289 魔剣『ソウルデバウラー』に執着した、“遺跡荒らし”イブラバーレグという男の人生について
むかし、あるところに、悪い剣士がいました。
その剣士は、自分さえ良ければ、他の人などどうでも良いという、悪い考えを持った男でした。
そんな男が、ある日偶然、『ソウルデバウラー』という魔剣を手に入れました。
それは、殺した相手の魂を食べ強くなることができるという、恐ろしい力を持った剣でした。
男はもともと悪い心を持っていたので、魔剣の魅力にすぐにとりつかれてしまいました。
そして罪の無い人々を次々と殺め、その力を増していったのです。
しかし神様は、その悪行を見過ごしはしませんでした。
神様はすぐに正しい心を持った人間を見つけ出し、その者に神命を降しました。
『罪なき人々を殺める悪い剣士を倒し、この世に平和を取り戻すのです』と。
正しい剣士はそのお言葉を聞いて旅立ち、修行をして、仲間を作り、ついには悪い剣士を打ち倒したのでした。
めでたし、めでたし。
皆さんも、自分勝手な、悪いことばかりしていては、いけませんよ。
神様は、しっかりと皆さんのことも、見ておいでです。
◇ ◇ ◇
地方によってかなりの差異が存在する、この『悪い剣士と正しい剣士』と呼ばれる昔話だが、エッセンスを抽出し概要としてまとめるならば、概ねそのストーリーは上記のようなものである。
黄金大陸内では良く知られた昔話であり、当然イブラバーレグも、幼少の頃からこの話に慣れ親しんできた人間の一人だ。
幼い頃の彼は、このお話が大好きだった。
何度も何度も、寝る前にこのお話しをするようにと、母親にせがんだものだ。
就寝前に読むには少し血なまぐさい昔話であることは確かだが......母親は求められるがまま、何度も繰り返し『悪い剣士と正しい剣士』の読み聞かせを行った。
何故なら彼女も、このお話が好きだったからだ。
特に、それまで悪行三昧をつくしてきた悪い剣士が正しい剣士に倒される場面などは、読んでいてとても胸がすっきりするものだ。
だがしかし、イブラバーレグがこの物語を好きな理由。
それは、彼はそれを決して口にはしなかったが、母親のそれとは、大きく異なっていた。
イブラバーレグは......悪い剣士が『ソウルデバウラー』を使ってどんどん人々を殺し、強くなっていくその様こそが、大好きだった。
そのシーンを聞いて、自分を強くなっていく悪い剣士に重ね合わせるたびに、胸が高鳴った!
強くなりたい!
何物も、己の自由にできる、悪い剣士のような強さが欲しい!
そんな思いが、幼いイブラバーレグの心に、強く刻みこまれた。
◇ ◇ ◇
さて、その後の彼の人生について、この場では多くを語るまい。
しかし大まかに言ってしまえば、彼は強く賢く成長し、考古学者と冒険者という二足のわらじを履く、一角の人物となった。
彼が考古学者になったのは、もちろん魔剣『ソウルデバウラー』を欲したからだ。
幼い頃に抱いた悪い剣士への憧れが、そのまま『ソウルデバウラー』への執着につながり、彼の人生の方向性を決定づけたのだ。
この魔剣については、各地の遺跡からその実在についてほのめかす証拠品が出土しており、『おとぎ話の題材ともなった遺物がどこに眠っているのか』というテーマを掲げ研究を行う学者は数名いた。
彼は、そのうちの一人だった。
そういう意味では、彼は決して異端ではなかった。
ただしその動機は学術的な興味に基づいておらず、『ソウルデバウラーでたくさん人を殺し、強くなりたい』という愚かかつ恐るべき願望に根差していたわけだが。
そのような願望を持つに至った人間が、他にいないとは限らない。
しかしその願望を原動力として、考古学者になるまでに至ったのは、おそらくイブラバーレグただ一人だろう。
そして彼は同時に、強い冒険者にもなった。
それは、魔物蔓延るこの世界でフィールドワークをするためには、ある程度の荒事をこなす必要があるからだし、純粋に強くなるために己を鍛えたかったからだ。
いつか『ソウルデバウラー』を手にした時、その魔剣に恥じぬ実力を手にしていたい。
そんな思いで彼は、学術研究の傍ら、かなりがむしゃらに修行をした。
そして、どうやら適正は剣ではなく鞭にあったようだが、かなりの強さを手に入れたのだ。
まさに、文武両道。
丁寧で物腰も穏やかな、尊敬すべき人物。
ある時までの彼の評価は、まさしくそのような物だった。
しかし、いかに世間から称賛を浴びようとも、彼の心は決して満足を覚えることはなかった。
それはもちろん、『ソウルデバウラー』が、手に入らないからだ。
おとぎ話にも語られる、伝説的な遺物だ。
そう易々と、発見できるわけがない。
だからイブラバーレグは、一時期己の夢を諦めかけたこともある。
その時に彼は、ただ修行を繰り返すことにより己の力を高めようと努力した。
しかし、だめだった。
少しは強くなったが、やはり彼が満足するに足る、周囲とは隔絶した強さを得ることができなかったのだ。
人間の強さには、限界があるのだ。
この世界の人間は......人間に限らず他の生物や、あるいは鉱物等にも似たような現象が起きることが知られているが......魔力を多く取りこみ蓄えることで、より強く、己の組成を変化させることができる。
これは魔力変質などと呼ばれる現象であり、強い冒険者などは多くの魔力変質を繰り返していることが知られている。
だが、しかし。
人には、取りこめる魔力に、限界があるのだ。
個人差はかなり大きいが、この限界......成長限界があるために、人間はいかにたくさん修行をして食物等から多くの魔力を体に取りこんだとしても、一定以上の強さにはなれないのだ。
無制限にどこまでも強くなれる、そんな人間がいたとしたら......おそらくそれは、人間ではないのではないか。
それは理から外れた、人の形をしているだけのバケモノである。
話が少しそれたが、イブラバーレグの成長限界は、それほど高い水準にはないことを、彼は同世代の冒険者の強さを冷静に観察しながら、見抜いていた。
やはり、己が修行するだけでは、だめなのだ。
己が強くなるためには......限界を超えた成長を可能にする魔剣、『ソウルデバウラー』が必要だ。
彼は修行の末そう思い至り、考古学的研究を再開したが、その時点で彼は、だんだんと体の衰えを自覚し始めていた。
肉体の全盛期はとうに過ぎ去り、後は緩やかに老い、衰えていく。
とにかく強くなりたい彼にとって、そんな人生は到底受け入れられるものではなかった。
故に、焦りが生まれた。
笑顔の仮面に、綻びが生じた。
それまで隠し通していた彼の邪悪な一面が、白日のもとに晒された。
彼が陰に隠れて行ってきた数々の非道が、明らかになった。
違法な遺跡調査、他の考古学者への殺害を含む妨害、個人的な欲求を満たすための殺人、等々......。
全て、ばれたのだ。
彼が、冒険者として活動していたことが、仇となった。
冒険者ギルドには、ギルド職員や冒険者を対象として各種調査を行う、サイノンとかいう凄腕の捜査官がいるのだ。
そいつが、全ての秘密を暴き立ててしまった。
10歳の時の幼馴染殺しの真実まで引っ張り出してくるものだから、イブラバーレグは本当にうんざりとしたものだった。
とにかくそれが原因で、彼は冒険者証を剥奪され、考古学会からも追放された。
座して待てば、己に待ち受けるのは捕縛され刑を受ける未来のみ。
それでは、考古学研究ができない。
『ソウルデバウラー』が、見つからない!
断じて、そんな未来は、受け入れることができない!!
故に彼は、表社会から姿をくらました。
お尋ね者の“遺跡荒らし”イブラバーレグとなったのだ。
◇ ◇ ◇
思えば自分の人生、様々な苦労があった。
思うように進まない研究に、情けない己の成長限界、そして煩わしい人間関係。
だけど、その全ては今、報われた。
崩れ行く遺跡の中、しかしその崩壊の様子に何ら危機感を抱くこともなく、イブラバーレグはその手に握りしめた魔剣『ソウルデバウラー』を眺めながら、幸せな気分に浸っていた。
彼は、ついに手に入れたのだ。
いや、違う。
彼はついに、出会ったのだ。
彼が、人生をかけて探し求めた、魔剣に。
さらに嬉しいことに、この魔剣は、イブラバーレグのことを認めてくれたのだ。
驚くべきことに、この魔剣には人格が備わっていた。
手にした途端、魔剣の意志がイブラバーレグに侵食し、会話が可能になったのだ。
魔剣は言った。
『イブラバーレグこそが、己が待ちに待った、己を振るうべき主人であるのだ』と。
嬉しかった。
嬉しくないわけがない!
自分が探し求めた魔剣が、ずっとずっとずっと、自分のことを待っていてくれたなんて!
まさにこれは、相思相愛!
運命の出会い!
自分はきっと、この魔剣を使って、たくさんたくさんたくさん殺すために、生まれてきたのだ!
ああ、多幸感で、脳が痺れる!
魔剣からもたらされる人外の力を得たことによる万能感で、興奮が止まらない!
どきどき、ふわふわの、ぎらぎらだ!
どういう訳か頭が少しぼんやりするが、さしたる問題ではない。
何故なら彼は今、間違いなく人生で一番幸せだから。
「......さて」
しかしいつまでも、幸せに浸っているわけにはいかない。
魔剣は、目覚めたばかりで空腹なのだ。
小汚い悪党一人の魂では、到底満足などできない。
すぐに、もっともっと、魂を食べたいと、そう言って騒いでいる。
イブラバーレグも、早くもっともっと、殺したかった。
先ほどタッパを殺した時に感じた、あの魂を食らいつくす感覚。
相手の命が自らの力へと還元されていく、あの感覚。
あれは、素晴らしいものだった。
あれを、もっと味わいたい。
にやにやと笑いながら、イブラバーレグは目の前の、三人のご飯を眺めた。
一人はどこからわいて出たのかわからない、不気味な黒髪黒目の呪い子。
一人は少年風の冒険者装束を身にまとった、美少女。
一人は、かつて彼が真面目な考古学者としての仮面をかぶっていた時にできた弟子、レーセイダ。
呪い子は......なんだか気持ち悪いが、他二人はなかなかうまそうだ。
思わず舌なめずりする。
彼女らは何やら、イブラバーレグを前にして、少しもめていた。
もし彼がいつもの彼であったなら、それは決して見逃せない隙であったはずだ。
しかし、彼を満たす多幸感と万能感が、彼の行動を鈍らせた。
イブラバーレグは幸せに浸りながら、ぼんやりとそれを眺めていたのだ。
だけど、それももうここまでだ。
どうやら彼女らの、話し合いが終わったようなのだ。
少年のような服装の美少女が、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながらも何かを覚悟した顔で頷き、見た目にそぐわぬ力でレーセイダを担ぎあげた。
レーセイダは慌てて何やら喚いているが、その力では美少女の拘束に抗えないらしい。
呪い子はじっと、イブラバーレグを見つめている。
(これは......あの二人だけ、逃がす気か)
その様子を見れば、少し鈍った今のイブラバーレグでも、彼女らのしようとしていることくらい察しがつく。
逃がすな、殺せ、殺せ!
魔剣が喚きたてる。
「イヒヒ......言われなくとも」
イブラバーレグは、その身を翻して背中を向け、イブラバーレグたちが使った階段へと逃げ出そうとする美少女に狙いをしぼった。
そして無造作に、『ソウルデバウラー』を振りあげる。
その刀身から放たれる赤い光の斬撃が、逃走を図った二人の体を斬りつける。
......はずであったの、だが。
カンッ。
そんな音が聞こえた。
同時に魔剣を持つ手に感じる、小さな衝撃。
その衝撃により、イブラバーレグの振るった魔剣の軌道が......ずれた。
あらぬ方向へと飛んでいく、赤い光の斬撃。
それにより深く斬りつけられ崩壊する、遺跡の壁。
しかし、逃げるために駆けていく美少女、そして彼女に担がれたレーセイダは、無傷。
「......ふむ」
若干不機嫌になりながらも、再度魔剣を振り回すイブラバーレグ。
しかし。
カンッ。
またしても小さな衝撃のせいで、斬撃の軌道がずらされる!
殺せない!
逃げ出す二人を、殺せない!
気づけば二人は、もう階段だ!
ああ、ああ、ああ!
二人は階段にたどり着くやいなや、振り返ることもせずそこを駆けのぼり、あっという間に姿を消した。
ズズン!
そして次の瞬間、天井から大きな石が降ってきて、階段への出入り口をふさいでしまった!
もはや、追えない。
容易くは、追えない!
「き、き、貴様ぁーーー......!!」
イブラバーレグは、自分の逃走経路がふさがれたことに慌てることもせず、ただただ怒りを露わにした。
目の前の、不気味な呪い子に。
食事の邪魔をした、まずそうな呪い子に!
呪い子はイブラバーレグの怒気をあてられても、なんら慌てる様子を見せない。
無表情だ。
その手にはころころと、石ころを転がしている。
どうやらこいつは、石ころを【投石】して魔剣の刀身に当てることで、その軌道をずらし、他の二人の逃走の手助けをしたらしい。
「殺す、殺す、殺す......!死ねぇーーーーーーッ!!」
すっかり怒りで頭に血がのぼったイブラバーレグは、魔剣から注ぎこまれる力を【身体強化】に用いて......凄まじい速度で呪い子に対して斬りかかった!
まさに目にも止まらぬ、人外の速度!
彼が踏みこんだ遺跡の床がへこみ、小さなクレーターが生まれる!
「......らぁッ!!」
だが、しかし!
なんとその呪い子は、そんなイブラバーレグの速度に対応して、カウンターを放ったのだ!
彼が魔剣を振りおろす、その一瞬前に。
呪い子は自らイブラバーレグの眼前へと飛びこみ、そして彼の腹部を......殴りつけた!
「ぐあッ!!?」
その拳の威力は凄まじく、イブラバーレグは状況が理解できないまま吹き飛ばされ、遺跡の壁へとその体を打ちつけた。
がらがらと、石壁が崩れる。
もし彼が『ソウルデバウラー』の力で強化されていなければ、きっと彼はばらばらの肉片へとなり果てていただろう。
それほどの、一撃だった。
己の上に降り積もった岩を魔剣によって得た怪力で払いのけて、イブラバーレグは起きあがる。
そして怒りと憎悪に満ちた眼差しを、呪い子へと送る。
「殺す?死ね?」
だがそんな彼の激しい怒りを受けてもなお、やはり呪い子は怯えない。
彼女は無表情に、淡々と。
彼女の中での決定事項を、イブラバーレグへと告げた。
「殺すのは、私。死ぬのは、お前」
【サイノン】
冒険者ギルドに所属する捜査官。
第6章に登場。




