてきていたら、自分の命は無かっただろう。
相変わらず、自分は運が良い。
メグザムは、にやりと口角を上げた。
「なら、アンダー。お前、早く出口を探してこい」
「ええッ!?む、無理っすよぉ!どこもかしこも瓦礫で埋まって、出口なんか無いっす!オレたち、閉じこめられちまったっすよぉ......」
アンダーはメグザムの命令に対して、肩を落としながらそう反論した。
お頭である、メグザムに反抗した!
これは許せない!
「ふんッ!」
「あがッ!?」
だからメグザムは、アンダーのことを再度殴ってから怒声をあげた!
「馬鹿野郎ッ!オレたちはこうして運良く生き残った!なら、まだまだつきは残ってるってことだろ!つべこべ言ってねぇで、早く出口を探せ、このボケッ!!」
「はっはいぃ......!」
メグザムの怒鳴り声に恐れをなしたアンダーは、慌てて瓦礫の向こうへと走り去って行った。
さて、これからは体力の温存が鍵だ。
なるべく少ない労力で地上への出口を見つけ出し、脱出しなければならない。
故にメグザムはその場に座りこみ、ポケットに隠していた干し肉で栄養補給をしようと手を伸ばした......が、しかし、ここで。
「あッ!あああーーーッ!お、お頭ぁーーーッ!」
早速何かを発見したらしいアンダーの叫び声が、瓦礫の向こう側から聞こえてくるではないか。
「ちっ」
一度座ったのにすぐに立ちあがるという無駄な行動に体力を消費することに苛立ちを感じながらも、メグザムはのしのしと声のする方へと歩いていった。
するとそこに、あったのは。
血のように赤い刀身を光らせる、細長く不気味な剣。
イブラバーレグが振り回していたはずの魔剣『ソウルデバウラー』が、瓦礫と共に床の上に転がっていたのだ。
「ほらっ!見てくださいよお頭ぁ!これ、あのイブラバーレグが使ってた『ソウルなんとか』っすよ!ここにあるってこたぁ、あの野郎、きっとくたばりやがったんだ!へへ、タッパを殺した報いを受けたんだ!良い気味だあがッ!?」
魔剣を指さし興奮してまくしたてるアンダーのことを、メグザムはまたしても殴った。
「おい、てめぇッ!オレはよぉ、『出口探せ』っつったよな!?こんな棒切れ一つ見っけたところでよ、今は何にもならねぇんだぞ!?無駄な体力使わせやがって、ぶっ殺すぞ!!」
そしてそう叫びながらメグザムは『ソウルデバウラー』を拾いあげ、アンダーへの威嚇のために思いきり振りあげた。
すると、その時だった!
<イヒヒ!イヒヒヒヒ!良いぞ、殺せ!殺してしまえよおおおおお!>
メグザムの頭の中に、そんな甲高く耳障りな男の声が、響きわたったのは!
「は!?」
突然のことに、声の出所を探るため辺りを見回すメグザム。
しかし、この場にいるのは自分と、床に転がるアンダーだけだ。
<イヒヒヒヒ!違う違う!オレ様はよぉ、剣だ!お前さんが握っている、魔剣『ソウルデバウラー』だぜぇ!>
「何だと!?」
この告白にはさすがのメグザムも驚き、目を見開いて『ソウルデバウラー』のことを見つめた。
<いやぁ、助かったぜ、お前さんがいてくれてよぉ!せっかく目覚めたってのに、下手したらこのまま永遠に、土の下に埋まり続けるところだったぁ!イヒヒ、さすがに肝が冷えたぜぇ!>
「............」
メグザムは突然の事態を理解し飲みこむため、もじゃもじゃの髭をいじりながら沈黙した。
そして。
「おい、お前」
<イヒヒ?>
魔剣に対して、話しかけた。
「お前、『オレがいてくれて助かった』っつったな?つまり、オレがお前を使えば、この場から脱出することができる、と。そういう公算が、あるっつうことだな?」
<おおおおお!?イヒヒ、お前、見かけによらず理解が早いなぁ!?イヒヒ、まさしくその通り!オレはここから抜け出す方法を、知ってるよぉ!なんせここは、このオレ様がバカ共を使って作りあげた、秘密基地!こんな事態に備えた脱出経路はしっかり用意してあるし、そのルートだってばっちり覚えてらぁ!>
「だが、お前には足が無い。だからオレが、必要だってか」
<イヒヒヒヒ!その通り、その通りいいいいい!あれ!?なんかお前さん、まじで結構頭良いな!オレ様、お前さんのこと、なんか気に入ってきたぞぉ!?>
「うるせぇ。余計なこと言ってんじゃねぇ。早くその脱出経路とやらを、教えやがれ」
ぶつぶつと、魔剣に向かって話しかけるメグザム。
その様を、アンダーはきょとんとしながら眺めていた。
<良いよぉ、良いよぉ、教えてやるよぉ!でも、それには条件があるぅ!>
「なんだと?」
<何も、無理難題を言う気はねぇ!でもよ、今のオレ様は、ガス欠状態なのよぉ!>
「ガス欠......?」
聞いたことの無い単語に首を傾げるメグザム。
しかし、そんな彼の様子など気に留めることもなく、『ソウルデバウラー』は喋り続ける。
<つまりはな、さっき暴れすぎたせいで、エネルギーがほとんど残ってねぇ!せっかく眠りにつく前に傀儡を使って殺しまくったってのによ、その分の魂がすっかりパーなんだわぁ!だからよぉ......>
ここまでの話を聞いて、そして先ほどのイブラバーレグの行動を思い出して。
メグザムは、この魔剣が求めているものを、すぐに理解することができた。
故に。
「ほれ」
「えッ!?」
何の気になしに、魔剣『ソウルデバウラー』を使って。
呆けた顔でこちらを眺めていた自分の舎弟、アンダーの胸を。
さくりと、貫いた。
「これで良いんだろ?」
<良いねぇ、良いねぇ、お前さん、マジで良いねぇ!そうそうそうそう、それで良い!魂1コン、いただきまあああああすッ!!>
すると、次の瞬間!
『ソウルデバウラー』の刀身が一瞬怪しく煌めき、そして刺されたアンダーが......凄まじい絶叫をあげ始めた!
「あ、ぎゃ、なん、ぎゃあああああッ!?」
訳も分からず、あまりの痛みに泣き叫ぶアンダー!
だがしかし、メグザムはそんな舎弟の様子を何ら気に留めることもなく!
「おおお......!?おおおおおッ!?」
口元を大きく歪め、よだれを垂らしながら......そう、恍惚の声をあげた!
<イヒヒヒヒ!どうだ、力が体に注ぎこまれる感覚は?気持ち良いだろおおおおおッ!?これが、魂の味よおおおおおッ!>
「これが、魂の味......!」
<もっと、もっと、食べたいだろおおおおおッ!?>
「食べたい......!もっと魂が、食べたい......!」
「あああああッ、ああ、あがあああ......!」
......しばらくすると、アンダーの絶叫はすっかり聞こえなくなっていた。
そのことに気づきメグザムが刃先を見ると、そこにあるのはカサカサした黒ずんだ何かだ。
「ふん」
メグザムは『ソウルデバウラー』をぶんと振り回し、その何かを振り払った。
それは瓦礫にぶつかって砕けてから、塵となって消え去った。
<さて、相棒よぉ!>
その様に何か感慨を抱く前に、メグザムの脳内にきんきんと甲高い『ソウルデバウラー』の声が響いた。
この時『ソウルデバウラー』は、メグザムのことを“相棒”と呼んだ。
その事実に、メグザムは何も違和感を覚えなかった。
メグザムと『ソウルデバウラー』は相棒だ。
メグザムは『ソウルデバウラー』に、もっともっと魂を食わせなければならない。
それは、当たり前のことだ。
<約束だぜ!うまい魂食わしてくれた礼だぁ、今からお前さんを、地上への脱出経路へと導いてやるぅ!多少は瓦礫で埋まってんだろうが、今のお前には関係ねぇ!>
「ああ......そうだな」
メグザムはそう言いながらその辺りに転がっていた瓦礫を一つ拾いあげ、試しに軽く力をこめ、それを握りしめた。
するとその瓦礫は、硬質な石の欠片であったはずのそれは、まるで砂の塊のように崩れ去ってしまった!
「力が......漲っている」
<そうだろ、そうだろ、凄いだろおおおおお!?だけど、これで終わりじゃないぜえええええ!?相棒、お前さんはもっともっと殺せば、もっともっと強くなるぅ!そしてそこに、限界はねぇ!人を、超越できるんだぜぇ!?それこそがこのオレ様の最後の作品にして最高傑作の一つ、魔剣『ソウルデバウラー』の機能なのだからあああああッ!!>
「............?」
と、ここで。
メグザムは魔剣『ソウルデバウラー』の“言い方”に、ふと疑問を覚えた。
「『ソウルデバウラー』が、最高傑作?お前は、『ソウルデバウラー』じゃ、ねぇのか?お前は......誰だ?」
<......イヒヒ、喋りすぎたぁ!......まぁ、良い!>
『ソウルデバウラー』はふふん、と鼻を鳴らすような音をメグザムの脳内に響かせてから、偉そうな声でお喋りを続けた。
<相棒!オレはお前さんのことを、かなぁり気に入ってるぅ!だから、特別にッ!オレ様の、本当の名前、教えてやるよおおおおおッ!>
「本当の、名前」
<そう、本当の名前だあああああッ!しかし、このオレ様は偉大すぎて、いくつもの呼び名があるぅ!例えば、『世紀の大発明家』!例えば、『神界の発見者』!しかし、今、この場では、こう、名乗っておこうッ!>
髭をいじりながら待つメグザムに対し、『ソウルデバウラー』は思いきりもったいぶってから、ついにはその真の名前を、告げた!
<オレ様の名前は、“大悪霊エンジィ・アルビット”!『史上最弱』の......しかしながら、『史上唯一神々から逃げきった』、この世界の災厄が一柱よおおおおおーーーッ!!>
この世界の災厄!
その言葉を聞いて、髭をいじっていたメグザムの手は止まり、その目は驚愕で見開かれる!
だが、しかし!
「......すまねぇが、知らねぇぞ、“大悪霊”なんて災厄は」
そう、メグザムは、知らなかったのだ。
しかしこれは、彼に教養がないことを示してはいない。
黒龍然り、オドオカト・セ・ケヌ然り、災厄と称される力ある者たちの名は、広く世界中に知れ渡っているものだ。
しかし、“大悪霊エンジィ・アルビット”は別である。
何故なら。
<イヒヒ......そりゃあ、当然よぉ!オレ様、これまで転生を繰り返しながら、ずっと逃げ隠れしてきたからなぁ。知名度が低いのも、頷ける話だなぁ!確かおとぎ話の一つくらいには、なってたはずだがぁ?>
「......良くわかんねぇが、それ多分、胸張って言えることじゃねぇな?」
<イヒヒヒヒ!しょうがねぇだろぉ?オレ様、もともとは単なる技術者だもんよぉ!......だが、こそこそすんのも、もう終わりだぁ!>
......エンジィの興奮を表しているのだろうか。
魔剣『ソウルデバウラー』の赤い刀身が、ちか、ちかと怪しく光る。
<良いか、相棒!お前さんはこの秘密基地を脱出したら、まっすぐ西へと向かうのだぁ!>
「西だと?」
<そうだぁ!そこにもなぁ、オレ様謹製の兵器が眠ってんのよぉ!おそらく神々はあれのことを、ただの壊れた古代兵器と勘違いしているぅ!だが、しかし、その実態はぁ!この魔剣『ソウルデバウラー』の、外付けデバイスなのだあああああッ!!>
「外付けデバイス......?」
またしても聞きなれない単語が飛び出し、メグザムは首をひねった。
<そしてその後は、サーディサンヌに殴りこみだぁ!あのクソバカ邪神に接収されちまった、オレ様のもう一つの最高傑作を取り戻し、そして、オレ様はぁ!ついについについに、最強に、なるうううううッ!!>
「............」
メグザムは、脳内でまくしたてるように叫ぶエンジィの声を聞き流しながら、一つの結論をくだした。
つまり、彼のこれからの方針を、決定したのだ。
「まあ、とにかくだ」
エンジィの絶叫がおさまったのを見計らって、彼は話をまとめた。
「オレは、西へと向かえば良いわけだな?」
<そう!>
「たくさん、殺しながら」
<そう、そう!>
「魂を、食らいまくりながら」
<そう、そう、そおおおおおう!>
「それは、なんとも、まぁ......」
そう言ってからメグザムは言葉を区切り、力をこめて『ソウルデバウラー』を一度、横なぎに振り払った。
刀身から赤い光が迸り斬撃となって、通路を塞いでいた瓦礫が粉々になって吹き飛ばされる!
「楽しい旅路に、なりそうだ」
そしてにやりと邪悪な笑みを浮かべながら、メグザムは現れた地下通路を前へ、前へと進み始めた。
「............イヒヒ」
不気味な笑い声を、漏らしながら。
第15章は、今話をもちまして完結となります。
途中何度か間が空きましたが、自分としては未だかつてないペースでの投稿となりました。
ストック無しで良くもまあやったものだと、自分で自分を褒めてあげることにします。
第15章は、これまでの章で出てきた様々な要素が再び現れる章でしたね。
そして最後には、悪党が大悪霊と出会いました。
あ、そう言えば、『オマケの転生者』はちょっと前に、3周年を迎えました。
こうして続けていられるのも、皆様が本作を読んでくださっているおかげです。
いつもありがとうございます。
第1部は、次の、次の章が最終章の予定です。
これからも『オマケの転生者』をお楽しみいただければ、幸いでございます。
それではまた、第16章でお会いしましょう。




