252 オシラース調停官はライリーンの話を聞く
「『くだらない』、だとぉぉ......」
ライリーンが吐き捨てたその言葉に、真っ先に反応したのはアルクスだ。
呆けた顔をしたのもつかの間、アルクスは眉間に皺を寄せ、目に見えて不機嫌な顔を作る。
「うん、くだらないわねぇー」
対するライリーンの表情は涼やかなものだ。
つまらなそうな感情を隠すこともなく、アルクスに冷めた視線を送る。
「あなたの想いとか背景とかぁー、正直どうでも良いのよねぇー」
自分の髪の毛を指先でくるくるさせていじりながら、ライリーンは喋り始めた。
「あなたがエミーちゃんの血縁だから、何なのよ?そんなに血のつながりが大事なら、自分で早く子ども作れよ。エミーちゃんじゃなくて良いじゃない?あ、もてないおっさんには、土台無理な話かなぁー?」
「あぁぁ?」
アルクスの口から、ドスの効いた声が漏れた。
顔が徐々に、目に見えて赤く染まっていく。
「あと、少しは子育ての経験があるって自慢気に言うけどさぁー、それ、まじでほんの短い間じゃない?それなのに、その程度で子育てに自信持っちゃう?本当、厚顔無恥っていうかぁー......あ、だから恥ずかしげもなく、そんな趣味の悪い金ぴかの鎧、着てられんのかなぁー?」
これは、挑発だ。
そう、オシラースは理解した。
あまりよろしくはない流れだ。
アルクスの鎧が、またかちゃかちゃと小刻みに音を鳴らし始めている。
怒りで体が震えている。
「エミーちゃんは私の娘になるの。何故なら、私がそう決めたのだから」
ライリーンは気だるげにそう言って、一つ大きなあくびをついた。
「だからあなたのお話しはねぇー、くだらないしつまらないし、本当にただただ聞くだけ時間の無駄ぁー。ああ、でも、必死になって語ってるあなたの顔は、何かおもしろくて笑えたわぁー。それだけは、評価してあげるねぇー」
「てめぇぇ......!!」
アルクスは唸るようにそうつぶやき......そして大きく息を吸った。
すると、かちゃかちゃという鎧の音が、止まった。
気持ちを、落ち着けた?
オシラースはまずそう思い、アルクスの表情を確認して、その考えが誤りであることを瞬時に悟った。
荒事に不慣れなオシラースにも、それは一目でわかった。
その男の瞳には......殺意が燃えていた。
椅子から少し腰を浮かし、前傾姿勢をとる。
まるで、獲物にとびかかる前の、獣のような雰囲気。
対する女は、その男の表情を見て、にやにやと笑っている。
静かな室内の緊張感が、急激に膨らみ。
そして、爆発する。
その、直前。
「お待ちくださいッ!!!」
ダンッ!!
そう、両手を机に勢いよく叩きつけるようにして。
オシラースは思いきり、椅子を後ろに倒しながら立ちあがり、彼がこれまで生きてきた中で一番の声量で、叫んだ!
ゆっくり、と。
獣のように怒りに顔を染めたアルクスと、にやにやと笑うライリーンが、顔を真っ青にして震えるオシラースを見つめる。
オシラースはそんな二人を、必死になって睨みつける。
「ここは......調停、お話し合いの、場です。暴力的な言動は、お控えください......アルクスさん」
静かに、低く、低く......しかし、はっきりと、山道で出くわした熊に対するように、語りかけるオシラース。
「............すまねぇぇ......」
その瞳に理性の光を取り戻したアルクスは、静かに小さく会釈をして、どちゃりと音を立てながら再び椅子に深く腰かけた。
「あなたも......相手を挑発するような真似は、控えてください......ライリーンさん」
「......うふふ、ごめんなさぁーい」
口ではそう言いながら、ライリーンはオシラースに、にっこりと美しい笑顔を向けた。
そして。
「命拾いしたな、小僧」
アルクスに冷たい視線を送りながら、そんな恐ろしい言葉をつぶやいた。
ぞっとした。
オシラースは、先ほどのライリーンの挑発は......アルクスに暴力行為を行わせ、それをもって親権者として不適格であると、そう糾弾するための罠なのだと思っていた。
違った。
『命拾いした』とは、つまり。
ライリーンは、物理的に、ライバルを一人、減らしてしまおうとしていたのかもしれない。
冷静になり、椅子に再度腰かけたアルクスの顔は、青い。
それはオシラースの推測と同じ結論にアルクスが達したのだということを、そして特級冒険者たるアルクスであっても、ライリーンにとってみれば容易く屠れる相手なのだということを示していた。
◇ ◇ ◇
直観。
オシラースが青い顔で、逃げ出したい気持ちを調停官としての矜持で押さえつけながら、ライリーンから聞き出した彼女がエミーの親権者となりたい理由が、それだった。
ライリーンは、まるで恋をしているような熱い視線を隣の席に座るエミーに向けながら、語った。
長年探し続けた、己と同格になりうる人間。
それがエミーなのだと。
この出会いは運命であるのだと。
この運命を引き裂こうとする相手は、それが例え神であったとしても、決して許しはしないのだと。
そう、語った。
......直観と、言われましても。
オシラースは頭を抱えたくなった。
直観で、自分がお母さんになるべきだと思ったと、言われましても。
それで、はい、そうですかと親権を認めてしまえば、オシラースは調停官失格だ。
しかし決して、ライリーンはふざけてそう言っているわけではない。
この頭のおかしな女は、本気だ。
きっと、ここで誰かが、あなたは親権者としてふさわしくないと、そう言おうものなら、この女はその誰かを笑顔で八つ裂きにして殺すだろう。
この女は、そういうバケモノなのだ。
彼女は実際には、オシラースの前で暴れて見せたことはない。
しかし彼女が醸し出す強者のオーラが、それをオシラースにも、理解させていた。
だが!
だが、しかし!
調停官として!
認められないのだ!
ここで、ライリーンの主張を認め、彼女をエミーの親権者として認定することは、彼女の理不尽な威圧に屈したということだ!
そんなことは、調停官としてのオシラースの矜持が、断じて許さなかった!
それがために思い悩む程には、オシラースは優秀で真面目で愚かな人間だった。
この話し合いを、どうおさめるべきなのか。
オシラースは必死に、必死に考えた。
必死に、必死になって考えて。
そして、ふと気づいた。
ライリーンへの恐怖にのまれ、すっかり忘れていたが。
この場には。
どうしても意見を聞かなければいけない人物が、あと一人、いたことを。
その人物は。
先ほど、この室内が一触即発の緊張感に包まれたことなど、何ら気にする様子もなく。
ただ、黙々と。
目の前のメケナーサンドの山を、平らげ続けていた。




