262 家出を阻む神話の壁
私の身長程は伸びている草の海を、時にかきわけ時にぴょんぴょんと飛び跳ねながら、私は猛烈な勢いで移動している。
後ろの方であの女が何か喚いている気がするけど、無視だ無視。
もうあんな女、嫌いだ!
嫌いになった!
私は家出する!
そのために、走る、駆ける、跳ぶ!
あの女が精神の平常を取り戻して、本気で私を追いかけ始める前に、姿を消して逃げきってやるんだ!
平らだった足元に徐々に勾配が付き始め、周囲にも黒い大岩が転がりはじめた。
あの女の屋敷をとり囲む、丘へと到着したのだ。
頂上に至るにつれ傾斜がきつくなるその丘を、私は一息に駆けのぼる!
タ、タ、タンッ!
草むらから顔を出す大岩の上を、蹴って、蹴って、蹴って!
あっという間にその傾斜をのぼりきった私は、最後の大岩の上でぐっと力を込め、【飛蝗】を発動。
一息にこの丘の稜線を跳び越えようとした。
ドンッ!!
足場の大岩を踏み砕きながら高く高く跳びあがる。
私の視界に、これまでは丘のせいで見通せなかった、向こう側の景色が広がる。
それを見て、思わず私は。
「......は?」
間抜けな声を漏らした。
<な、なんですって!?>
オマケ様も慌てている。
それもそのはず。
私の視界一面に広がるその光景は......白波寄せる大海原。
てっきり、丘の先にも続いていると思いこんでいた足場は急に途切れ、海鳥が営巣する断崖絶壁となっている。
その崖は視界の左右にずっと伸びていて、え、何、つまり。
ここって、島だったの!?
お屋敷までの距離が遠くて潮風が届かないから、気づかなかった!
<ま、まずいですよエミー!このままじゃ、海へ真っ逆さまですよ!あなたのことですから高高度から落水してもダメージはないでしょうが、その後どこにあるとも知れぬ陸地を目指してあてどなく泳ぎ続けるのは、さすがに無謀というものです!>
お、おりよう!
ひとまず、着地しよう!
跳びはねた勢いのまま海の方へ投げ出されようとしている私は、どうしたものかと空中でわたわた慌てる。
そうだ、【黒腕】だ!
【黒腕】を伸ばし、地面を掴んで体を引き寄せるんだ!
私はそれまでマフラー状にして首に巻いていた【黒腕】を急ぎほどき、崖の際に転がる大岩に向けてそれを伸ばそうと試みる。
が、しかし!
「んべッ!!?」
それはかなわなかった。
何故なら私は、【黒腕】を伸ばす、その前に。
空中で何やら、目には見えない“透明の壁”に衝突し、勢いを失って崖際へと落下したからだ。
「ばッ......!!」
“透明の壁”に沿って初めはずりずりと、そして最後には真っ逆さまに、崖際の大岩の上に落っこちる。
「ぐぐ......」
すっかり大の字の形で大岩にめりこんでしまった私は無理やりそこから顔、そして体をべりべりとひきはがして、ぴょんと飛び跳ね体勢を整えた。
そして目の前にそびえたっているのだろう、“透明の壁”をぺたぺたとさわる。
そこには、確かに壁がある。
暖かくも冷たくもない、不思議な感触の壁だ。
目には見えないけど、それでいて私は何故か通り抜けることのできない壁。
だけど海の方から潮の香りは届くあたり、風は問題なく通過できるらしい。
これは......。
「結界よぉー」
突然後ろから聞こえてきた声に、舌打ちをしながら振り向く。
そこにいたのは、当然ライリーンだ。
困ったような顔をして、苦笑している。
「それも、神話の時代に......聖女たちの源流......稀代の結界師によって作り出された傑作。あまりにも精巧で、魔力の気配すら感じないでしょぉー?」
そう言われ、【魔力視】を発動してみるも......確かにその通りだ。
以前、サラちゃんちの結界は【魔力視】で見ることができたけど、この“透明の壁”はそうじゃない。
何も見えない。
私の視界には、ただただどこまでも続く大海原が広がっている。
「......なんで、結界が?お屋敷、守るため?」
「うふふ、違うわよぉー?逆よ、逆」
思わず口をついて出た疑問に、ライリーンは指を振りながら答える。
凄く嬉しそうだ。
私と会話できるからだろうか。
気持ち悪い。
「......逆ってなに。どういう意味?」
「そのままの意味よぉー......この結界はねぇー?この島の地中深くに封印されたとある存在が、外に逃げ出さないよう閉じ込めるために作られたものなのぉー!」
ライリーンは腰に手をあて、胸をはりながら偉そうに鼻を鳴らしてそんなことを言った。
地中深くに封印?
とある存在?
逃げ出さないよう閉じ込める?
何言ってんだ、この女は?
つまり、どういうこと?
「この島って、一体......?」
少し首を傾げながら問いかける私に、ライリーンはお茶目にウィンクしながら答えを返した。
「......ここは“封印島”......封印島ヴェラ・ケヌ」
びゅう!
一際強い潮風が崖下から吹きあがり、私たちの髪を揺らす。
ライリーンは風が止むのを待ってから、ゆっくりと、そしてはっきりと、言葉を続けた。
「太古の......“災厄”が眠る島よ」




