243 くよくよするよ......
「............」
さてどうしたものかと、私は小雪ちらつく中、屋根の上から通りを見下ろしながら悩んでいた。
私の視線の先にあるもの......それは屋台だ。
肉を焼いている屋台だ。
その屋台の屋根には黄色と黒のまだら模様で3対の足と2対の翼が生えた獣のイラストが描かれている。
つまり、メケナー肉を提供する屋台である、ということだ。
予想通りあったんだよ、メケナー肉を使った名物料理が!
その名も、“メケナーサンド”。
メケナーステーキを焼いて赤みがかったパンに挟むだけと言うシンプル極まりない名物だが、私には食べなくてもわかる......あれは絶対にうまいやつだ。
だって、メケナー肉って見た目は完全に牛肉なのに、そのステーキをパンに挟むんだよ?
わかる?
オマケ様、わかる?
私が何に興奮しているかわかる?
前世では私は、おいしい料理なんて、ほとんど食べさせてもらえなかった。
でも、食べたい気持ちはあった。
猛烈にあった。
だから私は前世では、“家族”がおいしそうな何かを食べているのを窓の外から必死で観察し、それが一体どういう味なのか、どういう食感なのかを想像し食べた気持ちになるというイメージトレーニングだけは、欠かさず行ってきた!
その過程で私は、チキングリル的なものをパンに挟む料理は見たことがあるんだけど、牛肉のステーキをパンに挟むという料理は見たことがなかった!
ハンバーグだとか、ローストビーフを挟む。
それは見たことがある。
でも、ステーキはない。
何故だかわかる?
これが正解かどうかは知らないけど、私が思うに、それは牛肉が固いからだ。
牛肉のステーキって、ナイフとフォークで食べなくてはいけない程度には、固い。
つまり己の歯と顎で噛みきらなくてはならないサンドウィッチ系の料理には、なり得ないものだと私は理解していたのだ。
でも、メケナーは違うみたいなんだ!
見た目は完全に牛肉のステーキなのに、屋台のおっちゃんは何ら遠慮なくそれをパンに挟む。
そして道行く人々はそれを笑顔で頬張る!
つまり、メケナー肉は!
想像以上に、柔らかいッ!!
味は!?
味は、どんな感じなんだ!?
気になる、気になる、気になるぅ~~~ッ!!
<そんなに気になるなら、こんなところでごにょごにょ言ってないで、食べに行けば良いではないですか?>
屋根の上で悶える私に、オマケ様は冷静なつっこみを発した。
「............」
でもなぁ......。
思い出すのは、カマッセと出会ったあの風の強い町。
あそこでは、私が黒髪黒目で不吉であるという理由から、結局買い物はさせてもらえなかった。
多分、この町でもそうなんじゃなかろうか。
この世界は、黒髪黒目の人間に対して、異常にあたりが強い。
<なら、あの屋台のおっちゃんと、仲良くなりましょう!徐々に距離をつめていって、最終的に肉を売ってもらえるだけの人間関係を構築するのです!>
........................嫌だ。
私、もう弱い人間と仲良くなりたくない。
......すぐに死ぬんだもん。
<なら、あの屋台のおっちゃんを殺して、肉を奪いましょう!>
もう、極端ッ!!
仲良くなるか殺すかって、二択が極端なんだよオマケ様!!
何でオマケ様はそう、軽々しく私を人類の敵ルートに誘おうとするの!?
<すみません......私としてはエミーさえ良ければ、他の生物がどうなろうとも全く興味がわかないので......>
困った方ですよ、本当に......常識を知ってほしい。
<エミーに言われたくありません>
ああ、でも、そうだ。
まず前提として、あのメケナーサンドを呪い子が買えるかどうか悩む前に、もう一つ問題があった。
<何でしょう?>
私は一文無しだから、そもそもお買い物はできない......。
<なんというか、これまでの会話分の徒労感がどっと押し寄せてきましたねぇ>
◇ ◇ ◇
とりあえず、メケナーサンドの匂いだけは存分に堪能した私は屋台から離れ、セレリリンの町を屋根の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら散策していた。
その結果わかったけど、この町には鳩が多い。
だからそれなりにお腹も満たされたんだけど、これじゃあその辺の森で食べるご飯と何も変わらないよ......。
もっと人の手が加わったものを、食べたいよ......。
本日のセレリリンの町のお天気は、曇り。
灰色の雲が頭上いっぱいに広がり、昼なのに、暗い。
私の気分も、なんだか暗く落ちこんだままだ。
......はぁ。
誰かの家の屋根の上に寝転がって、ため息をつく。
久しぶりの町だと思ってはしゃいでいたさっきの私が、馬鹿みたいだ。
ここ最近、森の拠点で皆とうまくやれていたから、きっとこの町でもうまくやれる。
町に入る前には、そう思っていたんだけどなぁ。
いざ人ごみを前にすると、その中で行動することに、その前に姿を現すことに、躊躇してしまうんだ。
今の私が、人前に姿を現したとして、私は受け入れられる?
私は、どういう風に、見られる?
きっと、不吉な呪い子。
そして、汚い浮浪児。
<さらに、暗黒トゲトゲ岩石マン>
受け入れられる、訳がないよね......。
あ~あ......。
もうこの町、出ちゃおっかなぁ......。
私は諦めまじりに曇り空を見上げて、ため息をついた。
でも、その時だった!
オマケ様が、私を叱咤したのは!
<何を弱気になっているんですか!この町のおいしいもの、食べたいんじゃないんですか!?>
オマケ様......。
<私の知っているエミーは、もっと強い子のはずです!どんなに大きな魔物も、倒してきた勇敢な子です!逃げるなとは言いませんが、あなたはまだまだやれるはずです!私はそう、思います!>
オマケ様......!
<頑張りましょう、エミー!おいしいもの、いっぱい食べましょう!諦めるには、まだ早い!>
オマケ様......!!
<さあ!一縷の望みをかけて、ゴミ箱のフタを開けるのです!残飯をあさりましょう!>
......嫌だよッ!!!
あーーーッもうッ!!
折れたわーーーッ!!
もう、心、ぽっきり折れたわーーーッ!!
もういいッ!!
知らんし、こんな町ッ!!
出てくッ!!
もう出てくーーーッ!!
<えッ!ちょ、エミー、待ってください!ごめんなさい!今のは、悪ノリが過ぎました!!>
オマケ様が何か言ってるけど、もう知らない。
ぴょんと跳ね起きて、そのまま屋根伝いに走り、町の外を目指し始める。
<ですがエミー!諦めるにはまだ早いと思っているのは、本当ですよ!だってあなた、今日は一度も、人前に姿を現してすらいないんです!それなのに、何かする前に諦めるなんて、もったいないですよ!>
うるさい!
うるさーい!
もうオマケ様なんて知らない!
何さ、『残飯をあさりましょう!』って!
<だから、すみませんって!でも最終的には、それもやむなしなのでは!?>
やむなしじゃねーからッ!!
その辺の土ほじくって虫とって食べるのとは、わけが違うんだぞッ!!
<え!?わけが違いますかね!?>
もうね、オマケ様と私、久しぶりの大げんかだよ。
脳内でわあわあと言い合いながら、私は猛スピードで屋根の上を駆けていた。
それが、いけなかったね。
そんな集中力を欠いた状態だったからさ。
つい、さ。
私、足を踏み外して、屋根から落っこちちゃったんだよね。
屋根の上から路地の石畳へと真っ逆さまに落ちていく、私。
その勢いたるや凄まじく、着地の衝撃で私の頭はおでこのあたりまで、石畳にめりこんだ。
的に刺さった矢の如く、ビィィンッてなった。
私、体幹鍛えられているからね。
ビィィンッてなったら、しばらくビィィンッてしていられるからね。
なお、もちろんその程度の衝撃では、私の美少女フェイスが傷つくことはない。
砕けるのは、石畳の方。
まじでごめんね、石畳。
さて、とにかく。
私は突然屋根から地面に落ちたもんだから驚いて、ビィィンッて姿勢のままついつい固まってしまった。
でも、そんな私よりも、もっと驚いている人物が、この場にはいたのだ。
それは、道を歩いていたら超絶美少女が上から降ってきて、目の前の地面に突き刺さる瞬間を目の当たりにしてしまった、通行人の少年だった。
突然のことにすっかり腰を抜かし尻餅をついていたその少年は、短髪で体型は丸めの、なんだか愛嬌のあるやつだった。
しかし、私にとっては、そんなことはどうでも良かった。
私の視線は、その少年が手に持っていた、赤い棒状の何かに釘付けになっていたのだ。
その赤い棒状の何かからは、魚っぽい、おいしそうな匂いが発せられていた。
私の超人的ファンタジー嗅覚は、その何かが間違いなく美味なるものであると、既に断定していたのだ。
腰を抜かしながら、地面に突き刺さった美少女暗黒トゲトゲ岩石マンを見つめる少年。
地面にビィィンッて突き刺さりながら、その少年が手に持つ赤い棒状の何かを見つめる私。
周囲に、他の通行人は、いない。
お互いに、無言。
奇妙な静寂が数秒間続いた。




