281 【冒険者ミトラン】目覚め、そして迫りくるエビイーター
今、ボクとレーセイダさんは、遺跡の最奥へと続く道を探しながら、薄暗い空間を歩いている。
左右を見回せば、そこかしこにあるのはエビイーターが浮かぶ水槽だ。
エビイーターたちは目を閉じて身じろぎ一つせず、プカプカと水槽の中を漂っている。
もしこいつらが一斉に目を覚まし、こちらに襲いかかってきたら......あわわ、鳥肌がたっちゃった。
怖い想像はやめよう......。
前に言った通り、その水槽を満たしているのは仄かに輝く薄水色の液体。
そしてよくよく見たらこの水槽、床との接合部分には何やらパイプのような物がいくつも繋がっていて......大昔に作られたとは思えない技術力を感じる。
古ぼけた石で組まれた遺跡の床の上に、そんな水槽がいくつも設置され、魔灯で照らされている光景は、レーセイダさんは『ちぐはぐ』と言っていたけど、素人のボクから見てもミスマッチだ。
この遺跡を作ったのは......本当に、一体何者だったんだろうか?
「しかし、ミトラン君......君は、本当に凄いな」
「ふぇ?」
突然声をかけられ水槽からレーセイダさんへと視線を移すと、レーセイダさんは少しばつが悪そうな顔をしながら苦笑していた。
「先ほどの......エミー・ルーンと言ったか。彼女のことだよ」
「?」
そう言われても、レーセイダさん、何を言いたいのかわからないよ?
思わず首を傾げてしまう。
「いや、褒めているんだ。得体の知れない子とも友好的に接することができる、君の態度をね。私もそうありたいとは思うのだが、どうしても......ね。彼女は......黒髪黒目、だったし」
「ああー......」
そう言われて、ボクはようやくレーセイダさんが何を言いたいのか、理解することができた。
この世界アーディストでは、黒髪黒目は『呪い子』とか呼ばれる差別対象だ。
『不幸を招く』とも言われていて、もし黒髪黒目の子が生まれたら、大抵の場合、その子は周囲が知らぬ間に親によって殺されてしまう、とか。
そういう恐ろしい話を、生まれ故郷のペーでも聞いたことがある。
でもボク、この世界で黒髪黒目の子なんて見たのは、さっきのエミーちゃんが初めてなんだよね。
だからそんな言い伝え、すっかり忘れていたくらいだ。
もともとボクは黒髪黒目の人が多い日本から転生してきたわけだしね。
差別感情なんて、湧きようもないんだけどさ。
だけどレーセイダさんは、正真正銘この世界でのみ生まれ育った生粋のアーディスト人だ。
黒髪黒目のエミーちゃんのことが、やはり不気味だったんだろう。
だから、そうか。
レーセイダさんは、さっきのお話の場では、エミーちゃんに語りかけることは、なかった。
視線も......ボクの方ばかり見て、エミーちゃんとはあわせようとしなかった。
だけど、言い伝え......迷信に囚われてエミーちゃんと距離のある態度をとってしまったことを、レーセイダさんは悔いているんだろう。
「ボクは......おバカだから、細かいことを気にしないだけだよ。理性で感情を反省できる、レーセイダさんの方が凄いと思う」
ボクは本心から、そう口にした。
「......そうかね?」
「そうだよ!ほら、くよくよしないで!くよくよしてたらぁー......エビイーターが目を覚まして、レーセイダさんのこと、食べちゃうぞ!」
「ははは、なんだね、それは!」
ぴょんぴょんとおどけて場を和ませようとするボクに、レーセイダさんはようやく笑顔を浮かべてくれた。
もー、これから多分危険がいっぱいの遺跡探索なんだから!
変なところで精神的なコンディションを悪化させるのは、やめてよね!
明るさを取り戻したボクたちは再び前を向き、この水槽エリアを脱出するため歩みを進め始めた......だけど、その時だった!
ヴィーム、ヴィーム、ヴィーム!!!
突然遺跡の中に警報のような鋭い音が鳴り響き、それと同時に青白く輝いていた室内を照らす魔灯が、真っ赤な色に変化した!
そして......!
「「「ビャゴオオオオーーーッ!!!」」」
パリン、パリン、パリパリンッ!
突然奇怪な叫び声をあげながら、水槽の中で大人しく眠っていたはずのエビイーターたちが目を覚まし、固いガラスを殴り壊して外に飛び出してきたんだ!!
「えっ!?えっ!?何これ、何これっ!?ボクが変なこと、言ったから、怒って出てきたのかなっ!?」
「そんな訳ないだろう!“遺跡荒らし”だ!奴らが何やら、遺跡の罠を起動させたに違いない!」
「ビャゴオオオオーーーッ!!!」
慌てふためくボクたち二人に狙いを定め、エビイーターたちは次々に襲いかかってくる!
寝起きだというのに、何て好戦的なんだ!
ギルドの情報通り、こいつらは人間を見つけるとすぐさま襲いかかってくる性質を持っているらしい!
「やっ!とぉっ!」
ボクはすぐに剣を構え、襲い来るエビイーターたちを次々に斬り捨てる!
右薙ぎ、からの左薙ぎ!
そして足りない体躯を補うために飛び跳ねて、頭から一刀両断!
剣術なんて習ったこともないボクだけど、ボクに与えられたチート【超戦闘勘】と常人よりも遥かに高い身体能力が、魔物たちを次々に倒すことを可能にしてくれるんだ!
「「「ビャゴオオオオーーーッ!!!」」」
しかし連中は、仲間が斬られたというのに、一切怯むことがない!
床にこぼれた、仄かに輝く薄水色の液体でびちゃびちゃと音を立てながら、どんどんこちらへと迫って来る!
「『火よ、波となり敵を飲み込め!【ファイアウェイブ】!』」
あまりにも数が多いから、ボクは魔法も使っての応戦も開始する。
詠唱に応じて発生した炎が、波となって周囲のエビイーターたちを飲み込み、黒焦げにしていく。
だけど、それでも数が減らない!
こいつら、どんだけいるの!?
「きゃあっ!」
「あっ!?レーセイダさん!?」
その時だった!
ボクの後方でレーセイダさんの叫び声!
慌てて振り向くと......レーセイダさんは濡れた床に足をとられ、尻餅をついてしまっている!
「「「ビャゴオオオオーーーッ!!!」」」
「しまった......間に合えっ!」
その隙を見逃さないエビイーターたちではない!
転んだレーセイダさんに、続々と魔物たちが迫っていく。
ボクはそいつらを必死に斬り捨てるも......だめだ......数が、多すぎる!
「ビャゴオオオオーーーッ!!!」
ついに一体のエビイーターが、レーセイダさんのもとへとたどり着き、その太い腕を思いきり......振り下ろした!
「ああああああ......レーセイダさぁーーーん!!」
ボクならともかく、レーセイダさんがあの一撃をくらってしまっては、ひとたまりもない......!
レーセイダさんはぎゅっと体を丸め、せめてもの防御の姿勢。
ボクの剣は......届かない。
ボクの詠唱は......間に合わない!
「あああ、あああああっ!」
ボクは情けなくも瞳に涙をため、叫ぶことしかできない!
妙に時間がゆっくりと流れている気がする。
ついに、エビイーターの鋭い爪が、レーセイダさんの体を切り裂こうと、彼の体の間直に迫った。
もう、だめだ!
ボクは一瞬、そう思ってしまった。
でも、だけど。
天は......いや、この場合、『彼女は』、かな。
ボクたちを、見放しては、いなかったんだ!
「せいッ!!」
「ビャゴッ......」
突然、可愛らしい声が、ボクの耳に届いた。
すると、レーセイダさんに襲いかかっていたエビイーターが、風船のように弾け飛んで、死んだ。
「「え......?」」
突然のことに、ボクとレーセイダさんは呆けた声をだす。
そこにいたのは。
突然この場に飛びこんできて、レーセイダさんを救ったのは。
さっきボクたちが別れたはずの、黒髪黒目の女の子......エミーちゃんだった!
「「「ビャゴオオオオーーーッ!!!」」」
「............」
未だ、まるで理性を持ち合わせていないかのように暴れまくり、こちらへと突撃してくるエビイーターたち。
それをエミーちゃんは、先ほどボクたちと話をしている時と同じように、無表情に見つめてから......。
「......らぁッ!!」
一声そう叫ぶと、エビイーターたちに対して、目にも止まらぬ速さで、舞うようにその拳と足を叩きつけ始めた!
「ビャゴッ......」
エミーちゃんの拳がぶつかると、エビイーターは弾け飛び、その血をあたり一面にまき散らす!
「ビャゴッ......」
エミーちゃんの足が薙ぐと、エビイーターの体は両断され、やはりその血をあたり一面にまき散らす!
エミーちゃんはあっという間に、ボクたちをとり囲んでいたエビイーターたちを全滅させてしまった......!
今ボクたちの周囲では、エビイーターの赤い血と水槽に入っていた薄水色の液体が混じりあい、ぶくぶくと泡を立てている。
立ちのぼる異臭。
地獄のような光景。
その最中にあって、エミーちゃんは魔物の血によって全身を汚しながらも、未だ変わらぬ無表情。
その殺戮が、まるで彼女の日常であるかのごとく、自然体。
「エミーちゃん、き、君は一体......!?何なの、その強さは......!?」
まだ他のエビイーターたちが、こちらに迫ってきている。
戦闘中なんだ。
だけどボクは、思わず唾を飲みこんで、エミーちゃんにそう、問いかけた。
「......私は旅人。エミー・ルーン」
エミーちゃんはぽつりと、そう答えた。
「私は......好き嫌いをせず、何でも食べる。だから、強い!!」
そしてそう、力強く言葉を続けた!
「いや、それだけでそんな強くなるわけないでしょ」
「さあ......魔物どもッ!!やんなら、来い......!!」
ボクから思わず飛び出たつっこみが聞こえなかったのか、それを無視してエミーちゃんはボクたちに向かって近づいてくる追加のエビイーターたちを睨みつけ、大声で吠えた!
「......皆殺しだッ!!!」




