244 怪人との遭遇事例
カッピテットロンは、セレリリンの町にある比較的裕福な干物屋......『カペントーラン干物屋』の三男坊だ。
何よりも食べることが大好きで、いつも何かを口にくわえている、小太りの少年だ。
そんな彼の性格は、お調子者だけど、少し臆病。
平和な毎日を楽しく過ごしている、だけどその毎日にちょっとだけ退屈している、どこにでもいる普通の少年なのだ。
その、普通の少年は、この日。
ちょっと......わけのわからないモノに、出会った。
◇ ◇ ◇
「ふむふむ......うまい!父ちゃん、また腕をあげたな......!」
そんな知ったかぶりを言いつつ、この日この時カッピテットロンはサッケトーバーをかじりながら遊び場に向かって歩みを進めていた。
先述した通り、彼の家は干物屋だ。
冒険者ギルドから魔物肉等を卸してもらい、干物を作って生活している。
彼がかじっているサッケトーバーも、彼の父が作ったものだ。
少し形や色が悪い規格外品ではあるが、味は問題ない。
「ゴウギンには、奪われないよう気をつけなきゃ......」
意地悪なガキ大将の顔を思い浮かべながら、カッピテットロンが腰に下げたサッケトーバー入りの袋を優しくなでた......その時だった!
ズガァンッ!!
そんな音をたてながら、彼の目の前に何かどす黒いモノがふってきて、路地の石畳にめりこんだのは!!
「ひぇっ!?」
カッピテットロンはその衝撃に思わず腰を抜かし、尻餅をついた。
もくもくと立ち上る砂煙。
ちょうどこの場所は、人通りの少ない裏路地。
大きな音がなったのに、そのことについて騒ぎ立てる住民は近くにいない。
セレリリンご自慢の治安を守る衛兵たちも、すぐには駆けつけてこないだろう。
つまり、カッピテットロンは。
空からふってきた“それ”と、一人で相対せねばならなかったのだ。
冬の風が一吹きし視界を覆う土煙を吹き飛ばした時、カッピテットロンの目の前にいた、それは。
石畳に、なんかビィィンッて頭から突き刺さった、黒髪黒目の少女であった。
(呪い子!!)
それを認識したその瞬間に、カッピテットロンの顔は青ざめ、鳥肌がたった!
呪い子は、不吉な存在だ。
関わるだけで不幸になると言われており、見つけても絶対に近づいてはいけないと、彼も幼いころからそう言い聞かせられながら育ってきた。
早く、逃げなくてはいけないと思った。
(の、呪い子......!?)
しかし、なんでこいつは、こんなおかしな恰好をしているんだ......?
次にカッピテットロンの頭を埋め尽くしたのは、そんな疑問だった。
その呪い子は、手足と頭を除く胴体に、なんだかどす黒くてトゲトゲとした岩のような装束をまとっていた。
冒険者の人たちが着ているような、鎧の一種だろうか?
時折錆びたような赤色が浮かびあがるその鎧は、不気味だ。
見ているだけで、不安な気持ちになってくる。
つまりその呪い子は、言うなれば、そう、暗黒トゲトゲ岩石マンと形容せざるを得ないような見た目をしていたのだ。
カッピテットロンはその姿を思わず凝視し、混乱した。
(呪い子......!!)
だがすぐに我に返る。
とにかく、あれは不吉な呪い子だ。
もしくは、町にまぎれこんだ魔物だ。
どうやってカッピテットロンの目の前までやって来たのかは知らないが、とにかく、関わってはいけない。
逃げなくてはならない。
そう思い、立ちあがり逃げようとしたのだが......足腰に力が入らない!
腰が抜けているためカッピテットロンは逃げることができず、その場でばたばたと無様にもがいた!
(の、呪い子!呪い子!......ひぃっ!!)
混乱し続ける、カッピテットロン。
しかしそんな哀れな少年を、さらに恐怖させるものがあった。
それは、目の前の呪い子の......視線だ!
まったくもって無表情な、まるで人形のような呪い子の深く黒い二つの瞳は、じっとカッピテットロンを捉えて離さなかった。
その視線には、確かに......熱がこもっていた。
カッピテットロンは、本能で理解した!
あれは、獲物を前にした時の、捕食者の視線なのだと!
自分が獲物で、あの呪い子は捕食者なのだと!!
じたばたもがくカッピテットロンを後目に、呪い子はその白い両掌を地面につけ、ぐっと力を込めた。
すぽん、と石畳から、呪い子の頭が抜ける。
逆立ち状態のまま腕にさらに力を込め、そこから呪い子は腕の力だけでくるりと宙返りをし、2本の足で地面に立った。
(もう、おしまいだ......)
カッピテットロンは、今にも襲いかかることのできる体勢を整えた捕食者の姿を見て、絶望した。
「ひ......ひゅ......」
助けを呼ぼうにも、すっかり呪い子の気配にのまれてしまったこの少年は、恐怖のあまり声すら出すことができない。
ああ、何で自分が、こんな目にあわなくちゃいけないんだ。
お勉強、さぼったからかな。
父ちゃんの手伝いから、逃げていたからかな。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい......。
哀れな少年は、胸の中で無意味な謝罪を何度も繰り返した。
そうしている間に、呪い子にも動きがあった。
呪い子のまとう、どす黒くてトゲトゲとした鎧が......突然ほどけ、2本の巨大な黒い腕へと変形したのだ!
その腕の片方がふわふわと揺れながら、ゆっくりカッピテットロンへ近づく。
(ああ、もうだめだ。この腕に潰されて、ボクはもう死ぬんだ......)
続く絶望の中、カッピテットロンはもはや己の生を諦め、涙と鼻水でその顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、投げやりになって仰向けに寝転んだ。
すると、どうだ。
「それ、ちょうだい」
そんな、かわいらしい女の子の声が、カッピテットロンの耳に届いたではないか。
慌てて、体を起こす。
きょろきょろと、辺りを見回す。
この路地裏にいるのは、自分と、前方にいる呪い子だけ。
つまり、今の声の主は、あの恐ろしい呪い子。
「それ、ちょうだい」
もう一度、呪い子ははっきりと口を開いて、そう言った。
それ、とは何か。
カッピテットロンは少し混乱したが、すぐにわかった。
呪い子の体から伸びた黒い腕が、彼が腰にさげたサッケトーバー入りの袋を、指さしていたからだ。
「こ、これ......?」
何とかそう声に出し、己も袋を指さすと、呪い子はこくりと頷いた。
カッピテットロンは震える手で袋を腰に結びつけていた紐をほどき、その袋を呪い子に向けて放り投げた。
ふわふわと漂っていた黒い腕がそれを受け止める。
「ありがとう」
何ら感情の乗らない顔でカッピテットロンを見つめながら、呪い子はそう、礼を口にした。
「お返し」
そしてポケットから何かを取り出し、それを黒い腕を使ってカッピテットロンへと渡した。
それは白く輝く、美しい棒だった。
それが何かはわからないが、手に持ったその感触は固く、間違っても食べ物ではないということだけは、カッピテットロンにも理解できた。
「こ、これは、一体?」
「私のおやつ。チュロス」
訂正しよう、おやつであったらしい。
混乱の極みにあったカッピテットロンは、白く輝くチュロスをじっと見つめ、試しにかじってみた。
ガリッ!
歯が少し、欠けた。
「じゃあ、さようなら」
そんな声が耳に届き、慌ててカッピテットロンが前を向くと、既にそこに呪い子はいなかった。
「え!?」
恐怖の元凶が消え去ったためか何とか立ちあがることのできたカッピテットロンは、きょろきょろと辺りを見回す。
誰も、いない。
町の喧騒が、遠くに聞こえる。
今まで、自分の身に起きていたことは、一体何だったのか。
夢でも、見ていたのだろうか。
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、カッピテットロンはすぐに首を振ってその考えを否定した。
何故なら、自分の目の前の石畳には、呪い子が突き刺さってできた穴が空いているし、自分の手のひらの上には......呪い子からもらったチュロスが、きらきらと白く輝いていたからだ。
放心したまま、カッピテットロンは空を見上げた。
それまで頭上を覆っていた雲は少しずつ風に吹き払われ、青空が見え始めている。
このままずっと晴れてしまえば、明日は今日よりも寒いかもしれない。
母から教わった生活の知恵をぼんやりと思い出しながら、カッピテットロンはしばらくその場に立ちすくみ、ずっと空を見上げていた。
そして、もう一度、白く輝くチュロスをかじる。
ガリッ!
やはり、歯が少し、欠けた。
なんで少年から干物もらうだけで、1話分の文字数使ってんですかね。




