245 怪人との遭遇事例(2)
「うわぁっ!」
強い力で肩を押されたカッピテットロンは、思わず空き地の土の上に尻から倒れこんだ。
彼が謎の呪い子に出会ってから、数日が経った。
つまり季節はまだ冬であり、セレリリンでは雪が降ったり解けたりが繰り返されている。
彼ら子どもたちの遊び場は町の外れにある空き地であり、当然石畳等で舗装はされていない。
解けた雪でぬかるんだ冷たい泥がカッピテットロンの服を汚し、ポケットからころころとおやつの貝柱の干物が転がり出た。
「お!へへへ、まだ食い物持ってんじゃんかよ!」
そう言って下卑た笑い声をあげるのは、彼の2つ上の先輩、いじめっこのガキ大将ゴウギンダッツだ!
まだ9歳であるはずのこのいじめっこの体躯たるや既に大人と比べても遜色ない程であり、彼の家が裕福で力を持っていることも相まって、この町の少年たちは誰一人としてこの暴君には逆らえないのだ。
そうしてヘラヘラ笑うゴウギンダッツの横から彼の取り巻きであるイーダクダックとタイコモティーが前に進み出て、カッピテットロンが落としたおやつを袋に拾い集める。
そしておやつを拾い終えた後、この取り巻き二人は一発ずつ、カッピテットロンを無意味に蹴った。
「あ、痛いっ!な、何をするんだよぉ!」
思わず抗議の声をあげるカッピテットロン。
しかしそれが、ゴウギンダッツには気に入らなかった!
ヘラヘラ笑いをやめ、ガキ大将は小太りの少年を睨みつける。
「ああ!?てめえ、生意気な口をきいてんじゃねぇよッ!敬語はどうした?パパに頼んで、お前んちの干物屋、潰してやろうかッ!?」
なんという横暴な物言い!
しかしカッピテットロンは、この理不尽に抗う術をもたない。
小太りの少年は悔し気に俯き、唇を噛んだ。
これぞ、子ども社会に反映される弱肉強食の異世界の縮図である。
「ああ、でも、『何をするんだ』か。オレは優しいからな、お前にも教えてやるよ、デブ!なんでこのオレが、おやつを集めているかをよ!」
その後何度かカッピテットロンのことを蹴飛ばした後、ようやく機嫌がなおったらしいゴウギンダッツは、誰も聞いていないのにヘラヘラと笑いながらそんなことを言い出した。
「オレはよぉ、呼び寄せてみようと思ってんのよ......今話題の、呪い子とか言うのをよぉ!」
「えっ!!?」
その言葉を聞いたカッピテットロンは大いに驚き、真ん丸に目を見開いてゴウギンダッツのことを見つめた。
「へへへ!何だよ、デブ!その間抜け面はよぉ!......ああ、そういや、お前が第一発見者なんだっけか?」
そう、ゴウギンダッツの言う通り、カッピテットロンが第一発見者なのだ。
あの......恐ろしい、呪い子の。
“第一発見者”とはどういうことかと言うと、彼の後にも妙な恰好をした呪い子の少女に出会った子どもたちが、何人もいたのだ。
呪い子は子どもが大人と一緒にいない時に現れ、食べ物をせびる。
その時に食べ物を渡せば、必ずお返しに美しい白く輝くチュロス(ただし、食用不可)を渡し、煙のように消え失せるのだ。
もし、食べ物を渡さないと、どうなるのか......それは誰にも、わからない。
子どもたちの間では、『自分が食べられてしまう』とか、『暗黒トゲトゲ岩石マンの国に連れていかれる』とか、様々な説がまことしやかに囁かれている。
「よ、呼んで、どうするの?」
カッピテットロンはあの時の恐怖を思い出しながら、顔を青くして問うた。
その様をゴウギンダッツは、鼻で笑う。
「もちろん、やっつけるに決まってるだろ!オレたちの町に、呪い子がいるんだぜ?きめぇだろ!女だろうが関係ねぇ、ボコボコにしてやんのさ!」
「だ、だめだよっ!」
件の呪い子の恐ろしさを知るカッピテットロンは、思わずそう口に出した。
しかし......。
「お前、呪い子なんかにびびってんじゃねぇよ!」
再び機嫌を損ねたゴウギンダッツに蹴り飛ばされ、カッピテットロンは泥の上に転んだ。
ポケットの奥に巧妙に隠してあった残りの貝柱の干物が、またしても零れ落ちる。
そこに取り巻き二人がさっと群がり、貝柱を回収する。
「よっし!エサは十分に集まったか!へへへ、それじゃ行くとするかな、町の平和を守りによぉ!」
ゴウギンダッツとその取り巻きたちはカッピテットロンにそれぞれ一発ずつ蹴りを入れてから、ヘラヘラ笑いながら空き地から出て行った。
カッピテットロンは、泥の上で転がりながら、それをじっと見ていた。
もう、止める気もなかった。
◇ ◇ ◇
「ああ~、うめぇ~~~!」
「このおやつ、最高にうまいっすねぇ~~~!」
「いやいや、一番うまいのはこのクッキーだぜぇ~!芳醇なメケナーバターの味わいもさることながら、口に入れた瞬間に広がる小麦の香りが上品で、まるで一口食べれば自分が今黄金色に輝く麦畑の中に寝ころんでいるかの如く錯覚してしまう程だぜぇ~!」
それから数時間後。
ゴウギンダッツは取り巻き二人と共に、子どもたちから強奪した食べ物を貪り食い騒ぎながら、人気の少ない裏路地を練り歩いていた。
呪い子をおびき寄せ、退治するためだ。
(くそっ!呪い子、全然釣れねぇじゃねぇか!)
しかししばらく歩いても肝心の呪い子が全く見つからず、ゴウギンダッツの苛立ちは頂点に達しようとしていた。
眉間には皺がより、額には青筋が立つ。
「うまいっす!うまいっす!」
「ああ、オレはこれほどまでにうまいクッキーを、食べたことがないぜぇ~!控えめな甘さとほのかな塩味が、素材の良さを引き立てるぜぇ~!このクッキーを食べている今この瞬間だけは、オレは世界で一番幸福な人間である自信があるぜぇ~!」
そして、未だ呑気に騒いでいる取り巻き二人を睨みつける。
己の苛立ちを解消するため、この二人をボコボコに蹴り飛ばしてやろうかとゴウギンダッツが考え始めた......ちょうどその時。
「ねぇ」
彼らの背後から、聞き覚えの無い女の子の声が、響いた。
慌てて振り向くと、人通りのない裏路地に一人、沈み始めた日の光を背に負って、そこには少女が立っていた。
トゲトゲとしたどす黒い岩石から手足と頭が飛び出たような、特徴的なシルエット。
それなのに、あまりにも整ったその容貌。
岩石状の装束に時折浮かびあがる、錆びたような赤色。
黒髪、黒目。
(出た!出やがった!噂の呪い子だ!)
ゴウギンダッツは、突然現れたこの呪い子の不気味な気配に若干気おされつつも、冷や汗を流しながらにやりと笑った。
「それ、ちょうだい」
そんなゴウギンダッツの様子など気にも留めず、その呪い子は彼らの持つおやつ袋を指さして、無表情にそんなことを言った。
噂の、通りだ。
ここで大人しく食べ物を差し出せば、この呪い子は食べられないチュロスを手渡して去っていくはずだ。
だがしかし、ゴウギンダッツはそんなことを、してやる気などさらさらなかった。
おもむろにおやつ袋に手を入れて、中の食べ物を鷲掴みにしたゴウギンダッツは、それを呪い子に見せびらかすように高々と掲げてから、それを......。
「嫌だね!」
むしゃむしゃと、自分で貪り食い始めた!
「誰が呪い子なんかに、やるかよ!死ね!消え失せろ!バーカ!」
そんな風に、呪い子のことを口汚く罵りながら!
「きめぇんだよ!呪い子!なんだ、その変な恰好!きめぇ!」
口いっぱいに食べ物を頬張る!
悪態をつき続ける!
「死ねよ、死ね!知ってるか?呪い子なんか、死んだ方が世の中のためなんだぜ!はやく、死、ね、よぉ~~~!」
貧相な語彙力から繰り出される聞くに堪えない罵詈雑言!
こうやって相手を精神的にいたぶってから、暴力を振るう。
それがゴウギンダッツのいじめの流儀だった。
彼はセレリリンの子ども社会における王者であり暴君。
こうやって彼が攻撃した子どもは、須らく涙を流して彼に屈服し、思うがままのサンドバックになった。
はじめは反抗的な奴も、すぐに大人しくなるのだ。
だから今回も、そうなる。
ゴウギンダッツは、本気でそう思っていた。
だが、しかし。
「ああ?」
しばらく沈黙し大人しく罵声を浴びるがままであった呪い子が、そんな、ドスの効いた明らかに不機嫌な声をあげた、その瞬間であった。
「!?」
ゴオッと大きな音をたてながら、呪い子を起点として、突然突風が発生した。
......少なくともゴウギンダッツには、そのように感じられた。
己に突き飛ばされたカッピテットロンのように、思わず無様に尻餅をつくゴウギンダッツ。
体の震えと、冷や汗が止まらない。
訳も分からず、恐る恐る、改めて呪い子の顔を見上げる。
そこにあったのは、それまでと同じく、ただただ無表情であった。
しかし、その雰囲気が一変している。
それまでも、どこか不気味ではあった。
しかし、今の呪い子の雰囲気は、それまでとは明らかに一線を画している!
呪い子はじっと、ゴウギンダッツを見つめている。
ただ、それだけだ。
しかしそれだけなのに、恐ろしい!
そして、悍ましい!!
ミシ、ミシミシッ!!
「ひっ......!?」
周囲の空間から、何かが軋む謎の音が聞こえる!
「ひゃっ......!?」
そして呪い子の体から、不気味などす黒い靄が噴き出す!
「ひゃああああああああッ!!?」
訳の分からない恐怖に襲われ、ゴウギンダッツは顔を真っ青にしながら情けなくも絶叫した!
彼はその恵まれた体躯と父親の金の力によって、セレリリンの町の子ども社会の暴君として君臨し続けてきた。
しかし、彼はこの安全で治安の良いセレリリンという町から、出たことがない。
道理の通じぬ賊や魔物の恐怖を、味わったことがない。
所詮は、ただの躾けられていない、少し体の大きなだけの子どもなのだ。
ただの子どものゴウギンダッツは、呪い子から思わず漏れてしまった軽い【威圧】に、耐えきれなかったのだ。
「お、おい!ゴウギンくんがやべぇ!」
「か、肩持て肩!逃げるぞ!」
直接【威圧】を向けられなかった取り巻き二人が慌てて泡を吹き出し始めたゴウギンダッツを担ぎ、その場から逃走を始める。
手に持っていたおやつ袋はその場に放り投げ、三人で一目散に逃げていく。
「............」
後に残された呪い子は沈黙したまま、袋から零れ落ちたいくつかの食べ物を拾い上げ、口に含んだ。
そしてもぐもぐと咀嚼しながら、じっと、逃げていく三人の背中を目で追った。
◇ ◇ ◇
「はっ!!?」
ゴウギンダッツが目を覚ました時、彼はふかふかのベッドの上に寝ころんでいた。
がばりと跳び起きる。
きょろきょろと、辺りを見回す。
どうやらここは、ゴウギンダッツの自室のようだ。
呪い子は、もうここにはいない。
「はぁ、はぁ......はぁ」
何度か荒い息を吐いてから、ゴウギンダッツは額に浮かんだ汗をぬぐう。
記憶が、あいまいだ。
確か自分は、呪い子に出会って、それに恐怖し、腰を抜かした。
取り巻き二人が自分を担ぎ、何とか家までたどり着いて、そして......。
「そうだ、そこでオレは......気を失った......」
そしてそのまま、寝込んでいたのだ。
東の窓のカーテンの隙間から、光が差しこんでいる。
つまり、現在の時間は、朝。
彼はどうやら気絶した後、少なくとも一晩は寝こんでいたらしい。
記憶の整理をつけたゴウギンダッツは、ぼふりと音をたてて、再び体をベッドに沈みこませる。
あの呪い子は、一体何なのだろうか。
あれは、人間なのか。
魔物ではないのか。
頭の中が疑問でいっぱいになり、次第に再び鮮明に、呪い子の恐怖がよみがえり始める。
彼は、呪い子に何かされたわけではない。
しかし、恐ろしいのだ。
あれは、ゴウギンダッツにとって、初めて出会った理外のバケモノであった。
己とは隔絶した、上位者。
絶対的な、捕食者。
そういう存在であるのだと、気配だけでわかってしまった。
恐ろしい。
恐ろしくないわけがない。
気まぐれに、容易く己の命を狩りとれる存在が、恐ろしくないわけがない。
特に、これまで己が格下とみなした相手を容赦なく虐げてきたゴウギンダッツにとって、上位者の存在は耐えがたく恐ろしい。
何故なら、格上は格下を好きなようにいたぶって良いと、無意識に思いこんでいるからだ。
つまりあれは、ゴウギンダッツを好きなようにして良いのだ。
それを否定すれば、今度は普段のゴウギンダッツの行いの正当性が、彼の中から失われてしまう。
ゴウギンダッツは布団の中で、肩を抱えて震えた。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け......今、ここに呪い子はいない。ここはオレの家。安全だ。安全だ。落ち着け......)
ゴウギンダッツは震えながら何度も頭の中でそう繰り返し、己の内から湧き出て止まらない恐怖を抑えようとした。
彼の家は、大きな商店を営む町一番の金持ちだ。
家の前には守衛を置いて、怪しい人物の侵入を防いでいる。
つまり、大丈夫だ。
家にいれば、もうあの呪い子と遭遇することはない。
自分は、安全だ。
「ふぅ......」
ここでようやく、ゴウギンダッツは落ち着いた。
だらりと力を抜いて、こわばった体を弛緩させる。
大きく息を吸って、吐く。
そして、何の気なしに、ころりと寝返りをうった。
背中が汗でびっしょりと濡れ、不快だったからだ。
すると、目の前の敷布団に。
朝日を浴びて白く輝く、棒状の物が、突き刺さっていた。
これは......チュロスだ。
呪い子が子どもたちに渡すと言われている、食えないチュロスだッ!!
ゴウギンダッツはそれまで全く気づいていなかったが、彼の枕の横の敷布団には、その、食えないチュロスが、ぶすりと刺され、そこに屹立していたのだ!!
つまり、呪い子は!
もう既に、この家の中に......!?
「ぎゃああああああああああああああッ!!!」
家中に、ゴウギンダッツの叫び声が響きわたった。
怪人ちゃんの思考は、
「なんだあいつ、むかつくなぁ」
↓
「でも、食べ物落として行ったなぁ......お返しはしないとなぁ」
↓
「はい、チュロスだよ~(自宅に侵入し、布団にぶすりと突き刺す)」
という感じなので、別にびびらせようとか思ってやったわけではないです。
次話からお話を動かします。




