269 磨きあげたもの
「ああああああッ!!」
エミーは一息でライリーンに肉薄したかと思うと、そのまま両手両足に加え【黒腕】を器用に使い、ライリーンに攻撃を加え始めた!
右拳を払いのけたかと思えば、真上から金づちのように【黒腕】が振り下ろされる。
「ちょ!」
ライリーンはそれを、左手のひらを頭上に掲げることで、受け止める。
当然の如く生じる隙。
エミーはライリーンの左わき腹あたりを無防備と見た。
すぐさまそこに、右、左、右と拳を叩きこむ。
せわしなく右手を動かして、その全てを防ぐライリーン。
「ちょっと、待って!」
ライリーンは左手のひらで受け止めていた【黒腕】を地面に叩きつけ、めりこませる。
その流れで、左わき腹に叩きこまれたエミーのまわし蹴りを、左手で受け止め、防ぐ。
普通、まわし蹴りを防がれたとなれば、人体構造上隙が生じる。
しかし、エミーには【黒腕】がある!
先ほど攻撃に使用したものとは違う、もう片方の【黒腕】を自身の後方地面に突き刺し体を支えていたエミーは、体を横向きにして宙に浮かんだまま、ライリーンに連続でストンピングを放った!
右、左、右、左、右、左、右!!
恐ろしい速度の横向き踏みつけ攻撃がライリーンを襲う!
「わ、と、と!?」
もちろん、残念ながら、ライリーンにとっては十分に対応できる速度だ。
両手を使って器用にその全てを受け止める。
しかしライリーンは、精神的には徐々に、余裕を失いつつあった。
【黒腕】を交えたエミーの挙動が、対人間戦闘としては類を見ないほどトリッキーなものであるというのが、理由その一。
先ほどエミーが見せた怒りの理由が未だ理解できず、困惑が続いているというのが、理由その二だ。
己の死角から飛んできた【黒腕】を見ることもなく防ぎ、体勢を整え再度両腕による殴打を再開したエミーの猛攻も防ぎながら、ライリーンは叫んだ。
「え、エミーちゃん!どういうことなのよ!?」
右拳、左拳、右拳と同時に頭上から左【黒腕】、右足、正面から右【黒腕】、右拳、左拳、右拳、左拳!
全て防ぎながら!
「あ、あなたが“受け継いできたもの”は、“死神”の『技術』!でしょ!?良いのかしら、この試練で、その黒い腕を使って!?」
「この【黒腕】だって!」
攻撃の手を緩めることなく、エミーも叫び返す!
「大切な、私の思い出!」
右拳!
「宝物!」
左拳!
「人生!」
右拳、左拳、右拳!
「私が、“受け継いできたもの”!」
少しためを作ってからの、全力の左拳!
ライリーンは、これらもまた、全て防いだ。
パ、パ、パ、パ、パ、パァンッ!!
エミーの拳とライリーンの手のひらがぶつかりあい、その凄まじい衝撃で周囲に轟音が響きわたる。
「そんな......そんなこと、聞いてない......」
「そう、お前は、聞いてない」
呆然として、つぶやくライリーン。
いったん距離をとり、拳を構えながら静止するエミー。
「聞こうともしていない。私がどうやって、これまで生きてきたか」
風が、ふく。
「それで、母親?......ちゃんちゃら、おかしい」
髪が、なびく。
ライリーンは顔を真っ青にして、少しよろめいた。
彼女はエミーの言葉に、ショックを受けていた。
エミーの言葉によって、ようやく己の至らなさに気づき、呆然としていた。
彼女には、このように激しく己の内面が揺れ動いた経験が乏しい。
今の彼女の精神的なコンディションは、最悪と言って良いだろう。
だが、しかし。
再びエミーの猛攻が始まるが、呆然としながらも、やはりライリーンはその全てを防ぎきる。
300年間という長きにわたり、培ってきた実力。
高すぎる、壁。
精神的な動揺を与えても、やはりこの壁は揺るがない。
それにライリーンは、初めてエミーと戦ったあの日、既に【黒腕】を使った戦闘を、一度経験しているのだ。
少し慌てこそすれ、一度見た戦法に、彼女が後れをとることはない。
どれほど精神的動揺があろうとも、経験知に従って、体が勝手に動くのだ。
故にエミーは、なおも堅牢なライリーンの防御を突き崩すために、新たな一手を打たねばならない。
新たな一手。
ライリーンの知らない、エミー。
そんなものがあるのか?
......あるのだ。
あるのだ!
この一か月間、エミーは!
師匠の『技術』の研鑽ばかりを、わざとライリーンには、見せつけてきた!
もちろんそれも、手抜かりなくやってはいた!
しかし、それだけではないのだ!
エミーが、“磨きあげたもの”は!
エミーは確信した。
ライリーンの目を盗み、鍛え続けた切り札。
......今が、切り時だと!!
「ああああああああああああッ!!!」
ライリーンに両拳を叩きつけ続けながら、エミーは絶叫した。
気合を入れたのだ。
すると、次の瞬間だ。
エミーの【黒腕】に、変化が生じたのは。
【黒腕】は、人間の腕を模した形をしている。
その先端には、尖った5本の指がある。
左右あわせて、計10本の指。
それらの指の付け根が、エミーの絶叫と共に。
裂けた。
裂けて、裂けて、裂けて、裂けて。
その裂け目はついに【黒腕】とエミーの接合部分にまで達した。
つまり、【黒腕】はもはや、腕としての形状をすっかり捨て去り。
そこに、あるのは。
......美しい少女の両肩から伸びる、先端の鋭く尖った......10本の、触手である!!
「へ!?は!?......はあああああぁーーーッ!?」
さすがに突然異形へと変じたエミーを目の当たりにして、戦いながらも器用に呆然としていたライリーンも、驚愕の声をあげた!
「な、ななな、何それ!?何それぇーーーーーーッ!!?」
「【黒触手】!!!」
エミーは端的に、あまりにも安直なその触手の名を告げると......一斉にそれをライリーンに向かって、放った!
ごつごつと硬質な外見を残した【黒触手】が、四方八方からライリーンに襲いかかる!
まるで鋭い槍のような勢いで、突っ込んでいく!
「あ、あ、あわあああッ!!!」
【黒触手】その1、【黒触手】その2、右拳、【黒触手】その3、【黒触手】その4、左拳、右拳、【黒触手】その5と6、【黒触手】その7、左足、【黒触手】その8と9、右拳、左拳、【黒触手】その10!
ライリーンは大いに慌てながら、エミーの攻撃を捌き続ける!
手数が!
エミーの手数が、あまりにも多い!
攻撃の密度が、一人とは思えないほど高すぎる!
これまで一歩もその場から動くことなくエミーと戦い続けていたライリーンは、ついに徐々に後退を始めた。
【黒触手】はあらゆる方向から、ほぼ同時のタイミングでライリーンへと迫る。
自分が動くことで、そのタイミングを少しずつずらしているのだ。
もちろん、ライリーンは強い。
だから、もしこの【黒触手】が体にぶつかったとしても、傷一つ負わないだろう。
殺し合いをすれば、勝つのはライリーンだ。
......しかし、この度の戦い、ルールがある。
もし一撃でも攻撃を受ければ、その時点でライリーンの負けである。
捌ききれなければ、敗北する。
すなわち。
エミーがこの島から、出て行ってしまう。
「い、嫌だ......!嫌だぁーーーッ!!」
その事実に思い至ったライリーンは、それまで続いていた内心の動揺を無理やり吹き飛ばし、気合を入れた。
その瞳に、本日初めて闘志が灯る!
どれだけエミーに嫌われていたのだとしても!
自分は、エミーと、まだまだ一緒にいたいのだ!
ここでお別れなんて、絶対に嫌!
「はああああああッ!!!」
ライリーンは、後退することをやめた。
そのかわり、彼女は。
次々に襲いくる【黒触手】を、指の間で挟んで掴みながら、拘束し始めた!
「む!?」
触手を生やし、手数を増やす。
エミー以外には、ほぼ不可能な奇策。
話を聞いただけでは、おそらく他人には意味がわからない打開策。
それが、打ち破られようとしている。
エミーの額からは冷や汗が流れ、その精神に動揺が走る。
【黒触手】の操作精度が、落ちる。
......なおさら【黒触手】が、拘束される!
悪循環!!
パシ、パシンッ!!!
そして、ついに。
エミーの動きが、止まる。
【黒触手】は、その全てがライリーンの指に挟まれ、動きを止めている。
それだけではない。
今聞こえた衝撃音は、エミーの両拳が、受け止められた音だ。
ライリーンは【黒触手】をあわせて10本、全て指に挟んだうえで、なおかつエミーの両拳をしっかりと握りしめ、拘束している。
圧倒的な膂力でもって、無理やりそれを成し遂げている。
そして、エミーは少女、ライリーンは成人女性だ。
脚や腕の長さが違う。
この状態からエミーが蹴りを放とうとも、ライリーンには届かない。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ......」
エミーは大きく口を開けて、荒く息を吐いている。
消耗が激しいのだろう。
額には大量の汗が浮かび、顔は真っ赤だ。
「............ふぅーーーーーー......」
一方のライリーンは、深く深く......安堵の息を吐き出した。
今回ばかりは、さすがに危なかった。
にっこり笑うその頬を、冷や汗が一筋流れ落ちる。
だがしかし、これで終わりだ。
エミーはしっかりと抑えつけ、もはや身動きできまい。
旅は、お預けだ。
「......残念だったわねぇー、エミーちゃん」
ライリーンは確信し、宣言しようとした。
「この勝負、私の」
勝ちだ、と。
しかし。
そこまで口を動かし、ふと感じる違和感。
じっと、エミーの顔を見つめる。
すると、エミーの瞳に。
まだ......炎が燃えている。
闘志が、燃えているではないか!
エミーはまだ、諦めていない!
でも、どうして!?
この期に及んで、一体何ができる!?
ライリーンは混乱した。
結論から言えば、ライリーンは慢心し、油断していた。
確実に、勝利したければ。
無理やりエミーを抑えこんだ時点で、その次に彼女を地面に叩きつけたり、蹴り飛ばしたりなどしてダメージを与え、彼女の意識を奪うべきだった。
ライリーンにはそれができた。
それなのに、彼女は勝利宣言をしようとすることで、エミーに時間を与えた。
与えてしまった......!
(何か......!)
まずい気がする!
直観的にそれを感じとり、エミーの意識を刈りとろうとするライリーンだが......その思考、数瞬遅かった!
エミーはその時、あんぐりと口を開けていた。
何故か?
呆れていた?
驚いていた?
あくび?
どれも違う。
それは、攻撃の予兆。
この一か月間、ライリーンから隠し通した、本当の奥の手。
新たに磨きあげた、彼女の努力の結晶!
「何を」
しようとしているのか。
愚かにも、ついそう問いかけようとしてしまったライリーンだが、その質問は途中で遮られた。
何故ならば、その途中で。
エミーの口の、奥から。
先端が槍のように尖った、どす黒くて、ごつごつした、太い紐のようなもの......すなわち、【黒触手】が!
......突然、射出されたからだ!!
「!?」
蛙の舌のように伸びる、【黒触手】!
ライリーンは今、至近距離でエミーを抑えつけている。
そしてよく見ると、指で挟んだ【黒触手】の先が、いつの間にやらライリーンの腕に絡みつき、逆に彼女を拘束している。
つまり、動くことが、できない!
避け......られないッ!!
まっすぐに伸びた【黒触手】は、狙い過たず......ライリーンの額に、直撃した。
その衝撃のあまり、ライリーンは後ろにのけぞるような姿勢で吹き飛び、草原の上にあおむけの姿勢で倒れた。
【黒触手】の手数で押しきり、ライリーンに一撃を与える。
それが今回の戦いにおける、エミーの第一目標だった。
残念ながらそれは達成できなかったが、彼女はその場合の打開策もまた、用意していたというわけだ。
それが、口内からの【黒触手】攻撃による不意打ちである。
【黒触手】または【黒腕】は、エミーの両肩を起点として発生する。
今までは、ずっとそうしてきた。
しかしそれは、【黒腕】のもととなった異能【見えざる手】がそうであったからそのイメージに引きずられただけであって、理論上は体表のどこからでも、発生させることができる。
これは、実は割と早い段階から、オマケ様が看破していた事実である。
エミーはこれを利用した。
口の中で、【黒腕】......【黒触手】を発生させる。
そして、至近距離で不意打ちする。
これが、きれいに決まった。
当然、肩以外の場所における【黒触手】の発生のためには修練が必要だったが、その修練をライリーンに隠すことは容易かった。
何せ、エミーとライリーンの間には会話が少ない。
口を閉じておけばばれずに練習できるので、エミーは口内からの【黒触手】発生及び射出の訓練を、思う存分にできたというわけだ。
しゅる、しゅる、しゅると口から飛び出た【黒触手】を口内に引き戻してから、エミーは淡々と言った。
「私の、勝ち」
と。
視界いっぱいに広がる青空を呆然と眺めながら。
ライリーンは、認めざるを得なかった。
「......負けた」
と。
視線の先の青空に浮かぶ白い雲が、風に流されどこかに飛んでいく。
その様を見つめながらライリーンは、全身を脱力させ。
深く、深く息を吐いてから。
もう一度。
もう一度、嚙みしめるように、言った。
「私が..................負けた」
質問
「養母が強すぎて、一発殴れません。どうしたら良いですか?」
回答1
「触手を生やして、手数を増やしましょう」
回答2
「口内から触手を射出することで、不意打ちしましょう」
長かった第14章も、ようやくそろそろエピローグに入れそうです。




