265 エミーの論!!
「え......?」
島から出て行きたい。
深く頭をさげた私からこの言葉を伝えられたライリーンは、ぴしりと固まった。
「な、なんでぇー......?どうして、そんなこと、突然言うのぉー......?」
そして瞳を潤ませて、おろおろし始めた。
いや、突然じゃないから。
前に私、はっきりと家出するって、言ってるから。
何その、寝耳に水な反応。
<厄災の出現で話が流れた後......エミーが何も言い出さないものですから、自分に都合良くあなたは既に家出を諦めたのだと思いこんでいたのでしょう>
「ねぇ、エミーちゃん?ここにいれば、おいしいご飯が毎日、食べられるんだよぉー?暖かくて柔らかい、お布団もあるんだよぉー?あなたを傷つける、何者も存在しないんだよぉー?」
「でも、ケヌちゃんがいるでしょ」
「ケヌちゃんは、私がいれば大丈夫だもん!!もし私が仕事で出ていても、ケヌちゃんがはみ出し始めたらすぐに飛んで戻って来れるように手はずだって整っているんだから!!エミーちゃんならその間の時間稼ぎくらい、十分にできるでしょぉー!?ね?あなたがここを出ていく理由なんて、どこにもないよねぇー?エミーちゃん、これからもずっとずっと、お母さんと暮らそう?ずっとずっと、私と幸せに生きていこうよぉー!?」
「嫌」
一つ、ため息をつく。
相変わらず自分の都合しか口にしないこの女にだんだんイライラしてきたけど、拳をぎゅっと握って我慢する。
喧嘩しても埒が明かないから、私は交渉するというアプローチをとったんだ。
冷静に、誠実に。
そして嘘偽りなく、ライリーンと向き合うのだ。
「なんで嫌なのぉーっ!?」
瞳を潤ませながら鼻声で、ライリーンが叫ぶ。
一方の私ははっきりと、わかりやすく、丁寧に、理由を伝える。
「お前が、嫌いだから、です」
<身も蓋もないですね!?>
びゅうッ!!
無言になった私たちの間を、一際強い風が通り抜ける。
東屋が軋む。
ぎしぎしと鳴る柱の揺れがおさまるまで、十数秒。
その間ライリーンは、ずっとうつむいていた。
風に揺れる長い髪が邪魔をして、こいつの表情は何ら読みとれない。
「......だめよ」
そしてライリーンが沈黙の後、ようやく絞り出すようにして発した言葉が、これだった。
「だめよ!だめだめだめだめだめっ!私はそんなの嫌っ!私があなたに出会うまで、一体何年の歳月が必要だったと思っているの!?300年だよ!?エミーちゃん!それだけの時間をかけて、私はあなたという私が愛すべき存在にようやく出会えたの!それなのに、もうお別れ!?そんなの......そんなの嫌!絶対に嫌なんだからっ!!私はね、エミーちゃん、あなたのことが、大好きなの!絶対に、別れたくないの!!」
ライリーンはそう言って東屋のテーブルを払いのけ吹き飛ばしながら私に近づき、私の肩をゆすった。
とても、顔が近い。
まつげとまつげが、触れそうなほどに近い。
かなり精神的な圧迫感が凄いが、決して屈するわけにはいかない!
「そこをなんとか。私はあなたが、死ぬほど嫌い、です」
「私はエミーちゃんが、この世の何よりも好き!大好きなの!だから、絶対に離さない!ずっと一緒!!だって私は、エミーちゃんのお母さんなんだから!!」
議論は平行線だ。
ついつい拳を振り抜きたくなる衝動を抑えながら、なるべく冷静に、冷静に対処する。
相手が興奮しているのに、自分も興奮してしまっては、話が先に進まない。
特にこの女は、常人とは違う理屈で動いているから、興奮すると何をしでかすかわからない。
最悪、前にオマケ様が言っていたように、四肢をもがれて監禁されかねない。
対応には、細心の注意が必要だ。
緊張で、思わず体がこわばる。
<エミー!>
と、ここで突然の声かけだ。
何?
オマケ様。
<先ほどから......今、言うべきかどうか、迷っていましたが......!>
え、何さ?
オマケ様のかなり深刻な口調に、思わず息をのむ。
<この建造物は......東屋ではありませんッ!これはッ!!ガゼボですッ!!!>
間違いなく、断言できるッ!!
それは、今、言うべきことでは、ないッ!!
ってかいい加減ガゼボガゼボとしつこいんだけどーーーッ!!?
............。
......でも、ははは。
今ので良い感じに、肩の力は抜けたわ。
ありがとう、オマケ様。
<いえいえ、どういたしまして。これも全ては、ガゼボの思し召しですね>
ガゼボの思し召しってなんだよ。
ノリと勢いで訳の分からないこと言うな。
......さてさて、脳内茶番はさておいて。
私はライリーンの手を握り、なるべく優しく私の肩から引き離した。
そしてその両手をそのまま、私の小さな両掌で、ぎゅっと握る。
握りながら、ライリーンの瞳をまっすぐに見つめる。
「お前は、お母さんだから、私と離れたくない?」
「そうよ!」
私はため息をつき、首を振る。
「それは、だめ。お前が本当に母ならば、私とは、離れなければならない」
「は!?な、何を言っているのよ!?」
私の予想だにしない一言を聞き、目をぱちくりして慌てるライリーン。
ああ、哀れなライリーン。
家族を欲したお前は、しかし欲するほどに縁遠い存在であったが故、知らなかったのだろう。
家族とは、一体何であるのかを。
私だって、偉そうなこと言えるほど、家族について詳しく知っているわけじゃない。
むしろ、一般人と比べるならば、そういったものに対する理解は浅い方だと思う。
だけど、これだけは、はっきりとわかる。
家族は、子どもは......。
私は。
母親の、お人形では、ないんだ。
手元に置いて愛で続ければ、それが果たして愛なのか。
......そんなわけ、あるか!
それを、今から教えてやろう、ライリーン。
......ぐうの音も出ないほどにな!




