247 出会うよ
「ねぇ」
少年の背後に降り立った私は、静かに声をかける。
交渉事を行う際は、相手に見くびられないことが重要だ。
かといって、子ども相手に初めから【威圧】を放つというのも、何とも大人げない話だ。
だから私は、相手の背後をとる。
突然現れた風を装い、相手をびびらせるのだ。
そうやって、精神的な優位性を保つのだ。
ふふん、こうして冷静に思考できるあたり、私もコミュニケーションの妙技が身についてきたことを実感する。
見た目が黒髪黒目でなければ、この世界で私は商人としても食べていけたかもしれない。
「うわっ!?出たな、呪い子っ!」
「それ、ちょうだい」
驚き振り向いた少年に対する私の要求は、いつも通り。
キミの持ってるその揚げパン、すげぇうまそうじゃない?
欲しいな、欲しいな、食べたいな。
私のチュロスと、交換しようぜー!
「お、おい呪い子!お前、この町から、出ていけっ!」
......?
ところがこの少年、私の平和的な要求に対して、良くわからない返事を返してきた。
思わず首を傾げる。
何言ってんだこいつ?
「それ、ちょうだい」
「お前がいると、怖がる人がいるんだ!は、早く町から、出ていけっ!」
えーーーっ?
何だこいつ?
話が通じない......。
私は『お菓子をちょうだい』って言っているのに、こいつはそれに『町から出ていけ』って返す。
会話になってないよ?
さてはこいつも、会話下手だな?
<まあ、相手は子どもですからね。うまく会話できないことも、あるでしょう>
まったく、しょうがないなー。
「おい!話を聞いているのか!?」
オマケ様と会話している私の様子を見て無視されたと勘違いしたのか、少年は改めて声を荒げる。
話を聞いていないのはそっちだろうに、まったく。
子どものやることとはいえ、呆れて思わずため息が漏れる。
一方の少年は、私が威嚇行動をとらないから気が大きくなってきたのか、スパナをぶんぶんと振り回し始めた。
「優しく忠告してやるのは、今だけなんだぞっ!もし言うことを聞かなければ、どうなっても知らないぞっ!」
「その、お菓子をちょうだいって、言っているの」
ちびっ子にもわかりやすいよう、できるだけ優しく、丁寧に、要求を伝える。
「い、痛い目を見るぞっ!」
でも、だめだ。
少年は相変わらず、可愛らしい威嚇を繰り返すのみ。
話にならない。
「ねぇ、お前、頭悪いの?会話もできない?」
思わず、そんな言葉が口をついて出てしまった。
少しは私もイラついてきていたからねー。
ついつい、言っちゃった。
そしたらこの言葉に、少年も思わずカチンときたらしい。
「馬鹿に......するなーーーっ!」
次の瞬間、少年は顔を真っ赤にしてそう叫びながら、手に持ったスパナをこちらに向かって、投げつけてきたではないか!
ひゅんひゅん音をたてながら縦回転しつつ、私の額めがけて飛んでくる金属工具。
思わず激昂しての行動だったのだろう。
少年の顔は初めは真っ赤だったけど、すぐに自分のしでかしたことの重大さに気づき、顔を青くした。
スパナが顔に当たれば、どうなるか。
大ケガだよ、普通はね。
思わず相手をケガさせる行動をとってしまい、顔を青くする。
まっとうな感性を持っている証拠だと思う。
......だけど。
二本の指で飛来するスパナを掴み取り、少年を睨みつける。
相手に、いきなり物を投げつける。
殺したいわけじゃないなら、だめでしょ、こういうことしちゃ。
「おい」
「ひっ!」
スパナをバキンと二つに折って、その辺に放り投げてから、ごく軽く【威圧】する。
少年はそれだけで恐怖し、青い顔で後ずさるけど、さすがにこれは放ってはおけない。
一歩前に踏み出す。
「なんのつもりだ、こら」
この少年が私を本気で害そうと思っていたわけではないということは、私にもわかる。
でも、思わずとは言え、こいつは私に向かってスパナを投げた。
私にしてみれば、あくびが出るほど遅い速度で。
だけど、もし私が、一般人程度の身体能力しか持っていなかったとしたら、どうだ。
私は、大ケガをしていたのだ。
この少年は、やってはいけないことをした。
それを、誰かがしからなければならない。
私は、そう思った。
それが将来の彼のためになるのだろうし、教育的な指導というやつなのだろう。
そしてこの場には、私しかいないのだ。
なら、しかるべきは、私だ。
多分、私の方が少し年上だしね。
彼のためにも、人生の先達としての役割を、果たさねばならないだろう!
「まて」
「う、うわあーーーーーーっ!!」
徐々に近づく私の怒気に怖気づいたのか、少年はさっきまでの威勢はどこへ行ったのやら、すぐさま私に背を向けて逃走を開始した!
紐がほどけ、防具のつもりで腹に巻いていたと思われるまな板が転がる!
酷い慌てようだ。
そんな彼を捕まえてしかりつけるのは、容易いことだ。
私の方が圧倒的に身体能力が高いわけだし。
そう思って、いたんだけど......。
<あっ!!>
「むっ!!」
慌ててか、わざとか。
少年は持っていた揚げパンを、遠くに放り投げたのだ!
「てやっ!!」
思わず本能に引きずられ、明後日の方向に投げられた揚げパンに飛びつく、私!
もぐ、もぐもぐもぐっ!
お、おいしいっ!
さくっとした口当たり!
ふわっとした噛み応え!
口内に残る油の香りも決して嫌なものではなく、何よりこれ、黄色の甘酸っぱいジャムが挟んであるぞっ!
<あ、ちょっとエミー!少年が行ってしまいますよ!>
はっ、しまった!!
慌てて駆けていく少年の方に視線を戻すと、少年はちょうど、裏路地の入り組んだ道に入りこみ、姿が見えなくなったところだった。
「もぐもぐ、もぐもぐもぐ......」
頬をぱんぱんに膨らませて、私はそれを見送った。
<どうしますか?追うのを諦めますか?>
いや、追うよオマケ様。
しかるのもそうだし、結果的に揚げパンももらっちゃったからね。
お返しはしないと。
すんすんと鼻を動かす。
追うべきは、彼の手についた揚げパンの香りと......彼が背負っていた工具袋の、油臭い臭いだ。
<なんで工具袋なんか、背負っていたのでしょう?>
さあ?
スパナを投げてきたあたりから考えると、武器にでもなると思ったのかもね。
まあ、そんなことはどうでもよろしい。
私は匂いが薄れる前に少年を捕まえるべく、裏路地を走りだした。
◇ ◇ ◇
そして追跡自体は、それほど難しいものではなかった。
何度か角を曲がった先の、四つ辻。
そこに少年はいた。
だけど、私にとっては予想外なことに、彼は一人ではなかった。
「お、怒らせちゃったんだ!!オレ、会ったんだよ......噂の、呪い子にっ!!!」
少年は、尻餅をついた姿勢の女性にしがみつき、必死になって彼の現況を説明していた。
聞こえてきたそれまでの会話から察するに、その女性は少年の母親。
少年に似て、整った顔立ちの、若々しい女性だ。
「............」
尻餅をついたはずみで、女性の買い物かごからこぼれたのだろう。
ころころと丸い芋が、私の足元まで転がってきた。
「う、うわぁっ!来たーーーーーーっ!!」
こちらに気づいた少年がそう叫び、女性にしがみついて震えあがる。
それに釣られて、女性もこちらを見る。
......目を真ん丸に開いて、呆然としている。
ふむ......私の美しさに、驚きのあまり声もでないのかな?
<あなたが美しいのは否定しませんが、それ以上に今は見た目が見た目なので、どちらかと言えば............ん......んん?>
またしても私の悪口を言おうとしたオマケ様が、急に黙って、うなった。
え、何、何?
どうしたの?
<あの、エミー、あの少年もそうなのですが、あの女性も......なんだかどこかで、見た覚えはないですかね?>
はあ?
ないない、絶対ないって。
私、これまでの旅で出会ってきた人たちって、そんなに多くないよ?
だから大体彼ら彼女らの顔は、憶えている。
その自信に裏打ちされてはっきり言うけど、やっぱりあの少年にもその母親にも、私は出会ったことはないはずだよ。
<いや、でも、うーん......旅先で出会ったことがないとするならば......会ったことのある誰かに似ているような、そんな気がするんですよねぇ>
はあ、なんだそりゃ?
そう言われると、私もだんだんと気になってくる。
母親の方を、まじまじと見る。
さっきも言った通り、若々しくて美しい女性だ。
冬用の上着を羽織り、食べ物のつめられた買い物かごを抱えている。
髪色は、薄茶色。
肩のあたりまで伸びた、緩くふわりとくせのついたその髪を、後頭部の高い位置にて細めのリボンで一つにまとめている。
目つきは、釣り目。
小鼻。
卵型の輪郭。
うーん......。
......あれ?
旅先では、私は確かにこんな人には、出会ったことはない。
出会ったことはないはず、なんだけど......。
確かに見たこと、あるような?
<えーっと、釣り目......釣り目で、美しい女性......うーん>
釣り目で......美しい女性......美しいと言えば......私......。
<もう!エミー、ふざけないでください!............ん?>
............あれ?
<......ねぇ、エミー、あの少年と、その母親なんですが>
......もしかして、なんだけど。
オマケ様、あの人たちが似ているのって......。
<............エミー、あなたです......>
オマケ様がぽつりとつぶやいたその一言で。
私が封印していた、思いだしたくもない記憶がフラッシュバックする。
私は転生者だ。
この世に生まれでたその時からしっかりと自我を持ち、記憶を積み重ねてきた。
脳の発達がどうとか、小難しい話は知らない。
とにかく、それが事実だ。
何が言いたいのかと言えば。
私は、実は、あの女の顔を、憶えていたのだ。
ただ、思い出したくもなかっただけで。
乳児特有のおぼろげだった視界が徐々にはっきりしてきて、ようやく認識できたあの女の顔は。
いつも、憎々し気な表情で、私を見ていた。
いつも、疎ましそうな表情で、私を見ていた。
いつも、辛そうな表情で、私を見ていた。
「エ......ミー......」
今は呆然とした表情の女が、かすれた声で、私の名前をつぶやいた。
......ああ。
......ああ!
......ああ!!
こんなことがあるのか!?
どんな確率だ!?
そりゃあ、わかるよな、私の名前!
お前が、つけたんだからな!!
つまり!
つまり!!
あの女は!!!
私の、母親じゃあ、ないか......!!!
どうしても、辛い時。
食べる物がなくて、ひもじい時。
ケガをして、痛い時。
人恋しい時。
私は、あの女のことを呪った。
表面上は、オマケ様と馬鹿をやりながら。
心の奥底の、どろどろとした部分で。
何で私を、捨てたのだと。
もし、今後、出会うことがあれば。
八つ裂きにして殺してやると、そこまで考えたこともあった。
......だけど、実際に出会ってしまえば、どうだ。
ただただ、私は困惑した。
殺してしまえと心が叫ぶ。
だけどその反面、驚くべきことに、この女が生きていたことに何故か安堵している自分もいたのだ。
気持ちの整理がつかなかった。
何が何だか、わからなくなった。
そんな中、ようやくひねりだした言葉が。
「こんなところに、いたのか」
だった。
夕日によって長く長く伸びた私の影が、いつの間にか少年と女の影と混じりあい、一つになった。
だんだんと暗くなっていく裏路地にて。
私たちは、互いに呆然とし、ちっとも身動きがとれないでいた。
いつまでも、沈黙が続く。
............かと、思われた。
だが、しかし!
その沈黙は!
突然の第三者の乱入により、破られたのだ!!
「うぉぉーーーーーーッ!!!」
「「「!!?」」」
その第三者とは、がしゃがしゃと金属鎧がこすれる騒々しい音をたてながら、猛スピードでこちらに向かって走ってくる一人の男だった!
私、少年、そしてその母親は、思わずその方向を振り向いた!
「やぁぁーーーッと、見つけたぜぇぇッ!!」
私たちの近くで急ブレーキをかけ、息も絶え絶えに足を止めたそいつは、きらきら光る黄金鎧を身にまとった、無精ひげの男であった!
その男は、私の顔を見るなりにやっと笑い、そして自己紹介をした!
「嬢ちゃんッ!キミの名前は、エミーちゃんだなぁぁッ!?オレの名前はぁぁ、“黄金”のアルクスッ!特級冒険者でありぃぃ、キミの伯父ぃぃッ!つまりッ!キミをッ!保護する者だぁぁーーーーーーッ!!」
突然現れた黄金男の勢いにのまれ、私もオマケ様も、ぽかんとした!
しかし......!
この場に現れた乱入者は、この黄金男ただ一人では、なかったのだ!
「はぁぁーーーーーーッ!!!」
「「「「!!?」」」」
今度は黄金男が走って来たのとは反対の方向から、そんな女性の叫び声が聞こえてきた!
私、少年、その母親、そして黄金男は、思わずその方向を振り向いた!
「あぁぁーーーーーーッ!とうッ!!」
黄金男を上回るスピードで私たちの近くまで駆け寄ってきたその女性は、直前で近隣民家の2階まで届こうかという大ジャンプを繰り出しくるくると空中で回転しながら、私の目の前にすとんと、音もなく着地した!
上品なコートを着て、つばの広い帽子をかぶった、そしてなんだかよくわからない黒い球体を握りしめたその金髪の美しい女性は、私の顔を見るなりにんまりと笑って、自己紹介をした!
「あなたがぁー、エミーちゃんねぇー!私の名前は、ライリーン!ライリーン・ルーンよぉー!冒険者ギルド総帥であり、あなたの......お母さんに、なる女よぉー!!」
突然現れたこの金髪女の勢いにのまれ、私もオマケ様も、やっぱりぽかんとした!
わけが、わからなかった!
だけど、今、この時!
混沌としたこの空間の中で!
それは、私だけではなかった!
私も、少年も、その母親も、黄金男も、金髪女も!
全員が、共通して、わけわかってなかった!
だから全員が、少し冷静になって周囲を見回し、少々の沈黙の後、ほぼ同時に、ほぼ同じようなことを、つぶやいたのだ!
「「「「「............なんだ、この状況......!?」」」」」
急に役者がそろったところで、第14章前編は終了です。
次話からは中編が始まります。
書きためたい気持ちがあるので、次の投稿まで間が空くと思います。
しばらくお待ちください。




