250 オシラース調停官はパーリーロット夫妻の話を聞く
「あの、ちょっと良いでしょうか......」
とんちんかんな発言をするアルクスにオシラースが呆れていると、別の参加者からの発言があった。
円卓右側に座る夫妻の片割れ、パーリーロットだ。
「はい、なんでしょうかパーリーロットさん」
挙手をして行儀よく発言の機会を待つ常識的なパーリーロットの姿に少しだけほっとしてから、オシラースは彼に発言を促した。
「今回の話し合いは、初めに調停官様がおっしゃった通り、そこの、の......エミーさんの親権をめぐって招集されたものと聞いております」
「はい、その通りです」
「でしたら、私たち夫婦は、この話し合いには関係ありません。私たちは、その子の保護者になる気はありません。呼ばれたから、来ただけです。始まったばかりでなんですが、仕事もありますし、もう帰らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「あぁぁ?」
パーリーロットから飛び出した、今回の議案への無関心な発言を聞き、それまでは行儀悪くも笑みを浮かべながら椅子に座っていたアルクスが、初めて不機嫌な声をもらした。
そしてじっと、パーリーロットを睨みつける。
一方のパーリーロットも負けてはいない。
少し震えながらではあるが、妻をその視線からかばうように少し身を乗り出し、アルクスを睨み返した。
「アルクスさん、控えてください」
特級冒険者の【威圧】に冷や汗をかいているのはオシラースも同じだが、彼は調停官だ。
今回の案件を、平和な話し合いのもと解決に導くのが彼の仕事だ。
仕事への矜持でもって精神の平静を取り繕い、アルクスをたしなめる。
そして事前の聞き取り調査から作成された資料を確認してから、パーリーロットへと質問をした。
「『関係ない』ではないでしょう、パーリーロットさん。あなたの妻のラナーさんは、ご本人からの聞き取りや各種証言から、エミーさんの実母であるとされているんですよ?」
「はい、それは、そうなのかもしれません。しかしそれでも、『関係ない』のです。妻がエミーさんと別れたきっかけは、前夫との離縁が原因なのですから」
「ふむ......」
オシラースは顎に手をあて、思考する。
資料によれば、以前ラナーが住んでいたのは、レイブレイク国の田舎村だ。
参考までに、脳内でレイブレイク国法をパラパラとめくる。
離縁して前夫に子どもをまかせる。
それは、確かに、その時点で親権を放棄している。
そしてレイブレイク国では、そうなった時点で親権は喪失し、その後それが自動で復活することはない。
確か、そのような仕組みになっていたはずだ。
しかし、ここはナガンアハテ国であるし......。
「そのお話は事前調査の際にうかがっておりませんが?」
「申し訳ございません。気が動転しており、忘れていました」
「それと、離縁を証明する、証拠は何かございますか?」
「いいえ。何分、辺境の田舎でしたから、取り決めを書面にして残す等の習慣もありませんでしたので。なお、村が滅んでしまっている以上、証人もおりません」
ラナーではなく、パーリーロットがそう、つらつらと言った。
その間、ラナーはうつむいて前を向こうともしない。
ラナーの正面に座っている、妙な恰好の少女エミーを、視界に入れようともしない。
エミーも、実母であるはずのラナーに、全く注意を向けていない。
ただただ無言で、メケナーサンドを食べ続けている。
「おいぃぃ、さっきから、聞いてりゃよぉぉ......」
と、ここで。
黄金鎧の男アルクスががちゃりと音を立てて円卓に頬杖をつき、タバコの煙を吐き出しながら口をはさんだ。
「証拠がどうこうと、難しいことは置いといてよぉぉ......『離縁して関係ないから、もう帰らせろ』だぁぁ......?」
しんと静まり返った室内に、ドスの効いた男の声が響く。
がさつで、だらしのない雰囲気すら漂わせていた男。
しかしこの男は、今もなお第一線で魔物を討伐し、未開の地を切り開く、特級冒険者なのだ。
決してただのチンピラではなく、その言葉には人の耳を有無を言わせず捉えて離さない、迫力があった。
「それでもその女は、エミーちゃんの、実母ではあるんだろうがッ!実の子が、この先、どういう人生をたどるのか......一切合切、興味なしかよッ!?親としての情が無いとしてもな、それはあんまりだろッ!お前らには、人としての情すら、ねぇのかッ!?」
その声量のため、窓ガラスがびりびりと揺れた。
パーリーロットはその迫力に負け、青い顔で口をぱくぱくとした。
ラナーはさらにうつむき、鼻をぐすぐすと言わせている。
「少しは、常識的に考えて、物を言えぇぇ......」
最後はうめくようにそうつぶやいて、アルクスは再びタバコをふかし始めた。
再び室内を、静寂が包みこむ。
オシラースは、心情的には、アルクスの言葉に大いに賛同した。
ちらりと、黒髪黒目の少女エミーの姿を横目でとらえる。
無表情で食事を続ける少女からは、なんの感情も読み取れない。
何も気にしていないようにすら見える。
しかし。
しかし、実際には、彼女の胸中の苦しみ、悲しみはいかほどか。
彼女は、先ほど実の母側の人間から、『お前など、どうでも良い』と言われたに等しいのだ。
彼女はその時、改めて母に捨てられたのだ。
オシラースは、エミーのことを哀れに思った。
いくら彼女が、一般的に忌み嫌われる黒髪黒目という容姿を持っているからといって、この仕打ちはあまりに惨い。
常に『偏見を持たず公正であれ』と心がけている調停官のオシラースであるからこそ、そう思うのかもしれないが。
エミーの反対側に座る、実母のラナーを見ると、すっかり委縮して震えている。
現夫のパーリーロットはそんな彼女の背中をさすり、必死で妻を守ろうとしている。
それは、見ていればわかる。
彼らとて、なんらかの事情がある。
実母のラナーは、今日はずっと、おびえたような姿しか見せていない。
パーリーロットは、そんな彼女を守ろうとしているだけなのだ。
優しい男なのだ。
妻に対しては。
だがしかし、アルクスの言う通り、その優しさの発露が、あまりにも非常識な言動につながっていることは、事実であった。
しかし一方で。
これは、些事ではあるが。
アルクスの『常識的に物を言え』という発言に、大いに賛同する一方で。
室内だというのに黄金鎧を着こみ、禁煙だというのにスパスパとタバコをやっているアルクスの姿を見ると、オシラースはどうしても、思わざるを得なかった。
お前が、常識を語るのかよ......と。
「ねぇー、ねぇー......」
そんなことをオシラースが思っていると、左側前方より新たな発言があった。
にこにこ笑う、ライリーンだ。
「とりあえずさぁー、もうさぁー、私がエミーちゃんのお母さんってことで、いーい?」
............何を、言っているんだこの女は!?
これまでの文脈を、全く気にしていない!!
そもそも、話し合いをする気もないのか!?
怖い!!
確かにアルクスは常識的だ!!
この女と、比べたならば!!
「ねぇ」
すると今度は、オシラースの左手側より新たな発言。
エミーだ。
エミーはすっかり空になった、先ほどまではメケナーサンドが山盛りに乗っていた大皿を指先でコンコンと鳴らしながら、言った。
「おかわり」
............こいつも、こいつでッ......!!!




