255 エミー対ライリーン
次は私の番。
そう宣言して目の前に立ちふさがった金髪美女を前にして、エミーは首を傾げた。
「戦う?お姉さんも?なんで?」
「あらぁー!やっぱり勘違いしてたぁー?エミーちゃん、人の話はちゃぁーんと、聞いていないとダメよぉー?」
ライリーンは口元を手で隠しながら、くすくすと笑う。
「さっきの話し合いで決まったのはねぇー、『エミーちゃんと戦って、勝てば保護者になれる』ってことなの。そしてそれは別に、さっきの男に限ったことではない」
「............」
事情を理解したエミーは、静かに拳を構えた。
二人の間を、土埃を伴って冷たい風が吹き抜けていく。
エミーはまず、【魔力視】を発動する。
ライリーンから漏れ出る魔力量を視認し、おおよその戦闘能力を推し量ろうとする。
しかし......。
「ちっ」
エミーは小さく舌打ちをして、冷や汗をかいた。
そして、た、たんと飛び跳ねて後退し、ライリーンから間合いをとる。
何故ならば、今のライリーンの体からは、一切の魔力漏れを確認することが、できなかったからだ。
驚異的な魔力制御能力である。
一筋縄ではいかない相手だ。
この女は、メケナーサンドを延々と与えてくれる、ただの優しいお姉さんではない。
それをエミーは、すぐに理解した。
餌付けによってほだされた警戒心が復活し、事実を正しく認識し始める。
危機感を強めるエミーに対して、ライリーンは未だに戦闘態勢すらとっていない。
そもそも、恰好自体がまるで戦う意思を感じられない普段着であり、それが【黒腕】を展開しているエミーとの温度差を際立たせている。
襟の部分にふわふわとしたファーのついた白いコートを羽織り、腰から下はスカート。
風でなびきちらりとのぞく脚には黒いタイツをはいており、靴はヒールの高い、見るからに戦うには不向きなもの。
一見すれば、町のおしゃれなお姉さんである。
だがしかしその実力を、エミーは読みきれない。
底が知れない。
脳内では、オマケ様が騒いでいる。
逃げるべきだ、と。
できるならば、エミーだって逃げたい。
しかし、できないだろう。
これまでの経験知が積み重なり無意識下に練り上げられた、直観がそう告げている。
どうするべきか。
先にしかけるか。
できるのか、そんなことが。
できるのか、ではないか。
やるのだ。
やれ。
警戒心を最大に高めて身構えるエミーに対し、ライリーンは気の抜けた姿勢のまま苦笑しつつ、声をかけた。
「ねぇー、あなたは私と家族になることも、嫌なのかしらぁー?」
「嫌」
それだけ言うと、エミーは突然ライリーンに向けて思いきり、【黒腕】の左拳を使って殴りかかった!
先ほどアルクスを殴り飛ばした、砲弾のような一撃である。
会話の最中に行われた奇襲。
見る人によっては卑怯者の誹りを免れない行為ではあるが、この時のエミーに、そんなことを気にしている余裕はなかった。
そんなことを気にできる相手ではないとも、思っていた。
既にエミーはライリーンというこの女を、それほどの相手であると認識していた。
そして、その認識は正しかった。
それはすぐに、ライリーンの行動で証明されることになる。
彼女は素早く右手のひらを前に出したかと思うと、まるでキャッチボールをするかのような気軽さで、【黒腕】を受け止めてしまったのだ!
「うふふ、エミーちゃん、元気いっぱいねぇー......あら」
攻撃されているにも関わらず、相変わらず笑みを浮かべながらのんびりとエミーに語りかけるライリーンだが、その言葉は途中で止まった。
気づいた時には、エミーが彼女の目の前に迫っていたからだ!
それも、音も無く!
この時エミーが何をしたのかと言えば、彼女は【黒腕】を使ったのだ。
【黒腕】は、限度こそあれ、比較的自由に伸縮させることができる。
エミーはライリーンが【黒腕】の拳を手のひらで握りしめ受け止めたことを逆手にとり、【黒腕】の長さを縮めることで自分の体をライリーンの方に瞬時に引き寄せ、再度奇襲を図ったのだ。
エミーはその勢いのまま、思いきり右拳をライリーンの左頬に叩きつけようとする。
しかし岩すら容易く砕くはずのその拳を、ライリーンは左手の人差し指一本で受け止めた。
次いで、エミーは左拳で、ライリーンの右肩あたりを狙う。
ライリーンは掴んでいた【黒腕】を離し、右手人差し指でそれを受け止める。
自由になった【黒腕】の左拳を、上から思いきり叩きつける。
頭上に掲げた左手で防がれる。
それとほぼ同時に、後方に残していた【黒腕】右拳をまっすぐにぶつける。
右手で受け止められる。
ライリーンの左右の手が、ふさがった。
「りゃあああああーーーーーーッ!!!」
生じた隙を見逃さず、エミーはライリーンの腹に向かって、思いきり右拳を叩きつけた!
ほんの数秒にも満たない攻防の中で、ライリーンの強さは痛い程実感した。
この女は、信じられないほど強い。
ちらりとうかがったその表情は、笑顔だ。
慈しみ愛情を向ける、女の顔。
エミーはその表情に、怖気が走った。
だからこそ、その腹に叩きつけたのは、全力の一撃だった。
普通の人間であれば、なすすべなくはじけ飛びその体を四散させるであろうその一撃。
それを腹で受けたライリーンは、さすがに物理法則に従い後方へと吹き飛んだ。
しかし途中でくるりと回転し、地面に両足を着ける。
ざざざ、と土煙をあげながら直立した状態で後ろに少し滑っていき、止まる。
「四本腕って、ずるくなぁーい?全部防ごうと思ったのにぃー」
そう言いながら顔をあげたライリーンの表情。
やはり、笑顔。
優しい眼差し。
ノーダメージ。
「ああああああーーーーーーッ!!!」
エミーは足元の岩盤を踏み砕き、宙に浮かせた小石を掴んでは投げる。
【無限礫】だ。
目にもとまらぬ速さで飛来する無数の石礫を、しかしライリーンは笑顔のまま、まるで雪か何かのように払いのけつつ、エミーに向かって近寄って来る。
効いていない!
ある程度近づいて来たライリーンに対し、エミーは【無限礫】による攻撃に加え、【魔力斬糸】による奇襲も混ぜはじめた。
切れ味鋭い不可視の糸を、まるで鞭のように、石礫を投げる動作にまぎれさせながらライリーンへと放つ。
しかしそれも、ライリーンはまるで蜘蛛の糸を払いのけるような気軽さで、振り払ってしまう。
効いていない!!
「ねぇ、エミーちゃん」
あっという間に、距離がつめられる。
再度始まる近接戦闘。
エミーは必死に、四つの拳を叩きつける。
ライリーンはその全てを、悉く防ぐ。
ただ防ぐだけでなく、巧みにそれを捌くことで、もはや先ほどのような隙も見せない。
「私と家族になるのは、嫌?」
常人には視認することすら難しい高速戦闘の中、ライリーンは再度、のんびりと問いかける。
「親......なんてッ!いらないッ!!」
エミーは必死だ。
「なんで?」
「......!!」
もはや、何か喋る余裕もない。
ただ必死に、ライリーンに対して拳を叩きつけ続ける。
そんなエミーに対して。
ライリーンは拳を捌きながら優しく微笑み。
そして。
目にもとまらぬ速さで、エミーに近づき。
その両腕で、エミーのことを。
抱きしめた。
......思いきり!
「あがッ......!」
ミシ、ボキという骨の折れる音が鳴る。
「あ、あ、あ......」
そして、あまりに強い力で抱きしめられているので、エミーは息を吸うこともできない。
痛みと苦しさで、集中力が途切れる。
魔力制御がおぼつかなくなり、【黒腕】が霧散し、消え去っていく。
「なんで、拒むのか」
ライリーンは膝立ちの姿勢でエミーの小さな体を抱きしめながら、優しく語りかける。
「私には、わかるよ」
エミーに、頬ずりをする。
「だって、私はあなたと、同じだから」
ライリーンは、慈愛あふれる笑顔を浮かべたまま。
「......怖いんだよね?」
頬を赤く染める。
「人間は、弱いもんね?」
瞳に涙をためる。
「すぐに、死んじゃうもんね?」
エミーの意識は、朦朧としている。
「だから、親なんていらない、だよね?」
ついにがくりと、エミーの全身から力が抜けた。
「エミーちゃんは、優しいね」
そんなエミーの頭を、ライリーンはよしよしとなでた。
「でも、私なら大丈夫」
動かなくなったエミーの体を、ライリーンは両腕で抱きかかえる。
「だって、私はあなたと、同じだから」
額に優しく、口づけをする。
「これからは、ずっとずっと、一緒だよ」
そして、ライリーンは。
「お母さんと」
エミーを抱きかかえたまま、立ちあがり。
「幸せになろうね」
......歩き始めた。
エミーの完敗です。
ライリーンには敵いませんでした。
アルクスは、彼がもし本気をだしていれば、良い勝負をしたと思う。
生き物としてのスペックは圧倒的にエミーの方が上なんだけど、努力と技術と装備とでそれを上回るケースは、多々あります。
次話から第14章後編ですが、今度こそ本当に次の投稿まで間が空きます。
しばらくお待ちください。




