249 オシラース調停官は話し合いを始める
白を基調とした清潔な室内には、中央にただ一つ、円卓だけが設置されている。
それが、審議室だ。
もともと役人たちが会議を行うための部屋なのだが、事件の調停を行う際にも、関係者はこの部屋に集められ、話し合いが行われる。
今回もその例に漏れず、訴えのあった親権問題の話し合いのため個性豊かな面々が円卓を囲み、それぞれがオシラースの方を見つめていた。
いつも通りだ。
いつも通り、調停を行うだけだ。
すっかり覚悟を決めたオシラース調停官は、資料の束を円卓でとんとんやって整えてから、継続ダメージを与え続ける胃痛のことなどおくびにも出さず、穏やかな笑顔を浮かべながら立ちあがり口を開いた。
「さて、皆様。本日はお寒い中当庁にご足労いただきまして、ありがとうございました。これから、皆さまから訴えのありました、親権問題解決のための調停会議を開催いたしたく存じます」
そう言いながら、改めてぐるりと、出席者を見回す。
出席者の顔色は様々だ。
オシラースから見て右側に座る夫妻は、顔を青くしている。
正面の窓側に座る黄金鎧の男は、タバコをスパスパやりながら、図太くリラックスした表情だ。
その隣の貴婦人......オシラースが最も警戒し、恐怖している冒険者ギルド総統は、不気味ににこにこ笑っている。
さらにその隣、オシラースの左手側には、今回の争点となっている黒髪黒目の暗黒トゲトゲ岩石マン少女が座り、黙々とメケナーサンドの山を平らげ続けている。
どう見てもこれ、何十人前分も食べている。
どんだけ食うんだこいつは。
「あー......コホン、私の名前はオシラース。皆様のお話し合い、問題解決のお手伝いをする調停官です。どうぞよろしくお願い申しあげます」
そう言ってぺこりと頭をさげてから、オシラースは自分の椅子に再び腰をおろした。
「さて、これから先は、座ったままお話させていただきます。先ほど申しあげました通り、私は調停官。皆様のお話し合いを中立的な立場で司会進行し、時には国法や領法、これまでにあった判例、あるいは、今回のケースであれば家族神がくだされた神託等を参照し、皆様に助言をいたしますのが私の役目でございます。まず、ここまではよろしいですね?」
一呼吸置き、もう一度室内を見回す。
皆、静かに話を聞いている。
......ここからが一応は、大事なところだ。
「そして必ずご理解いただきたいのですが、本件については本庁に皆様から調停を依頼された以上、この場で決定した事柄につきましては、必ず皆様はそれを承諾し、従っていただきますことをご了承ください。事前にご署名いただきました、宣誓書に書かれた通りです。よろしいですね?」
これにも、円卓を囲む参加者たちは異論がないようだ。
というか、オシラースの経験上、異論のあった試しがない。
必ず、参加者たちは、どんなに気に食わない結論に達しようとも、この調停の場で決定した事項には従うのだ。
それが、法であるからして。
ただし、法は調停内容には従うことは求めても、その調停をとりまとめた調停官への嫌がらせについては窘めない。
だからこそ、オシラースたちの立場は非常に微妙なものになっていて......あ、いた......いたたたた......。
「それでは、特に問題もないようですので、早速本件についてのお話し合いを始めさせていただきたく存じます。それでは私から見て右回りに、自己紹介からお願いいたします」
オシラースは笑顔を浮かべ、こっそり腹をなでながら、参加者たちの発言を促した。
◇ ◇ ◇
「それでは、まずは私から」
そう言って起立したのは、オシラースの右隣に座る夫婦の内の、夫だ。
胸をはり、堂々とまっすぐにオシラースのことを見つめているが、腰の横におろしたその手は微かに震えている。
緊張しているのだろう。
そして夫の起立に少し遅れて、妻も青い顔のままおずおずと立ちあがった。
「私の名前はパーリーロット。このセレリリンの町で魔灯店を経営している者です。横にいるのは、妻のラナーです。どうぞよろしく」
パーリーロットはそう端的に自己紹介をして、頭をさげてから、妻と共に着席した。
オシラースは、もともとこの夫妻のことを知っている。
彼の自宅の魔灯の設置を、パーリーロット魔灯店に依頼しているからだ。
妻のことについてはそれほど詳しくはないが、夫の人柄は明るく、丁寧な仕事が特徴の魔灯屋であったように記憶している。
「次はオレだなぁぁ!」
パーリーロット夫妻が着席したのを見て、そう大きな声を出したのは黄金鎧の男だ。
「オレの名前は、アルクス!二つ名が“黄金”の、特級冒険者よぉぉ!ちったぁぁ名前の売れた冒険者のつもりなんだがよぉぉ、自己紹介、いるかぁぁ?」
アルクスは座ったまま自信満々に腕組をし、にやりと笑ってタバコの煙をふぅっと勢いよく吐き出した。
「もちろん、特級冒険者の方ともなれば、私もそのお名前は拝聴したこともありますが......」
困った笑顔を浮かべながら、オシラースはアルクスに自己紹介を続けるよう促す。
誰もが自分のことを知っているような口ぶり。
偉そうな態度。
オシラースの好みではない。
あと、室内でタバコをスパスパ吸いまくるのも、オシラースの中でアルクスの評価を一段階引きさげる要因となった。
オシラースは嫌煙家なのだ。
そしてそもそもの話、この部屋は禁煙だ。
割と見えやすい位置に、張り紙もしてあるのに。
しかしオシラースは、無駄な軋轢を生みたくないがため、今更注意もできない。
「ぐはは!そうか、いるかぁぁ?えーーーっとなぁぁ、あぁぁ、そうそう、血縁的な話をすればなぁぁ、オレはエミーちゃんの、伯父さんにあたるわけよぉぉ。つまりは、オレは、そこの奥さんの前の夫の、兄なんだなぁぁ!」
アルクスは豪快に笑いながら、続けて何の遠慮もなく、そんなことを言った。
それを聞き、体が震えだすラナー。
パーリーロットはそんな妻の肩をぎゅっと抱いて、アルクスのことを睨みつける。
だが、そんな他人の様子には、アルクスは気づく素振りもない。
デリカシーのない男だ。
「で、だぁぁ。血縁であり、面倒見る気もある。金だってあるぞぉぉ!つまり、このオレが、エミーちゃんの親権者には、ふさわしい!そういうこったな、ぐはは!以上ぉぉ!」
自己紹介が終わると、アルクスは再びタバコをふかし始めた。
オシラースはその様子に、笑みで内心を隠しながらも、すっかり呆れてしまった。
しかし、ここでアルクスの非常識な態度を糾弾していては、話が先に進まない。
「はい、ありがとうございました。それでは......」
故に、アルクスの隣の人物に、『次に自己紹介をお願いします』、と。
オシラースはそう、促そうとした。
しかし、その前に。
アルクスの横に座っていた貴婦人......オシラースがこの室内で最も恐れる人物は、すっくと立ちあがり。
その美しい容貌に、にこにこと笑みを浮かべたまま、室内をぐるりと見回し。
そして、言った。
「私の名前は、ライリーン・ルーン!」
高らかと、声を張りあげて、言った!
「エミーちゃんの、お母さんになる女よぉー!」
と!!
そして、座った......。
そして、座って、相変わらず、にこにこ笑っている......。
怖い。
なんか、色んな意味で怖い。
それが、嘘偽りのない、オシラースのライリーンという女に対する感想であった。
国際組織のトップであるという、権力者としての怖さ。
それだけを、この部屋に入る前のオシラースは、恐れていた。
しかし、もう、何ていうか。
人として、怖い。
これから、エミーという少女の親権について話し合う。
これから話し合うのだ。
そのために、集まったのだと言うのに。
この女は、そのことをまるで気にも留めず、既に自分が少女の保護者になることが確定していると、そう断定する口ぶりで、宣言をしたのだ。
オシラースはそこに、この女の内に秘めた、隠す気もない狂気を感じとった。
アルクスとはまた、ベクトルが違うが。
間違いなく、この女も、非常識な人間であるのだと、オシラースは理解した。
心底おうちに帰りたかった。
すると、ここで。
それまで黙々と目の前のメケナーサンドを頬張り続けていた少女エミーが、突然あたりをきょろきょろしてから、立ちあがった。
「私、エミー」
そしてそう一言、自分の名前を告げてから再度椅子に座り、食事を再開した。
「あ、はい......」
オシラースはまだ自己紹介をしただけだというのに、どっと疲れを感じた。
だからそんな適当な相槌しか、うてなかった。
思わず呆然としてしまい、すぐに話し合いを開始すべきところではあったが、若干の沈黙が生じた。
真四角に形作られた審議室の一辺、ちょうどアルクスの背後の壁に設けられた大窓から、午後の暖かな日差しが差しこむ。
穏やかな、ともすれば眠たくなるような、静かな空気。
そんな中で突如として発生した、沈黙。
それを破ったのは、黄金鎧の男アルクスだった。
「なぁぁ......」
アルクスは先ほどまでの気楽な雰囲気とはうって変わり、深刻そうな表情を浮かべながら、オシラースに向かって問いかけた。
「自己紹介って、立ってからやった方が、良かったのかぁぁ......?」
うるせぇバカ、自分で考えろバカ。




