256 前世、過去、現在
第14章後編始まります。
でも毎日投稿しません!!!
「お前のッ!!せいでッ!!よぉッ!!」
「!!?」
突然腹部に痛みが走り、私の意識は覚醒した。
思わず身をよじり、何事かと目を開く。
寝転がった状態の私を見下ろしているのは、白髪の混じり始めた黒髪の男だ。
その顔は......その顔は......?
なんだか、ぼんやりとしている。
よく思い出せない。
......思い出せない?
自分の思考に違和感を感じた私は、周囲の様子を探るため体を動かそうとするも、うまくいかない。
体が動かない。
いや、動いてはいる。
暴言を吐きながら何度も何度も踏みつけてくる男の攻撃から身を守ろうと、私は必死になって体を丸めている。
今の私なら、すぐに跳ねとんでこんな男、殴り殺しているのに。
......今の私なら?
ああ、そうか。
状況は把握した。
男に革靴で横から腹を蹴られて転がる。
そのタイミングで、周りの様子を盗み見る。
黒カビが生えた、汚い壁。
隙間だらけの板張りの床。
窓はないけど、壁や天井の隙間のおかげで辛うじて日の光が入り、ぼんやりと明るい部屋。
間違いなくこの部屋は、私の前世、藍原瑠奈の住処であった物置だ。
つまり今私は夢の中におり、瑠奈であった時の記憶を追体験しているというわけだ。
前にもあったな、こういうこと。
「この、人殺しの、娘がッ!!」
さて、では今現在がりがりに痩せた女子高生藍原瑠奈ちゃんを何度も蹴ったり踏んづけたりしながら喚いているこの男は何者かと言えば、これは養父だ。
瑠奈は人殺しの娘。
これは嘘偽りなく事実であり、私の父は実際にたくさんの人を殺した犯罪者であったらしい。
そして母は私が物心つく前に死んでいる。
そういった背景を持っているので、私はいくつかの親族の家を転々としてきた一族の厄介者であり、これは私のことを最後に引きとっていた養父なのだ。
「お前がッ!!いるせいでッ!!」
さて、私がいるせいで、何だと言うのだろうか?
私に暴力を振るい続けるこの男の言葉に、今更ながら疑問が生まれる。
確かに、人殺しの娘であった私を引き取ることで、ゴシップやらなにやら、風評被害的なものが“家族”にもたらされていた可能性は、大いにある。
だけど、具体的に、この養父家族はどのような被害を被っていたのだろうか?
実は私は、それを知らない。
何故なら私は、この家に引き取られてからは基本的にこの物置に押しこまれ、“家族”と接触したことがほとんどないからだ。
だからだろう、この養父の顔が、なんだかぼんやりとしているのは。
セリフにまったく、具体性がないのは。
もう、ほとんど覚えていないのだ。
しばらく暴力を振るい続け、さすがに養父も疲れたのだろう。
最後に私の背中を一蹴りした彼は、肩で息をしながら物置を去っていった。
その後、入れ替わるようにして私の所にやってきたのは、養母だ。
その顔は、やはりぼんやりとしている。
養父の場合は髪型くらいは何となく覚えていたのだが、この人に至ってはそれもない。
顔面が完全にモザイクによって覆われている、もやもや人間である。
それもそのはず、私はこの養母とは、養父以上に接触した機会が少ないのだ。
養父はことあるごとに私に暴力を振るいに来ていたし、対外的に私の“父”として私と行動することも少しはあった。
でも、この養母は違う。
ほとんど声も聞いたことがない。
「............」
私の記憶にないからか、はたまた実際に声かけは無かったのか。
養母は無言で、物置の床に生ごみのような残飯をべちゃりと投げ捨て、すぐにそこから立ち去った。
数日に一度、この人はこうやって私にご飯をくれていた。
だから、私も何となくこの人の存在を、覚えているのだ。
ってか私、こんな環境でよく死なずに生きていたもんだなぁ。
床にこぼれた残飯をなめとりながら、改めて思う。
藍原瑠奈をとりまく環境は、まさしく異常であった。
何なの?
私、呪われてたの?
「............う」
ここで、私は腹を抑える。
蹴られ過ぎたか、残飯に悪いものでも入っていたのか。
「う、うう......ううう!」
激しい腹痛に身を悶えながら、ほこりにまみれた室内を転がる藍原瑠奈。
うめき声をあげても、誰も助けてくれない。
時間は経っても痛みはひかず、体力は徐々に失われていき。
苦しんで、苦しんで、苦しんでから......私は意識を手放した。
◇ ◇ ◇
「お前の、せいでッ......」
先ほど聞いたのと似たようなセリフが耳に届き、私は再び意識を覚醒させる。
小さく、押し殺した声だ。
それでいて、憎しみと悲しみのこめられた声だ。
そして同時に、首元に何か違和感を感じる。
大きな......大きな手のひらで、私の首が、絞められている。
息が、できない!
「......お前が、産まれたから......お前を、孕んだから......!」
すぐに暴れて相手の手を振り払おうとするも、またしても体は動かない。
動かないは動かないでも、先ほどとは少し、様子が違う。
今の私が体を動かせないのは、先ほどと同じ。
違うのは、そもそも“この体の私”自身にも、自由自在に体を動かすことができない、という点だ。
うん、これだけだと、何を言いたいのかわからないね。
今の私の体は、とても小さいのだ。
そして、手足をもぞもぞ動かす程度の運動能力しか、持ち合わせていないのだ。
ついでに言えば、視界もなんだかぼんやりしている。
つまり、今の私は未だ夢に囚われており、これは私がエミーとして生まれた後の出来事......赤ん坊であった頃の出来事を、追体験しているというわけだ。
「う......」
お、ここで私の首を絞める力が弱まった。
「う......う、うっ......」
嗚咽を漏らし、ぽろぽろと涙をこぼしながら、私のことを見下ろす女。
それを、まじまじと見つめる。
この、私のことを殺そうとしていた女は、今世の実母だ。
最近再会した、ラナーとかいう名前の女だ。
視界がぼんやりするせいでわかりづらいけど、ラナーの目の周りは赤い。
泣きはらしているのだろう。
一方で、頬のあたりなどは、青い。
殴られて、あざになっているんだ。
「ぐおおおおお......」
近くから、男の下品ないびきが聞こえる。
身動きができないので周囲を見回して確認することも不可能だけど、これは今世の実父のゴミクズ男のいびきだな。
また酒飲んで、寝ているのだろう。
「う、うあ、あああ......ごめん、なさい......ごめんなさい......」
ラナーは泣きながらそう言って、その場に崩れ落ちた。
身動きがとれない私の視界からラナーの姿が消え、隙間の目立つおんぼろの天井だけが視界いっぱいに広がった。
本当、この世界に転生してからも、私はよく生き残っていたもんだなぁ......。
これは間違いなく、オマケ様のおかげだ。
ラナーの暴力はこの程度で済むけど、ゴミクズ男は違うからね。
赤ん坊を、割と本気で殴ってくるからね。
【身体強化】を教わっていなければ、間違いなく死んでいた。
あ、あとこの世界の共通語の習得も、実はこの時点でオマケ様に教わりつつ手を付け始めていた。
赤ん坊時代の話なのにラナーの言葉を理解できているのは、多分そのおかげなんだろう。
「ぐおおおおお......」
「うっ......うっ......」
それにしても、だ。
天井の隙間の向こうが明るいことからして、今の時間は昼だ。
真昼間だというのに、ゴミクズ男は仕事もせずに酒を飲んで寝ている。
その酒を買う金は、どこから出ていたんだ。
当時はただただ疑問を持つばかりで解決しなかったこの謎だけど、今なら何となく思い当たる節がある。
このゴミクズ男、アルクスとかいうあのおっさんに、なんとかして金を無心していたんじゃなかろうか。
あのおっさんもなんか金持ちらしいし、弟からの頼みとあらばと、金を貸していた。
ゴミクズ男の現況を、見ることもなく。
おそらく、善意で。
善意でもって、おっさんはゴミクズ男に金を与え、そして。
そして、この地獄を維持させていた。
推測だけどね。
うん、やっぱり私、あのおっさんとは、家族にはなれなかったな。
「............」
む。
またしても、意識が遠のき始める。
赤ん坊時代の私は、いくら私と言えども当然に脆弱だ。
体力を使いきって、起きてられなくなったのだろう。
目を開けていられなくなった私の意識は、再び暗闇の中に落ちていった。
◇ ◇ ◇
「............む」
ぱちりと目を覚ます。
「む!!」
慌てて跳ね起きる。
拳を構える。
周囲に【魔力察糸】展開。
私以外に動いている者、なし。
敵性存在なし。
「............」
ゆっくりと拳をおろして、あたりを見回す。
どうやらここは、どこかの建物の中の一室のようだ。
床にはふわふわの、茶色ベースの複雑な模様が描かれたカーペット。
壁は控えめな花柄の可愛らしい壁紙。
室内に置かれた机や椅子などの家具は、チョコレート色の木肌を窓からこぼれる光を浴びて艶々と輝かせている。
そして何より、今私が立っているこのベッド、天涯付きである。
......うん、間違いない。
ここは、金持ちの部屋だ!
<ふわあ......あ、エミー!おはようございます!>
あ、オマケ様だ。
おはようございます。
む、ということは。
改めて、拳を構える。
ぴょんとベッドから一跳びし、くるりと宙返りして床におりる。
カーペット、超ふわふわ。
その感触を足裏で堪能しながら、師匠に教わった型を一通り試す。
うん、動く。
動く、動く、体が動く、と。
つまり体が動くということは、私は今夢をみていないな!
おはようございます、オマケ様!
<何を寝ぼけているんですか、エミー?体は大丈夫ですか?意識を失う直前、全身の骨をボキボキにされていたようですが>
大丈夫。
痛みもなく、問題なく体は動く。
全身骨折程度、今の私にかかれば一晩寝ておけば治る。
何せ私、今はファンタジー世界に生きているからね。
<全身骨折が一晩で治るという異常事態を、『ファンタジー世界に生きているから』で片づけないでください。他のファンタジー人材たちは、寝るだけで全回復とかしません。あなたのスペックが高いだけです>
マジで?
褒められた、やったー。
<......はぁ。何はともあれ、エミー、無事で良かったです>
いや、本当にね。
色々思い出してきたよ。
何、あの姉ちゃん?
強すぎでしょ。
......負けちゃったなぁ。
<ライリーン・ルーン......噂に違わぬ実力者でしたね>
え、何?
オマケ様、あの姉ちゃんのこと、知ってたの?
<ええ、名前だけは。“不変”の二つ名を持つ、特級冒険者......今、思い出しましたが、100年前の筋肉神の異世界転生配信で、名前だけは聞いたことがあります>
そっか、100年前の異世界転生配信で......100年前!?
<はい。ライリーンはどうやら不老の存在らしいんですよね>
はあ!?
なにそれ、そんなことありえるの!?
<ごく稀に......でもそういう人間って、普通はさっさと地上を捨てて昇神したりするものなんですよね。だけど彼女は、未だに地上に留まっている>
何か、地上に......未練がある?
<もしくは、素行が悪すぎて、神界から出禁にされているか......>
出禁て。
“神界から出禁にされた女”て。
......なんか嫌だな。
どんな異名だ。
そして、そのライリーンに、私は負けた。
と、いうことは。
<戦闘前の話から考えるに、あなたは>
ライリーンの。
<娘となった、ということです。何故かもの凄く熱望されていたようですし、あなたが何日寝込んでいたのかはわかりませんが、おそらく書類的な手続き等はとっくにほとんど済んでいるのでは?>
............。
はぁーーー......マジかぁーーー......。
あの、訳のわからない女が、私の母親?
頭をぽりぽりとかきながら、意味もなく部屋の中を歩き回る。
ちらりと、窓から外の様子をうかがう。
夏のような深く濃い青空のもと、美しい緑のじゅうたんが一面に広がっている。
草原のようだ。
小さな池のようなものも見える。
森はなく、奥の方には小高い丘のようなものが、この建物をぐるりと囲むような形で盛り上がっている。
どこだよ。
まじでどこだよ、ここ。
<......あれが母親になるのが、嫌ですか?>
......わかんない。
わかんないよ、オマケ様。
私さ、この世界に転生する時さ、思ったんだよ。
次こそは、家族に愛されたいって。
<はい>
前世では......私、愛されていなかったからね。
一人を除いて、友達だっていなかったし。
今世では、今世こそは愛されてみたいって、思ってた。
<はい>
で、生まれてみたら、今世の家族も、あれですよ。
それなりに大人の精神を持って生まれてきたおかげで、割と冷静に受け止めてはいるけど。
でも、実の両親に対しては、『死ね』って思ってる。
『殺してやる』ではなかったということは、最近わかったけど。
とにかく、私にとっては、今世の家族もゴミクズみたいなもんだった。
<はい>
そんな私に、新しい母親ができる?
はい、そうですか、って喜べるわけがないでしょう。
私、そんなに素直じゃないよ。
<はい>
......ねぇ、オマケ様。
<なんでしょうか>
私、本当にあの人と、家族になれるのかな。
<............>
あの人は、私に寂しい思いを、させないのかな。
<............>
私は、愛してもらえるのかな。
<........................知りませんよ>
オマケ様は、少し不機嫌な声でそう言うと、黙ってしまった。
ごろりと、カーペットの上で大の字に寝転がる。
ふかふかで気持ちが良い。
窓から差し込む光で、ぽかぽかと暖かい。
なんだか、とても穏やかだ。
今私がいる建物、この部屋の印象から推測するに、けっこう大きくて豪華なものなんだと思う。
それなのに、人のいる気配がとても少ない。
ここで働く人の足音とか、もっと聞こえてもよさそうなものだけど。
とても、静かだ。
だから私は、すっかり油断して。
再びまぶたが、私自身の気づかぬうちに、その視界を遮ろうとしていた。
......でも、その時だった!
ドォンッ!!
この建物の中の、どこか遠くの方で。
突然、そんな破壊音が響いたのは。
「!!」
驚いて再び跳ね起き、意識を集中する。
ドォンッ!!
ドォンッ!!
ドォンッ!!
その音は断続的に響き続け、そして徐々に大きくなっている。
つまり。
<エミー!>
うん、オマケ様。
何かが......壁を壊しながら、まっすぐこちらに向かって近づいて来ているね。
私はその“何か”に対して不意をつけるよう、とんと一跳びして【紙魚】で天井にはりついた。
ドォンッ!!
ドォンッ!!!
ドォンッ!!!!
そうこうしている間に破壊音はどんどんこちらに近づいて来て、そしてすぐそこで......止まった。
「............」
ごくりと喉を鳴らす。
何者かは、おそらく壁を破壊してこの部屋に入ってくるだろう。
私は、どうする?
とりあえず、死角から【黒腕】で一殴りして、その様子を見てから判断するか。
効いていなさそうなら、私も壁を破って逃げる。
効いていそうなら、そのまま殴り殺す。
壁の向こうから、殺気を全く感じとれないのが、とても不気味だ。
額にじわりと滲んだ汗が粒となり流れ、鼻先から床に向けて、ぽたりと垂れた。
ちょうど......それと同時に!
「エミー......ちゃぁーーーんッ!!!」
「ぐ、ああああああッ!!?」
私のはりついていた天井が突然の衝撃と共に破壊され、私は床に叩き落とされた!
横からじゃなくて、上から!?
ぬかった!
さっきの破壊音、一つ上の階の出来事だったか!?
私はとっさに【身体強化】と魔力変換で、落下の衝撃に備える。
しかし。
「............?」
想像していた衝撃は、いつまでたってもやってこなかった。
何故なら私は。
天井を破壊し、私を床に叩き落とした張本人......ライリーン・ルーンによって。
優しく抱きしめられていたから。
「うふふ......エミーちゃん、おはよぉー!あなたが目覚めた気配を感じて、私......いてもたっても、いられなくてぇー」
天井の破片が散らばるカーペットの上に、私を抱きしめ転がりながら、ライリーンはつぶやいた。
胸に押し付けられている顔を何とかひきはがし、ライリーンの顔を見上げる
ライリーンはうっとりと目を潤ませ、はあはあと荒い息を吐きながら、頬を赤く染めている。
「あ、エミーちゃん......状況はわかっているかなぁー?改めまして、おはようエミーちゃん。私の名前はライリーン・ルーン。あなたのこと、ずっとずっとずっとずっとずっと探していた、あなたのお母さんだよぉー!今まで、一人で寂しかったよね?でも大丈夫。これからは私が、ずっとずっとずっとずっとずっと一緒だよぉー?」
一息でそう言いきったライリーンは、私と唇を重ねてから、私に頬ずりを始めた。
「あぁ、エミーちゃんだぁー......エミーちゃんが、起きてるぅー......エミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃんエミーちゃん......」
え、えええッ!!?
な、何これッ!?
こ、ここ、これが、母親の愛情なのッ!?
ねぇ、オマケ様!?
オマケ様ッ!!?
<こッ、この、女ァァァッ!!!私を差し置いて、何してくれてんじゃコラァァァッ!!!>
え、ちょ、えええッ!!?
何キレてんのッ!!?
正気に戻ってオマケ様ッ!!?
脳内の相棒は何故かキレちらかしており頼りにならない。
自慢の膂力も通用しない。
私はこのライリーンの抱擁を、甘んじて受け入れる以外に道が無かった。
抵抗の余地がない、危機的状況。
では、あるはずなんだけど。
ライリーンに抱きしめられているのは。
少しだけ、気持ちが良かった。
柔らかくて、暖かかった。
............この感触。
私が、感じたことの、ないものだ。
今、私に注がれているのだろう、これが......愛......なんだろうか......。
この柔らかさと暖かさが、母というものなんだろうか......。
とかなんとか、そんなことを思っていたんだけど、私はその後徐々に興奮が高まり力み始めたライリーンの抱擁によって再び全身の骨をボキボキにされ、追加でもう一晩寝こむことになった。
そんな母親がいてたまるかよ!!
この女と暮らしていて、私は無事でいられるのだろうか。
早めにここから逃げ出す算段を、つけておいた方が良いのかもしれない。
割と、マジで。




