291 【冒険者ミトラン】遺跡の跡地に、夕日が沈み
ズズズズズズズ......。
周囲に大きな地響きを鳴らしながら、その地下に『アハテ川上流遺跡』があったと思しき森が、まるで吸いこまれるように、地下へと埋まっていく。
やっと地盤沈下がおさまった時......時刻は既に、夕方だった。
「あ......ああ......」
背中に真っ赤な夕日を浴びながら、ボクはすっかりへこんでしまった遺跡跡地のくぼ地の際に膝をつき、がっくりと肩を落とした。
何故って?
エミーちゃんが......ついに、遺跡の地下から、脱出してこなかったからだ。
「............」
レーセイダさんもじっとうつむき、沈黙している。
目深にかぶった帽子と夕日の逆光のせいで、その表情はうかがえない。
地響きがおさまった今、この周辺の森は恐ろしい程の静寂に包まれている。
大規模な地形変動を警戒して、鳥も獣も虫も、皆どこかに逃げて行ってしまったから。
だから、今ここにいるのは、ボクとレーセイダさんの二人だけだ。
情けなくも、一人の少女を助けることもできず、命からがら地下から逃げ出した......ボクたちだけだ。
◇ ◇ ◇
「役割分担」
遺跡地下の最奥部で別れる前に、ボクに対して、彼女はそんなことを言った。
「レーセイダさんを地上へ連れ出すための、護衛は必要。どちらかが、護衛として先に二人で逃げ、どちらかが、あの男を倒す」
「だから、ボクが戦うって......!」
必死の形相でそう主張するボクのことを、エミーちゃんは鼻で笑ったんだ。
「お前、人を殺せないでしょ」
「......!!」
......ボクは......何も反論を、できなかった。
「だから、私は言った。あれは、私が殺す、と。あれは、殺さずに止まる輩じゃない」
「でも」
「黙れ」
中身の無い反論をしようとしたボクに【威圧】を放ち、エミーちゃんはボクを強制的に黙らせた。
「それに、私は呪い子。知ってる?呪い子は、運が悪い。私がレーセイダさんを運べば、きっとあれは運悪く落石に潰されて死ぬ」
いや、さすがにそんな訳ないでしょと、そうつっこみたかったんだけど。
彼女の目は、あまりにも真剣だった。
冗談で言った言葉では、ないらしいんだ。
そして、次々に崩落が辺りで始まっている。
もはやこれ以上、問答している時間はなかった。
「わかった......わかったよ!」
ボクはエミーちゃんの顔を見て、大きく頷いた。
ああ、だめだ。
涙が、涙が止まらないよ。
「絶対に......絶対にあんな男には負けないでね......死なないでね!」
「当たり前だ。私が死ぬわけないでしょ。死ね」
「この期に及んでその照れ隠しはないでしょ!人に『死ね』とか『殺す』とか言っちゃ、いけませんっ!」
その会話を最後にボクは踵を返し、有無を言わさずにレーセイダさんを担ぎあげると、全力で地上に向かって走りだした!
「なっ......ミトラン君!?こ、この場をエミー君一人に、任せる気かね!?」
「黙って、レーセイダさん!舌、噛むよっ!」
ズズン!
ボクが駆け抜けた後ろの方に、何やら大きな石が落ちてきたようだ。
大きな音が響く。
でも、ボクはそれを振り返ることもせず。
一目散に、悪党たちが使ったと思われる階段を、地上へと向かって駆けのぼっていった。
◇ ◇ ◇
そして何とか地上へとたどり着いたボクたちは、待った。
エミーちゃんが、あの男を打ち倒し、地上へと帰還してくるのを。
でも......だめだった。
待っている間に、遺跡はどんどん潰れ、周囲はだんだんとくぼ地になっていき、そして遺跡の入り口は、すっかり埋もれてしまった。
「うっ......ううっ......」
だめだ、また、視界がにじむ。
短い間だったけど、一緒に遺跡を冒険した、エミーちゃんの姿が目に浮かぶ。
無表情で、なんとなく怖くて。
だけど、多分きっと、悪い子では、なくて。
そして、わけわかんないほど強い、不思議な子。
きっと、エミーちゃんなら、大丈夫。
遺跡の最奥部で別れた時、ボクはそう思った。
エミーちゃんなら、あの恐ろしい男を打ち倒し、きっと後から地上に戻って来てくれるって。
そう、思っていた。
いや、そう思いたかったんだ。
ボクは......怖かったから。
あの男が、怖かった。
崩落を始めた遺跡に残るのが、怖かった。
もちろん、エミーちゃんの提案に乗る方が合理的だって思ったのは確かだ。
エミーちゃん、凄く強いし。
エミーちゃんなら、きっと全部解決してくれるって、確かに思った。
でもやっぱり、ボクは、怖かったんだ。
だからボクはエミーちゃんを......見捨てたんだ。
「ねえ、レーセイダさん......ボクは、弱いね......」
「何を、言って......」
ぽた、ぽた、ぽたと涙が地面にこぼれ、円形の染みを作る。
レーセイダさんはボクを慰めようとして、ボクの顔を覗きこみ......だけど、悲しむだけじゃない、怒りを孕んだボクの瞳を見て、息をのんだ。
ボクは、確かにこの時、怒っていた。
弱い自分に、怒っていた。
「強く、なりたいよ......」
思わずぽつりと、言葉が漏れる。
「ボクは、強くなりたい。借り物ではない、本当の強さが欲しい」
血がにじむ程強く、手を握りしめる。
ミシミシと、拳から音が鳴る。
「友達を、守ることのできる......本当の、強さが!」
「ミトラン君......」
レーセイダさんは......安い慰めの言葉は、言わなかった。
ただ無言でボクのことを、ぎゅっと抱きしめてくれた。
細く、暖かなレーセイダさんの腕に抱かれて、ボクは。
「う、ううう......うわああああーーーっ!!」
......大声をあげて、泣いたんだ。
でも、その時だった!
ズズズ、ズズズズズ......。
「この音は......?」
初めにそれに気づいたのは、【超感覚力】を持つボクではなくて、レーセイダさんだった。
彼は、さっきまでのような、地下から響いてくる音が再び鳴り始めたことに、気づいたんだ。
「まずいぞ、ミトラン君!再び崩落が始まったのかもしれない!ここも巻きこまれる可能性がある。すぐに、もう少し遠くへと、避難を!」
そう言ってレーセイダさんは、ボクを立ちあがらせた。
ズズズズズズズ!
そうこうしている間にも、地下から鳴り響く音は、ぼんやりとしていたボクにも聞こえるほどに大きくなっていた。
これは、確かに、危険かもしれない。
ボクはレーセイダさんと顔をあわせて、頷きあった。
そして。
「すぐにここから」
逃げよう、と。
そう言おうとした矢先のことだった!
ボコォッ!!
そう、大きな音を立てて!
ボクたちが走りだそうとした進路に!
......地面から!
二本の腕が、突然生えてきたのは!
「「うわああああーーーッ!!?」」
ボクたちは突然のことに、思わず抱き合って跳びあがった!
でも当然のことながら、その二本の腕はボクたちのことなんか何も気にせず、何度か宙を掴むようなしぐさをしたかと思うと。
今度は地面に、その手のひらを押しつけて。
「ああああああ......」
何やら、唸り声をあげ始めた!
ボクたちが立っている地面が、かたかたと揺れ始める!
そして!
「らあああああーーーッ!!!」
そう、大きく叫びながら!
地面から腕を出していた、それは!
思いきり......地上に飛び出した!
その勢いたるや凄まじく、地中から飛び出してきたその小さな影は5メートル程は跳びあがった。
そしてくるくると回転しながら......すたっと、二本の足で。
地面へと、降り立った!
「え......!?」
その時、まず初めにボクの胸中を満たしたのは、驚き。
「え......!!」
そして次いで、喜び!
だって!
だって、地中から飛び出してきた、その小さな影は!
「エミーちゃああーーーんっ!!!」
ボクが亡くしてしまったと思っていた......大切な、友達だったんだから!!
「......なんだ、お前ら、まだいたのか」
「へぶぅっ!?」
思わず飛びつこうとしたボクを、エミーちゃんは必要最低限の動きで、すっと避けた。
ボクは顔面から地面に落下した。
でも、全然気にしない!
「エミーちゃん!生きてたんだねっ!嬉しい......嬉しいよっ!」
ボクは顔面を砂まみれにしながらも、喜びの声をあげた!
「当たり前。生き埋めになったくらいで、私は死なない。ころ......殴るぞ」
エミーちゃんはボクと目線をあわせず、全身についた泥をほろいながら、そう照れ隠しを言った。
そっか、そうだよね!
エミーちゃんが、生き埋めになったくらいで死ぬわけが、なかったんだ!
きっと岩を砕き土をかきわけて、地上への道を掘り進み、こうしてここまで戻って来たんだねってそんなことができてたまるかーーーいっていうつっこみは今は野暮だ、エミーちゃんならできるんだそれで良いんだっ!
とにかくっ!
「エミーちゃんっ!」
ボクは右手をすっと、差し出した。
握手の手だ。
「生きててくれて......生きててくれて、ありがとう!お疲れ様!」
「............」
エミーちゃんは。
エミーちゃんはボクの右手をじっと見つめて。
沈黙しながら......何度か頬をかいてから。
視線を、ボクの瞳にあわせて。
“左手を”、前に伸ばした。
そして。
「え?」
ボクの右手をその手で掴み、ぐいっとひっぱった。
思わずよろけてバランスを崩し、ボクは一歩、二歩と前に出る。
そんなボクを。
そんなボクの、無防備な腹に向かって。
エミーちゃんは。
「......らッ!!」
強烈な殴打を、お見舞いした!
「おごえええっ!?」
痛みのあまり、思わずその場にうずくまる、ボク!
そんなボクをエミーちゃんは見下ろしながら、ふんと鼻で笑って。
「......まあ、これくらいに、しといてやる」
そう、わけのわからないことを言ってから。
凄い速さで......どこかに走り去って、行った......。
「え、えええ、ええ?」
数十秒後、痛みをこらえながらなんとかボクは、エミーちゃんが走り去って行った方向に顔を向けた。
するとボクの視界に飛びこんできたのは、沈みゆく真っ赤な夕日と、影で黒く塗りつぶされた森だった。
当然、だけど。
エミーちゃんの姿は、もうどこにも見当たらなかった。
本当に、最後まで......。
エミーちゃんは、わけのわからない、不思議な子だったよ......。
次話から数話、エピローグです。




