290 戦いの、結末
「は......はあああああ?イヒヒヒヒヒ!」
『殺すのは、私。死ぬのは、お前』。
あまりにも淡々と告げられた宣言。
それを言ってのけたのは、小さな呪い子。
この“自分”を前にして、怯えも怯みもしない無表情な、呪い子。
傲岸不遜な態度の呪い子。
生意気な、呪い子。
その、呪い子に。
「ぬかせ、ガキがあああああッ!!」
イブラバーレグは激怒し、絶叫した!
「このオレ様を、殺す!?てめぇ、ガキが、こっちが本気出してねぇからって、調子乗ってんじゃ、ねぇッ!!ふざけんな、ボケがあああああッ!!!」
すらすらと自分の口から、いつもは使わない乱暴な言葉があふれ出してくることに、叫びながらもわずかに残ったイブラバーレグの理性は、驚きを覚えた。
これは、自分の言葉なのか?
もしかしてこれを喋らせているのは、『ソウルデバウラー』ではないか?
僅かに生じる、正体のわからぬ不安。
危機感。
しかし......すぐにそんなものは、消えてなくなった。
そう......彼は既に、『ソウルデバウラー』を受け入れたのだ。
つまり彼はもはや、イブラバーレグであると同時に『ソウルデバウラー』なのだ。
『ソウルデバウラー』がイブラバーレグの口を使って喋ることくらい、なんでもないことだ。
何を不安に思っていたのだろう、全くもって愚かなことだ。
今はこの激情に身をまかせ、眼前の恐れ知らずの小汚いガキを、殺す。
それこそが、重要なことなのだ。
「このオレ様をきれさせたんだ、てめぇ、ただじゃ殺さねぇッ!!生きたままひきちぎってから、その魂啜ってやんよッ!!覚悟しとけよおおおおおッ!?」
「............」
一歩、二歩。
瓦礫の山から体を起こしたイブラバーレグは、喚き、凄みながら呪い子へと歩みを進める。
対する呪い子は、未だ冷静。
それどころか......そんなイブラバーレグを鼻で笑ってから、挑発した。
「なら、さっさと本気出せよ」
「ああああああ!?」
「さっきと同じこと、繰り返す?次は、殺すから」
そう言って呪い子は、拳を構える。
「言ったな、こらッ!!てめぇ、後悔しても、知らねぇぞッ!?はあああああッ!!」
もはや彼は、なりふりを構わず全力を出すことにした。
以前、眠りにつく前にためこんでおいた予備の魂を、温存などせず一気に消費する!
この肉体の強化に、全力を尽くす!
「おああ......ああああああッ!!!」
これまで以上に大声で、彼は叫んだ。
まるで悲鳴のような、絶叫!
そして、その次の瞬間だ!
彼の肉体が大きく......膨れあがったのは!
メリメリ、ボキボキボキ、メキョッ!!
不気味な音を立てながら膨れあがっていくイブラバーレグの肉体変化は、もはや筋肉のパンプアップで説明のつく次元の変化では、ない!
その手足は丸太のように太くなり、身長は従来の2倍ほどには大きくなっている!
一体これは、どうしたことか!?
質量保存の法則は、どこにいってしまったのか!?
そんな疑問に答える人間も、そもそもそんなことを気にする人間も、この場にはいない!
「ぎ、いてぇ......いてぇ!が、あああ、あ......イヒヒヒヒ......イヒヒヒヒ......!」
そしてその肉体変化は......相当無茶なものだったのだろう。
今や、巨大化したイブラバーレグの体の皮膚は裂け、筋肉が露出している。
ところどころ血が噴き出し、それどころか骨すらも妙な方向に飛び出しているものさえある。
しかしながら、その変化に伴う痛みに彼は、次第に慣れてきたらしい。
うめき声はいつしか不気味な笑い声へと変わり、彼は痛みのあまり白目をむいていたその眼球をぐるりと動かし、歪な笑みを浮かべながら、部屋の向こうにいるちっぽけな呪い子を見下ろし、睨みつけた!
そして......!
「......は?」
彼は、間抜けな声を漏らした。
何故なら!
彼の肉体が、戦闘のためだけに後先考えず劇的な変化を遂げていた、その時に!
彼が対峙する、小さな呪い子の肉体にも、大きな変化が発生していたからだ!
大きな変化とは、何か?
それは、つまり!
端的に、言うならば!
触手だ!!
彼女が身にまとっていた黒い布のような物が無くなった代わりに、黒い触手が10本!
それが彼女の肩辺りから伸びて、うねうねと蠢いているではないか!!
「な、なんだとッ!?なんだそれはあああああッ!?」
事態についていけず、その眼球をぎょろりと見開き巨体を揺らしながら、慌てふためくイブラバーレグ!
しかし対する呪い子は、やはり冷静、そして無表情!
「............で?」
なんの感情も読みとれない、その黒い瞳を不格好な巨人へとまっすぐに向けて!
呪い子は......。
旅人エミー・ルーンは、言った!
「もう、殺しても、良いよね?」
次の瞬間、恐るべき速さでエミーの【黒触手】が伸び、イブラバーレグの巨体へと襲いかかった!
一本、二本、三本!
生物の肉体としては、恐ろしい程の頑丈さを手に入れたはずのイブラバーレグの筋肉が、次々に触手によって貫かれていく!
「いッ!?ぎッ!?あがが、な、なめるなあああーーーッ!!」
痛みに耐え、その触手を抜きとろうと、それを掴みとるイブラバーレグ!
しかしそれは悪手!
あまりにも、悪手!
そんな動作に時間を費やし、彼は無駄に大きな隙を作ってしまった!
......その隙を、見逃すエミーではないのだ!
「らあああああーーーッ!!」
一際大きく吠えてから、エミーは思いきり、彼女の触手を......三本の触手を、一つにまとめあげた一際頑丈なそれを......イブラバーレグに向かって、振りおろした。
狙いは、イブラバーレグの右腕。
魔剣『ソウルデバウラー』を握る、右腕だ!
「あ!?」
......凄まじい、速度だった。
イブラバーレグが気づいた時にはもう、彼の右腕は。
肘から下が、斬り離されていた。
彼は知る由もないが、これはエミーの持つ、複数の異能の合わせ技。
つまり、【黒触手】に、切断のための異能【蟷螂】をまとわせた結果である。
彼女がたゆまず続けてきた異能の鍛錬は。
異形へと変じた硬質な巨人の腕すらも斬り飛ばすという結果を、今ここに示したのだ!
そして。
カラン、コッ......。
イブラバーレグの手から離れた魔剣『ソウルデバウラー』は、二度、遺跡の床を跳ねてから。
......先ほど開いた、さらなる遺跡の地下深くへと続く大穴の中に、転がり落ちていった。
その瞬間、ずっとどこか、靄がかかっているようだったイブラバーレグの思考が、突然クリアになった。
イブラバーレグは、はっとした。
そして彼の脳内に、数えきれないほどの疑問が、浮かびあがる。
先ほどまでの、感情に振り回された、まるで素人のような戦いは、一体何だ!?
何故自分は逃げ道も確保せず、こんな危険な遺跡の地下で戦っている!?
体を大きくして、どうする!?
どうやって、外に出るつもりだ!?
どうして自分は、そんな判断をした!?
自分のことだ、考えればわかるはず。
彼はそう思ったが、しかし、どうにもうまくいかない。
その判断の根拠が、まるでどこかに転がり落ちてしまったかのように、見つからない。
「あ、あああ!?あがあああああッ!?」
そして、さらには!
先ほどまでは我慢できていたはずの、肉体変化に伴う痛みが!
エミーの触手によってつけられた傷の痛みが!
イブラバーレグに、一斉に襲いかかり始めたのだ!
「ああああああああああああッ!?」
もはやイブラバーレグは、立っていることすらできなかった。
その場に倒れこみ、床をごろごろと転がりながら、体の痛みにうめき続ける。
エミーはそんな、哀れな異形の巨人を見下ろしながら......彼女の触手を一対の巨大な腕へと、まとめあげた。
【黒腕】である。
彼女はその、ごつごつとした硬質で悍ましい二本の腕の指を交互に組み合わせ、まるで祈るような形を作った。
そしてそれを、痛みにもがくイブラバーレグの、頭部目がけて。
思いきり......降りおろした。
......これ以上の描写は、必要ないだろう。
イブラバーレグは、死んだ。
◇ ◇ ◇
「............」
敵は死んだ。
されども、遺跡の崩落は終わらない。
ズズン、ミシ、ミシミシ、ズザアアアアッ!
轟音を立てながら、天井からは次々に石や砂などが落下してくる。
まるで、この轟音は、この意地の悪い遺跡のあげる断末魔だ。
そんなのんきなことを、エミーは思った。
「............」
さて、そんな崩壊中の遺跡の中において、エミーは、周囲をぐるりと見回した。
遺跡の外へと続く階段は、かなり早いうちから塞がってしまっており、今となってはその階段がどこにあったのかすら、わからないような状態だ。
いくらエミーの足が速かろうと、これから正規ルートを抜けて地上に戻るのも、また不可能だろう。
つまり、エミーはこの地下深くに、すっかり閉じ込められてしまったというわけだ。
されども、彼女は無表情。
何ら動揺を見せることなく、ただじっとそこにたたずみ、徐々に埋まっていくこの地下空間の様子を眺めていた。
異形の巨人の肉体がすっかり土砂に埋もれてしまった、ちょうどその時。
エミーの頭上にあった天井がついに崩れ、彼女目がけて、大きな石とともに大量の土砂が降り注いできた。
彼女は、その様を。
ただじっと、眺めていた。




